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第5話

 あれからルチルのお供にトワは必ずくっついてくるようになった。それどころか、ルチルが居なくても来るようになった。


 特に何の意味もなくフラっとやってきては夕食を食べていくトワにそろそろ私も慣れ始めてきていた。


 最初は私も、相手は騎士様だし! と思って甲斐甲斐しく、実に甲斐甲斐しく食事を提供していたが、最近では「もういいや適当で」などと思う程度にはトワの出現頻度は高い。


「大体さ、その令嬢の方がどっかおかしいんじゃないの? だってさ、明らかに嫌われてんのにどんなガッツだよ!」


 今日も今日とてフラリとやってきたトワと私は食事をしていた。


「それなんです。もう何を言っても通じない……俺はどうすれば……」


 トワはグラタンをハフハフ言いながら食べている。ブロッコリーが嫌いなのか一生懸命避けているが、それは許さない。


「ちょっと、ブロッコリーも食べてよ?」

「え!」

「嫌いなんでしょうけど、ちゃんと食べてよ?」

「……はい」


 しょぼんと項垂れてギュっと目を瞑ってブロッコリーを食べる様は、ルチルと来る時には絶対に見せない顔だ。


「それにしても困ったわね。もういっそ、誰かに頼んで彼女の振りでもしてもらえば?」

「!」


 投げやりに言った私の言葉にトワはハッと顔を上げた。


「それだ! ヒマリ、どうか俺の婚約者になってくれませんか?」

「はぁ⁉」

「だって、あなたは人生を直すんでしょう? 俺は毎日送られてくる婚約の話をどうにかしたい。かといって、こんな事をどこかの令嬢には頼めない。その点、あなたは異世界の人だから後腐れもなくていいのでは?」

「……ちょっと、そしたら私に万が一良い人が見つかった時にあなた、どうするつもりよ?」

「その時はその時です。お互いに本当に心に決めた人が現れるまでで構わないので」


 トワはそう言って最後のグラタンを一口で食べきった。


「それに、どのみちもう遅いと思うんですよ」

「どういう意味?」

「だって、俺がここにしょっちゅう通ってる事うちの騎士は知ってるので」


 それを聞いて私は青ざめた。


「……もう詰んでるじゃん! バカ!」

「すみません」


 そう言ってあの貼りつけた笑顔を見せてくるトワ。その顔は少しも、どこにも、申し訳なさはない。


「しんっじらんない! 言っとくけど、婚約者の振りは高いからね! 滅茶苦茶高いからね!」

「覚悟してます」


 語尾に音符でも付きそうな程軽やかな声に、私はもう何も言えなかった。

 こうして、私に婚約者(仮)が出来たのだった。



 さて、翌日から作戦はすぐに実行された。この作戦をトワがルチルに話したようで、トワがとうとう婚約をしたという噂がエトワール国全土に流れたのだ。


 一応どこの誰というのは伏せたようだが、近所の人たちにははっきり言ってバレバレである。


 何故ならトワはほぼ毎日のようにうちへやってくるのだから! しかもわざわざ毎度断れないように土産まで持って!


 その夜、トワは懲りもせずにまたやってきた。


「こんばんは。今日の夕食は何でしょう?」


 そう言ってトワはドアを開けるなり、いそいそとコートを脱いでまるで自宅のようにくつろぎだす。最初はあんなにも礼儀正しくてどこかよそよそしい人だと思っていたが、どうやらそんな事は全然無いらしい。ただの人見知りだったようだ。


「あなたね、私の事、食事を作ってくれるメイドか何かだと思ってない⁉」


 トワのメイドになった覚えないんだけど⁉ 眉を吊り上げた私に、トワがスッと何かを机の上に取り出した。それを見て私は目を輝かせる。


「これ、ヒマリが喜ぶかなと思って送ってもらったんです。友人の地元のビール」

「それを早く言いなさいよぉ! もう! ちょっと待ってて! おつまみ作る! 晩御飯はもう出来てるから勝手に食べて!」

「……」


 トワの呆れたような視線も気にせず私はモヤシを塩と胡椒だけで炒めたおつまみを作る。


 いそいそと食卓についた私達は、今日もまた夕食を一緒にとった。


「ヒマリは本当にビールが好きですね」

「まぁね。一日の終わりはいつもビールだったからね。これ! 美味しいね! 飲みやすい」

「そう? 気に入ったみたいで良かった。あ、これ美味しい。何で出来てるの?」

「それはね、煮っころがしって言って……ねぇ、何かどんどん馴染んでない?」

「え?」


 あまりにもナチュラルにこの人ここに帰って来てご飯食べてるけど、もしかしてこれも作戦の為? 


「いや、これも婚約者ごっこの作戦の内なの?」

「いや? 俺が普通に食事したいからだけど、いけなかった?」


 そう言って首を傾げるトワに、私も首を傾げる。


「ねぇ、この世界って恋人とか婚約者の所にこんな頻繁に通うものなの?」

「どうだろう。恋人なんて居た事ないから分からないけど、少なくとも俺は友人の家に食事をしに来てる感覚かな」


 シレっとそんな事を言うトワだが、何となく私には察しがついていた。


「なるほど。それは建前で城からの帰り道にここがあるからって解釈でいい?」


 つまり、仕事が終わって帰り道に一杯引っ掛ける感覚でトワはここへ来ているのだろう。私の問いかけにトワは少しだけ動揺する。


「……友人だと思ってるのは本当だから」

「うん、そこは疑ってないよ。でも本当の理由はここが帰り道の途中にあるからだよね?」

「……まぁ、そう」

「全く! 伯爵さまでしょ? ちょっとは町にお金落としなさいよ!」

「そうしたいけど、どこで食事をしてても知らない人が勝手に座ってくるの、嫌じゃない?」


 それを聞いて私は納得した。どうやらトワはどこかへ行くと必ず誰かしらに声を掛けられ、無理やりご一緒されるようだ。

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