そう言って私の返事を最後まで聞かずにトワは猛ダッシュで家を飛び出して行った。誰だ、もう倒れそうだと言っていたのは。
「……必死だな」
ポツリとクリスが言うと、ルチルは恥ずかしそうに頬を染めた。
「だって美味しいんです、ヒマリの食事」
「まぁな。それは分かる。奇妙奇天烈なもん作ってんな~って思ってたら大抵美味いんだよ」
「そうなんです! 私、この間ロールキャベツに感動して!」
「あれな! 美味かったよな! まぁ飲めよ」
言いながらクリスはルチルにビールを注いでやっている。全く単純な二人だ。
さほど時間をおかず額に汗をにじませたトワが戻ってきた。両手に何故か明らかに頼んだ食材以上の物を持って。
「どしたの、それ」
「鳥肉を買いに行ったら道中で皆さんがあれこれくれまして。ヒマリに料理してもらいな! って。あなたはすっかりここらへんでは人気者ですね」
人気者なのはあなたでは? 思わずそんな事を言いそうになったが止めておいた。
にっこり笑ったトワは私に大量の食材を渡してくる。そんなトワを見てルチルが驚いたような顔をしてトワを凝視した。
「ト、トワが笑ってるわ……あのいつもの貼り付けたような笑顔じゃなくて、本当に笑ってるわ……どうしたのトワ! 表情筋がとうとう生き返ったの!? ていうか私の前でもそんな風に笑いなさいよ!」
「失礼ですね。元々死んでません。楽しくなければ笑う事などないでしょう? 何も無いのにニヤニヤしていたら不審者ですよ」
互いに睨み合いながら今にも殴り合いが始まりそうだが、そんな二人を無視して私はさっそく照り焼きチキンを作る事にした。
「あ、おばちゃんトワだからってサービスしたな!? 何かおっきいし肉質が良い!」
「マジかよ! こっそり僕たちのと入れ替えようぜ。どうせあいつら分かんねーだろ」
そんな私の隣でいつの間にやってきたのかクリスがフライパンの中を覗き込んで目を輝かせた。
「そうね。ひひひ! クリス、今日はご馳走よ!」
「いやお前、ひひひは駄目だ。それはアウトだろ。そんなだから色んな男に逃げられんだぞ?」
「うっさい! 焦がすよ!?」
フライ返しをクリスに突きつけつつ丁寧に皮がパリパリになるまで焼いていく。その後はひっくり返して弱火にしてじっくり蒸し焼きだ。その間に先に作った分ももう一つのフライパンで温めなおした。
「クリス、そろそろ出来るからお皿取って~」
「んー。はい、これでいい?」
「うん、ありがと。付け合せもおいて、ついでだから玉ねぎスープも温め直そっと」
キッチンには照り焼きの良い香りが充満していて思わずうっとりしていると、気づけば狭いキッチンに全員が大集合している。
「はぁ……鼻が幸せだわ……」
「美味しそうな匂いですねぇ。はぁ、これがしばらく食べられないなんて、どんな拷問なんでしょうね」
がっかりした様子で照焼きチキンを見つめるトワの横顔は本当に残念そうだ。
「そうなの?」
「はい。聖女が出現した事でおそらくしばらくはその護衛をしなければならないかと。とは言え、ある程度経ったら俺はそこから抜けますが」
「そ、そうなの?」
「もちろんです。一人の人間をたとえ聖女とは言えずっと守ってる訳にはいきません。俺はあくまでも王の騎士団なので」
「なんだなんだ? トワは聖女も信仰しないタイプか?」
「ええ。俺が信じるのは剣のみですから」
流石騎士団長である。どうやらトワは神も妖精も聖女も信じないらしい。私とどっこいどっこいだな。
「はいはい、その話は一旦終わり! 出来たから皆席に自分で持ってって」