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2-10 偽装された探査機

 翔太がロケットエンジンの製造に取り掛かる一方で、アーベルはもう一つの重要な計画を進めていた。


 小惑星プシケへ送り込む工作機の製作だ。

 高次元通信機器を製造するためには、ブラックホールの超重力下で生成される特殊物質――『高次元励起粒子結晶』――が必要だった。

 そのための施設を作るには、地球の限られた環境ではなく、豊富な金属資源を持つプシケが最適と判断された。

 アーベルが設計したのは、ブラックホール生成施設を構築するための自己増殖型工作機だ。


 地下工房の中央に設置された大型モニターに、その設計図が映し出されていた。


 翔太はモニターの前に立ち、画面に映る複雑な構造シュミレーションを眺めながら深く息を吐いた。

 薄暗い工房内では、金属3Dプリンターの稼働音が低く響き、壁に張られた金属パネルが青白い照明を鈍く反射している。


「……すげぇな。これ、本当に動くのか?」


 アーベルの設計した工作機は、従来の探査機とは全く異なるものだった。

 翔太の目に映るその姿は、まるでSF映画から飛び出してきたような異形の機械だ。


設計図には詳細が記されていた:



- **ナノマシンで構成された自己増殖型機**

 機体の大部分はナノマシンで形成されており、自己修復・自己進化が可能。

 制御のために、アーベルのボディを構成するナノマシンの一部を使用。


- **外部構造**

 外部にはケイ素主体のナノマシンを採用し、プシケの資源を利用して自己増殖する。

 表面は環境に適応し、金属資源を効率的に吸収・再構成する機能を持つ。


- **動力**

 惑星間航行の為に超小型核融合パルスジェットエンジンを搭載。

 外見上はイオンエンジンに偽装し、地球の既存技術と見せかけるが、実際には核融合を利用した高効率エンジン。


- **任務**

 プシケに到達後、現地の金属資源を活用し、ブラックホール生成施設を建造する。



 翔太は額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、苦笑した。


「これがアーベル達の持つ技術か……人類から見たらまるで魔法のようだな」


 アーベルは黒猫の姿で机の上に飛び乗り、尻尾をゆらりと揺らしながら答えた。


「はい、なのでこちらは一切、地球へは公開しません。工作機はペイロードとして偽装する外装が必要です」


 「小惑星探査機のふりをするってことか?」


「はい。現在の地球の技術水準に合わせ、小惑星探査機として偽装するための外装を設計しました」


 翔太がモニターに視線を戻すと、画面が切り替わり、一見すると地球の企業が開発した小惑星探査機のようなデザインのカプセルが表示された。

 角張った金属製の外装に、ソーラーパネルとアンテナが配置され、表面には「小惑星探査機 Type-A」と架空のモデル名が刻まれている。


 だが、その内部には折りたたまれた工作機が格納され、緻密なナノマシンの塊が潜んでいるのだ。


「なるほどな……外から見れば、ただの小惑星探査機ってわけか」


「はい。工作機はその中に折りたたまれた状態で格納され、宇宙空間に放出された後、展開して活動を開始します」


 翔太は腕を組み、静かに頷いた。

 モニターの光が彼の顔に映り、工房の薄暗い空気に混じる金属臭が鼻をくすぐった。



---



 翌日、地下工房を覗きに行った翔太は、さらに奇怪な光景に目を奪われた。

 ロケットエンジンのパーツを組み立てる作業台の横で、いつの間にか工房内には小型の工作ロボットがウロチョロと動き回っていた。

 大きさは子猫ほどで、金属製の丸いボディに細いアームが付いたその姿は、どこか可愛らしいが異様でもある。

 工房の床を滑るように移動し、忙しなく作業を進めている。


「おい、いつの間に増えたんだこいつら?」


 翔太は驚きを隠せず、アーベルに問いかけた。

 アーベルは作業台の上に座り、尻尾を軽く振って答えた。


「彼らは私のサブユニットです。作業効率を向上させるため、自律的に機体の組み立てを行う支援ロボットを追加しました」


「そういうことは先に言えって……」


 翔太は呆れながらも、ロボットたちの動きを観察した。

 1台は3Dプリンターから出力されたばかりの部品を小さなアームで掴み、表面を研磨している。

 金属が擦れるキーンという音が響き、火花が微かに散った。

 もう1台は、完成したパーツを自動で搬送し、別の作業台で表面処理を施している。

 さらに別の個体が、ロケットエンジンとは別に、衛星の偽装外装の組み立て作業を進めていた。

 ソーラーパネルのフレームを正確に溶接し、アンテナの取り付けをミリ単位で調整しているその動きは、まるで熟練した職人のようだ。


「……すげぇ、これが異次元の完全自動化か」


 翔太は目を丸くし、感嘆の声を漏らした。

 アーベルはどこか誇らしげに尻尾を揺らし、エメラルドの瞳を細めた。


「効率を重視した結果です」


 その言葉に、翔太は改めて、自分がとんでもない存在と手を組んでしまったことを実感した。


 工房の空気が微かに振動し、3Dプリンターの稼働音とロボットの動きが一体となって、未来の工場のような雰囲気を醸し出している。

 彼は深く息を吸い込み、胸の高鳴りを抑えながら呟いた。


「これで……本当に宇宙へ踏み出せるんだな」


「ええ。あと1ヶ月でロケットエンジンを完成させ、さらにプシケへ向けた工作機の打ち上げ準備を整えます」


 アーベルの声は冷静で、どこか確信に満ちていた。

 翔太は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 工房の冷たい空気が肺に流れ込み、目の前の現実が宇宙規模の夢へと繋がっていることを感じさせた。


「よし……俺にも何かやらせてくれ、協力できることはあるか?」


「では、ノズル部品の組立を手伝ってください」


 アーベルがそう言うと、作業台の上に3Dプリンターから出力されたばかりのノズル部品が工作ロボットにより運ばれてきた。

 翔太は腕まくりをし、工具を手に持った。

 ちょこまかと動き回る工作ロボットたちに混じり、翔太はノズルの組み立てに取り掛かった。

 ロボットが部品を運び、溶接ポイントを指示する中、彼の手作業が加わる。

 金属同士がカチリと嵌まる音が響き、ノズルの形状が徐々に完成していく。


 アーベルは作業台の端に座り、黒猫の姿でじっと見守っていた。

 時折、「にゃあ」と小さく鳴き、翔太をからかうような仕草を見せる。


「お前、わざとやってるだろ」


「適応行動の一環です」


 アーベルの無邪気な返答に、翔太は苦笑しながら手を動かし続けた。

 工房の奥で、ロケットエンジンの燃焼室が形を成し、偽装衛星の外装が組み上がっていく。


 1ヶ月後の燃焼試験と、プシケへの第一歩が、すぐそこに迫っていた。

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