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2-15 奇跡の装置

 南川除染技研の応接室は、木の温もりを感じる落ち着いた空間だった。

 壁には福島の風景写真が飾られ、かつての緑豊かな田園や海辺の町並みが静かに佇んでいる。

 中央のテーブルには地元の煎茶と素朴な茶菓子が並び、湯呑から立ち上る湯気が部屋にほのかな香りを添えていた。

 窓の外では、秋の風が草木を揺らし、遠くに除染残土の山が見える。


 翔太と涼子はソファに腰を下ろし、向かいには仁と由美が座った。

 仁は白衣の袖をまくり、腕を組んで少し緊張した面持ちで切り出した。


「それで、本題に入るけど……君たちは、僕に何を話しに来たんだ?」


 その問いに、翔太が目を合わせ、落ち着いた声で答えた。


「除染に特化した装置を持ってきました。早速、試してみませんか?」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 仁の表情が硬くなり、由美が隣で小さく息を飲む。


「……何、何かの冗談か?」


 仁の声には疑いが混じっていた。


「今、トラックのコンテナに積んであります。下ろせばすぐに使えます」


 翔太の言葉は落ち着いており、冷静だった。

 仁は一拍の間を置き、目を細めた後、即答した。


「……見せてくれ」


---


 屋外に出ると、涼子がトラックの荷台のロックを外した。鈍い金属音が響き、コンテナの扉がゆっくりと開いていく。

 中に鎮座していたのは、金属の光沢を帯びた放射性物質分離システムだった。

 表面には冷却装置や吸排気のダクトが配置され、未来的なデザインが施されている。

 ぱっと見、大型の脱穀機のような無骨さを持ちつつも、細部の精密さが異質な存在感を放っていた。 

 陽光がその表面に反射し、鋭い光が周囲を照らす。


 仁と由美は目を見開き、言葉を失ったままその機械を見つめていた。


「これが……本当に、除染装置なのか?」


 仁の声が震え、信じられないといった表情で翔太を見た。


「百聞は一見に如かずです。実際に動かしてみましょう」


 翔太はそう言って、装置の側面にある操作パネルに手を伸ばし、スイッチを入れた。

 低い駆動音が響き、装置が振動しながら稼働を開始する。

 内部で何かが回転するような音がし、LEDランプが緑に点灯した。


 仁が急いで倉庫から低濃度汚染された残土を用意してきた。

 黒いビニール袋に詰められた土を、翔太と涼子がショベルで装置の投入口へ入れる。

 土が流れ込むと、装置内部でガリガリと処理音が響き、数分後、反対側の排出口から見た目は変わらない土が流れ出てきた。

 さらさらと取り付けられた袋に落ち、音が鳴る。


「……これが?」


 仁が震える手でスコップを持ち、その土を手に取った。

 土の感触を確かめるように指で擦り、目を凝らす。

 彼は慎重にガイガーカウンターを取り出し、測定を始めた。


 ピッ、ピッ、ピッ……


 カウンターの音が徐々に間隔を広げ、数値が下がっていく。

 ついにはバックグラウンドレベルと同等の値を示し、静寂が戻った。


「……本当に、除去されてる……?」


 仁は何度も測り直し、別の箇所でも確認した。

 しかし、結果は変わらなかった。


「……っ!」


 仁の目に涙が溢れた。

 これまでどんな技術を使っても完全に浄化できなかった放射性物質が、今、目の前で消えている。

 彼は拳で目元を拭い、深く息を吸った。


「信じられない……どうやって?」


「兄貴……」


 涼子が小さく呟き、仁の肩にそっと手を置いた。

 由美も目を潤ませ、夫の背中を見つめていた。

 仁は涙を堪え、改めて翔太と向き合った。


「改めて話を聞かせてくれ」


---


 再び応接室に戻り、翔太は静かに語り始めた。

 テーブルの上に置かれた茶が冷めていく中、彼の声は落ち着きながらも力強かった。


「まず、これを伝えておかなきゃいけません。この装置は地球の技術で作られたものではありません」


「……どういうことだ?」


 仁が眉を寄せ、由美が隣で身を乗り出した。

 翔太はソファの横に座るアーベルを指差した。


「この黒猫ですが、アーベルといって、地球とは異なる文明の宇宙船のコアです。私たちはアーベルに協力し、その見返りに少しですが彼の技術を分けてもらっています」


 仁と由美が驚きの表情を浮かべ、一瞬言葉を失った。

 アーベルは黒猫の姿のまま、尻尾を軽く振って落ち着いた声で話した。


「翔太たちが私に協力してくれる。その見返りに技術を提供したまでです。それにこのような環境の整った星が放射性物質で汚染されているというのは許せないのです」


「猫が……喋ってる……」


 仁は一度大きく息を吐き、頭を整理するように目を閉じた。

 しばらくの間じっとその態勢を維持していたが体を起こし、翔太を見つめた。


「……それで、お前たちは何をしたいんだ?僕は何をすれば良い?」


 翔太はまっすぐに答えた。


「私たちを南川除染技術研究所の社員にしてほしい。そして、私の土地にある施設を第二工場にしたい」


「第二工場?」


 由美が首をかしげ、質問を重ねた。


「そこでは、サキシマ重工や他の会社から依頼された金属加工、さらに廃棄された電子部品から貴金属を精製する事業を行いたいと考えています」


 仁が腕を組み、考え込む。


「……この除染装置を発表すれば引く手数多だろう。

何故、うちに話を持ってきた。君なら独立してその事業を行うことも容易だろう」


「まあ、涼子に絆されたといいますか……そんなところですよ」


 少し苦笑しながら翔太はビジネスバックへ手を伸ばした。


「これをお渡しします」


 翔太はテーブルの上に除染装置の設計図と資料を置いた。

 紙の束には詳細な図面と数値が記され、アーベルの技術を地球向けに調整した内容が詰まっている。


「今回の装置は、地球の技術で再現可能なようにディチューンされています。この設計図があれば、仁さんの会社でこの除染装置を生産できます」


 仁が設計図を手に取り、じっと目を通す。

 ページをめくるたびに彼の目が鋭くなり、技術者としての好奇心が溢れていた。


「これを、君たちから、貰えるのか」


「条件があります」


 翔太は静かに言った。


「私たちの素性や技術の本当の出どころは隠してほしい。つまり隠れ蓑になって欲しいということです。そして、窓口としても動いて頂きたい」


 仁は何度も設計図を見直しながら、考え込んでいた。

 やがて、大きく息を吐くと、ゆっくりと翔太を見つめた。


「……わかった、話を受けよう」


「……本当に?」


 涼子が目を丸くし、驚きの声を上げた。


「僕たちには、この技術が必要だ。それに、涼子と君がやろうとしてることは、僕も応援したい」


 仁の声には決意が宿り、由美が隣で頷いた。

 涼子が目を潤ませながら、にっこりと笑った。


「兄貴、ありがとう……!」


「それはこっちのセリフだよ」


 仁は照れくさそうに頭をかき、茶菓子をつまみながら言った。


「ただし、うちに所属するからには二人がちゃんと働くかどうかはしっかり監督させてもらうぞ」


 少し戯けた様子で仁は笑った。


「もちろん」


 翔太はそう答え、力強く手を差し出した。

 仁もその手をしっかりと握り返す。

 握手の感触に、二人の信頼が重なった。

 応接室に温かい空気が流れ、窓の外で風に揺れる草木が新たな始まりを祝福するようだった。


 アーベルはソファの上で丸くなり、尻尾を軽く振って満足げに「にゃあ」と鳴いた。


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