そんな訳で、私は今日も食材をおつまみにするべくルンルンで家に戻り、下ごしらえをしたタケノコをコトコト煮込んでいると、庭先でドサリと大きな音がした。
私はビックリして火を止めて玄関に立てかけてあった箒を持って庭に出ると、まず目に入るのは大きな梅の木。そして今はその下に何かが落ちている。
ここで冒頭に戻る。
私は恐る恐るそれに近寄って箒の先で突いてみたが、ピクリともしない。死んでるのか?
もう少しだけ近寄ってみてさらに強めに箒で突いてみた。
すると——。
「……か……た」
「ん?」
私が何か聞き返すよりも先に、その何かのお腹から地響きかと思う程の大きな音が聞こえてきたではないか!
「えっと……お腹、減ってるの?」
「……」
コクリ。妖精は辛うじて頷いた。しかしこんなドロドロの状態で触りたくないし家に上げたくないのだが。
私がそんな事を考えていたのがバレたのか、妖精は目だけを動かしてギロリと睨んできた。
「妖精……だぞ……助けろよ……」
「……」
いや、おかしくない? 妖精ってこんなだった? もっと小っちゃくて可愛いんじゃないの? てか、妖精なんてこんな地べたに落ちてるもんなの?
「はや……く……きえ……る……」
「えぇ⁉」
妖精の言葉に私は慌ててボロ雑巾のような妖精を引きずって家の中に放り込み、三日前から仕込んでいるシチューを温めなおして差し出した。
すると、ドロドロの妖精はシチューを見るなり目を輝かせてスプーンを持ち、ガツガツと物凄い勢いで食べだしたではないか。
しばらく夢中でシチューを食べていた妖精は、三回目のおかわりをしたところでふとスプーンを止めた。
「……肉は?」
「は?」
「肉は入ってないの? 僕、育ち盛りなんだけど」
「知るか! 食べたら出てけ!」
肉など、私だって大分食べてないわ! コイツ、絶対妖精じゃない! 多分、羽がくっついてるだけの躾のなってない人間に違いない! 絶対そうだ。こんな厚かましい妖精など、この世に存在していてはいけない! はずだ!
私の言葉に妖精もどきは、ちぇっと呟いてまたシチューを食べ始める。でも食べるのか。
五杯目のおかわりに差し掛かった頃、私はとうとう鍋ごと彼に渡した。
「せめて皿に入れてよ」
「いちいち取りに行くの面倒なの! 皿で食べたかったら自分でよそいなさい」
何だかお母さんの気持ちが今、痛いほど分かってしまった。まだ独身なのに。
「ケチだなー。いいよ、このまま食うから」
妖精もどきはそう言って、とうとう鍋にお玉で食べだしてしまい、もう私はそれ以上は何も言えなかった——。
結局、私の楽しみにしてたシチューは全て平らげられてしまい、満腹になった妖精もどきがその場で転がろうとしたので、慌ててそれを止めた。
「待って! そのまま転がらないで! お風呂貸したげるからせめて泥! 落としてきて!」
「あ、いいの? ラッキー」
「……」
コイツ、わざとか。風呂入りたさにわざと転がろうとしたのか! 生意気な上に本気で厚かましいな!
妖精もどきがお風呂に入っている間に、私はいそいそと服を用意してタオルと一緒に脱衣所に置いておいてやる。何やってんだ、私……。おまけに風呂場からはご機嫌な鼻歌など聞こえてくる。
しばらくしてお風呂からようやく泥を完璧に落とした妖精が姿を現した。
「おお、見違えたわ。さっきまではあんたボロ雑巾だったのに」
「高位妖精つかまえてボロ雑巾なんて言う人間初めてだな。僕に風呂貸して食事を与えるなんて、こんなに名誉な事無いと思うんだけど」
仁王立ちして偉そうな事を言っているが、羽がブルブル震えている。寒いのか?
「ちゃんと髪乾かしなさいよ。風邪引くわよ」
「こ、こういうのは全部召使がやってたんだよ!」
「……いい年して恥ずかしいわね。とんだお坊ちゃまだこと。そこ、座んなさい」
綺麗な金髪は見ていてうっとりするけれど、今の彼は濡れネズミのようだ。私の言葉に渋々従った妖精はソファに座る。
大きなため息を落とした私は仕方なく彼の髪を丁寧に拭いた。それはもう、丁寧に。ほっそい金髪は乱暴にしたらすぐに絡まりそうで怖かったのだ。これを毛玉にしてしまうのは、私のプライドが許さない。
「ところで高位妖精ってなに? 私、どうせならちっちゃい妖精が良かったんだけど」
髪を乾かしながら言った私に、妖精の羽がピクリと震えた。
「お前、高位妖精を知らないのか? 嘘だろ?」
「お生憎さま。私は生まれも育ちもこの世界じゃないの。は! もしかして高位妖精とやらなら、私の事帰せるんじゃないの⁉」
確かルチルが言っていたはずだ。妖精にイタズラされたのね、と。