それは……うん、嫌だな。芸能人みたいなものなのかな。それでここぞとばかりにここに来るのか。
「ていうかトワって伯爵なのに寮住まいなの? 実家から通えばいいじゃん。あ、遠いとか?」
私の問いにトワは明らかに顔を引きつらせた。
「……実家は寮より城に近いですが、極力帰りたくないので」
その顔を見て私は瞬時に察してしまった。多分、私が実家に近寄らなかったのと同じ理由に違いない。
「あー……あれか、結婚か」
私の言葉にトワがハッとして顔を上げた。
「も、もしかしてあなたも?」
「まぁねぇ。私たちの世界ではどっちかって言うと女子の方がせっつかれてたのよねぇ。もうそんな時代じゃないっていくら言っても聞きゃーしない」
両親にはとても感謝しているし、もちろん大好きだ。
けれど結婚や彼氏の話になった途端に何か見えないバリアのような物で言葉を遮られているのかと思うほど会話が通じなくなる。あれは一体何なのだろうか。
「そう! 本当にそうなんです! 俺の場合はもう両親は居ないので身内や使用人達にせっつかれるんですが、だったら代わってくれと何度言いそうになった事か……はぁ……帰りたくない……」
「嫌だよね~。両親はそこまでじゃないけど、親戚とか周りの連中って何であんな思い通りにしたがるんだろ。しかもさ、こぞってあんたの幸せの為とか言うのよ。でもね、あんた私じゃないよね? ていうか、余計なお世話よね? はぁ~あ。湿っぽい話はもうおしまい! 飲も飲も!」
私の言葉にトワが力強く頷いた。恐らくトワなど跡継ぎの為だけに結婚をせっつかれるのだろう。それはどれほどのストレスだろうか。不憫でならない。
そう言って私はトワの空いたグラスになみなみビールを注いだ。
「ありがとうございます。はぁ……でも、俺も考え無しでした。ヒマリの迷惑になるなら、これからは週3ぐらいに減らします」
「いやそれ、減ってなくない? まぁもう今更いいわよ。それにこの町ではトワの恋人って肩書が出来たおかげで見て! 冷蔵庫が潤うの! 皆おまけしてくれるのよぉ~」
ホクホクと冷蔵庫を指さした私にトワが小さな笑い声を漏らす。驚いて視線をそちらに移すと、珍しくトワがちゃんと笑っていた。
「はは。何だ、ヒマリもちゃっかり得してるじゃないですか。じゃ、問題ないよね?」
「……まぁ、そうね」
びっくりした私は、それ以上もう何も言えなかった——。
突然だが、妖精を見た事がある人は日本にどれぐらい居るだろう? 私はない。絵本や映画の中でならあるが、現実の世界では無い。妖精と言えばイメージでは小さくて羽が生えていて、可愛らしい……そう、可愛らしいはず……なのだが。
皆さんは『朝に向かう闇』という絵を知っているだろうか? それはもう儚げで天使かと思うほど人間離れした美しい少年の絵なのだが、正にそれが今、目の前に落ちている。ドロドロで。しかも羽根付きで。
その汚れ方は凄まじく、辛うじて金髪だと分かる程の汚れ具合だ。これは酷い。大きさもイメージしていたサイズとは随分違う。結構デカイ。多分中学一年生ぐらいの背丈はある。物理的にその羽では飛べないだろ、と疑う程度にはデカイ。
事の起こりは数時間前。私は今日も一件の仕事を終えて意気揚々と買い物に来ていた。
この世界にやってきて4ヶ月。ここら辺では遠い国から来たお直し屋さんというルチルの触れ込みのおかげでもうすっかり馴染んでいる私である。やはりどこの世界に行っても愛想は大事だ。
ちなみに私が異世界からやってきたという事は一部の人たちを除いて伏せられていた。そんな事を言おうものなら、下手したら解剖されて研究に回されるかも! とルチルが脅してきたからである。
「おっちゃ~ん、今日のお野菜は何がある~?」
「お! ヒマリ、今日はもう上がりか?」
「うん! 今日は一軒だけでお直しにも時間がかからなかったの!」
「そうか、お疲れさん。今日はカブが美味いぞ! あとタケノコだな!」
「おお! どっちもちょうだい!」
「よっしゃ、どんだけいる? また何か美味いもん作って持ってきてくれよ! あと、これはトワ様が来たら食べてもらってくれ」
「了~解! じゃあカブが3っつと~タケノコが~——」
こんな感じであちこちで買い物を済ませた私は、大きな買い物袋を下げて家に帰った。
ここの食べ物自体は地球と何も変わらない。これが私にはとてもありがたかった。
ただ、調理方法が絶妙に違う。基本は何でも素材を生かした料理ばかりで、あまり調味料の足し算や引き算はしないようなのだ。だから味付けはとても単調な物が多い。決して調味料が無い訳ではないのに!
だからルチルもしょっちゅう食べにくるのだろう、きっと。そうに違いない。
あれから結構な頻度で食事に来ていたトワだが、今はぱったりと来ない。
と言うのも、最近のトワは次に始まる戦争の会議で夕食を食べる時間すらないほど忙しいらしく、今は仕方ないのでルチルに頼んでトワにたまに婚約者から愛するダーリンへと言ってお弁当を渡してもらっている次第だ。
引き受けた仕事はきっちりと! 金額に見合った仕事をする! これが派遣社畜の信条である。