首を傾げた妖精に私は自身に起こった事を全て話した。すると、妖精はおかしそうに笑う。
「それはそれはご愁傷様だなぁ。残念だけどお前はもう帰れないよ。妖精の力は一方通行だからな。あっちから呼べても、帰し方は誰も知らないんだよ。戻れるのは手順に則って召喚された奴らだけ♪」
それを聞いて私は愕然とした。
「嘘でしょ? なんつう迷惑な事すんのよ!」
「僕に言うなよ! 知らねぇよ、そんな事! ていうか、耳元で叫ぶなよな!」
「大体あんた厚かましすぎるんだけど⁉ 人の三日分の晩御飯全部平らげといて、よくそんな偉そうにしてられるわね!」
「実際偉いんだから仕方ないだろ! 高位妖精って言ったら言っとくけど、どこの国の人間でも喉から手が出る程欲しがるんだからな!」
それを聞いて私はハッとした。もしかしてコイツ……売れる? 人間じゃないし……腹立つからそんなに良心も傷まないし……。
そんな私の考えていた事が分かったのか、妖精は羽を細かく震わせる。
「絶対に今、良からぬ事考えてるだろ⁉ 絶対に考えてるよな⁉」
「そんなそんな! コイツ売って一攫千金! とかそんな事思ってないって!」
「思ってる! しっかり思ってた! ひっどい女だな! 信じられない!」
「信じられないのはあんたよ! 偉そうで厚かましくて、挙句の果てに帰れない⁉ ふざけんな、このバカ!」
「バカだと⁉ 僕を捕まえてバカ⁉」
「バカにバカって言って何が悪いのよ! ていうか、せめて名乗りなさいよ!」
名前が呼べないのでは話しにくい。私の言葉に妖精はウッと言葉を詰まらせた。
「何よ。この期に及んで名乗れないとか言わないわよね?」
「名乗れないんじゃなくて……無いんだよ、元々。名前は妖精にとっては特別だから」
「ふーん。じゃあ皆に何て呼ばれてんの?」
「高位妖精様」
「まんまじゃないの! 呼びにくいわ!」
「仕方ないだろ! 誰もつけてくんねーんだから!」
そう叫んだ妖精の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。何なんだ、一体。泣きたいのはこっちだよ、もう。
「クリス」
「?」
「クリスでいい? あんたの名前」
「!」
名付けた途端、今まで透明だったクリスの羽が七色に輝いた。派手だ。
けれどそんな私の心とは裏腹にクリスの顔も羽と同じぐらい輝いている。
「クリス……ま、まぁ、いいんじゃん?」
「うちの実家の犬の名前だけどね」
「犬かよ! ふざけんな! 定着しちまっただろ!」
「まぁまぁ、ポチとかじゃなくて良かったでしょ?」
そこまであからさまな名前じゃないだけありがたいと思え! 自分で髪も乾かせないひよっこが!
「はぁ、疲れた。眠い」
「はいはい、お家帰ってゆっくりお休みくださいな、クリス坊ちゃま」
そう言って玄関を開けると、クリスは首を傾げた。
「え? もう僕の家ここだけど?」
「……は?」
「高位妖精に名前まで付けて追い出す気? 嘘でしょ?」
信じられないとでも言いたげなクリスに私は唖然とした。こんな妖精の押し売り聞いた事ない。何なら居直り強盗だろう、これは。
「いや、住み着く気? それこそ嘘でしょ⁉」
驚く私を見て、クリスは可愛らしく笑った。とってもとっても可愛らしく。
「よろしく、えーっと?」
「いや、名乗らないよ⁉ 何か名乗ったら絶対ヤバそうだから名乗らないよ⁉」
全力で拒否した私に、クリスは笑顔でじりじり近寄ってくる。背丈は私よりも拳一個分ぐらい低いが、人間離れした美形すぎて迫力が凄い。
と、そこへ誰かがやってきた。誰だ、こんな時間に!
こちらが返事をする前にドアが開いて、外からまるで自宅に帰ってくるかのようにルチルが姿を現した。そして開口一番。
「ヒマリ! 聞いてよ!」
「こ、このバカ!」
「ふーん、ヒマリか。ヒマリね。よろしく、ヒマリ」
ニッコリ。クリスは七色の羽を輝かせて、げんなりする私の手を取って無理やり握手してくる。
あぁ、詰んだ。私はがっくりと項垂れて、そのまま無言でソファに崩れ落ちたのだった。