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第9話

 ギャップ萌えという単語があるが、あれはあくまでもギャップがいい方に転がった場合に使うもので、悪い方に転がったら全然萌えない。


「あんたは完全に悪い方のギャップよ」


 私はソファにふんぞり返っているクリスを見た。妖精ってもっとキラキラ可愛いんじゃないの? イメージはピーターパンのティンカーベルなんだけど? これは全然違う。


 でもさっきからルチルがコイツを前に頭を一切上げない。まるで神様でも拝むかのように。


 そんなルチルを見下ろしてクリスは言った。


「分かった? 僕の凄さ」

「すっこしも? 髪も自分で乾かせないひよっこが威張ってるだけにしか見えな~い」

「ほんっとに腹立つな、ヒマリは!」

「妖精ってイメージではもっと神秘的でキラキラしてて、ファンタジーの王道のはずなんだけどね! 何でよりにもよってこんなギャップの激しい妖精が来ちゃったのかね⁉」

「低級妖精と一緒にするな!」

「私の世界にはどっちも居なかったんだから仕方ないでしょ!」

「言っとくけど、妖精のおかげでこの世界のあらゆる物は存在してるんだぞ! 水も火も風も全部! ヒマリの世界でも見えなかっただけで、存在はしてたはずだよ!」

「見えないものは信じないタイプなんだから仕方ないでしょ⁉」


 お化けとか妖精とか、居たとしても気にしない。居てもいいし居なくてもいい。小さい頃はそれこそ、そういうのに憧れていた事もありました。


 でも大人になってそんな事言おうものなら、完全に不思議ちゃん扱い間違いなしだ。ましてやこの歳でそんな事は絶対に口に出来ない。下手したら色々心配されて病院に担ぎ込まれてしまう。そういう意味では夢も何もない生活だったと思う。悲しいけど。


「はぁ~これだから冷めきった人間は嫌だ嫌だ」

「あ、言っておくけど、ちっちゃい妖精が出てきたら私、感動すると思うわよ? それこそ夢みたい! 絶対毎日お洋服とか作っちゃう!」


 手を組んでそんな事を言う私に、クリスは眉を吊り上げた。


「なんで! 僕にも服作れよ! 毎日!」

「い・や! あんたには何か嫌!」


 フンとお互いそっぽを向いた所で、ようやくルチルが顔を上げた。


「あの~……そろそろ頭上げてもいいかしら?」

「もちろんよ! そもそも何でずっと拝んでんの? これ、そんなに凄いの? 持って帰る?」


 私の一言にクリスはまたキーキー叫びだす。


「あのねヒマリ、高位妖精って言うのは、この世界の守護神のようなものなの。高位妖精が居る土地はそれだけで潤うし色んな妖精が集まってくるから、それはもう豊かになるって確約されたようなものなの。だからどこの国も高位妖精が欲しくて仕方ないのよ」

「へぇ」


 そうなんだ。これがねぇ? 私は何気なくクリスの羽を軽く引っ張った。それを見てルチルとクリスがギョっとした顔をする。


「ちょ、おま! は、離せよ!」

「いや、羽は綺麗だなと思って。これ、トンボの羽?」

「え? そ、そうか? ま、まぁ羽は一番自慢っていうか、そうだろ? 綺麗だろ?」

「うん。でもちょっと乾燥してない? こんなもんなの?」


 触られて驚きはしたものの、褒められてまんざらでもないクリスに、ルチルが更に驚いたように目を見張った。


「え? うわ、マジか。やっば! 石鹸で擦り過ぎたかなぁ」


 さわさわと自分の羽を触って愕然とするクリスに、私はキッチンからオリーブオイルを持ってきた。


「ほらそこ座って。乾燥しすぎて破れたらどうすんの?」

「オリーブオイルかぁ……ま、いっか。明日なんか別のオイル取ってこよ」


 素直に座って羽を手入れされるクリスに、もうルチルの目は点だ。


「ね、ねぇ、実は凄く仲良いの?」

「え? 誰が?」

「誰と?」


 二人同時に言うと、ルチルは一瞬ポカンとして次の瞬間噴きだした。


「ううん、ごめんなさい。クリス様、どうかヒマリに加護を与えてやってください。彼女は知っての通り、別の世界から来た人なので色々ご迷惑をおかけするかもしれませんが、悪い人間ではないので」


 そう言って頭を下げるルチルを見て私が感動していると、クリスはふんぞり返って言った。


「分かってる。妖精はその人間の本質を見てる。だから僕はここに来たんだ。ちゃんと加護をつけるよ。名前ももらったし」

「お名前を? ヒマリが⁉ そうでしたか! それは失礼しました。それでは、今日の所は私はこれで失礼致します」

「ああ、じゃな」


 軽く挨拶したクリスに、ルチルはもう一度深々と頭を下げた。


「ルチルもう帰るの? ってか、もうこんな時間か。早く戻ってあげな。外に御者さん待たせてるんでしょ?」

「うん! それじゃ、また来るね! おやすみ~」


 私の言葉にルチルはぱっと顔を上げて、スキップでもしそうな勢いで家を出て行った。


「あんたさ、本当に凄い奴なの?」

「まぁねぇ」

「でもさ、それとこれとは別だから。ここに住むんなら明日からちゃ~んと手伝ってね?」

「はぁ⁉」

「働かざる者、食うべからず、だよ!」

「お、おま! しんっじらんねぇ!」


 クリスはツヤツヤになった羽をブルブル震わせて、顔を真っ赤にしていた。

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