仁は壇上で静かに頷き、観客席を見渡した。
数十人の視線が彼に突き刺さり、その重圧が肩にずっしりと乗るようだった。
だが、彼の声は揺るがず、むしろ静かな決意に満ちていた。
カンファレンスホールの空気はひんやりと冷たく、スポットライトの白い光が仁の額に小さな汗の粒を浮かび上がらせていた。
「この装置は、熱分解技術と特殊吸着物質による処理を組み合わせたシステムです」
その言葉がマイクを通してホールに響き、壁に反響して微かなエコーを生んだ。
背後の巨大なスクリーンに新たな映像が映し出され、装置の内部構造が精緻なCGで示された。
鈍い金属光沢を放つパイプと、液体のように脈動するフィルターの仕組みが、まるで生き物の臓器のように描かれていた。
観客席の研究者たちは身を乗り出し、眼鏡をずらして目を凝らす者、ノートに慌ただしくペンを走らせる者がいた。
空気が一瞬にして緊張と好奇心に染まった。
「従来の方法では、汚染土壌を剥ぎ取ってフレコンバッグに詰め、保管するしかありませんでした」
仁の言葉に、会場から微かなため息が漏れた。
誰もが知る現実だ。
福島の田園風景を覆う黒いフレコンバッグの山々が脳裏に浮かぶ。
かつては稲穂が揺れていた土地が、今は無機質なビニールに埋もれ、無期限に続く保管の苦悩が人々を押し潰してきた。
それがこれまでの「解決策」だった。
仁の声には、その重苦しい過去への静かな怒りが滲んでいた。
「しかし、私たちの技術では、汚染土壌そのものを安全な状態に戻すことが可能です」
その言葉が会場に響き渡ると、観客席から驚嘆の声が上がった。
まるで重い鎖が解かれたかのように、希望の光が一気に広がった瞬間だった。
スクリーンに映し出されたのは、処理プロセスの詳細だ。
まず、汚染された土壌が装置に投入される。
黒く湿った土がベルトコンベアに乗り、轟音とともに高温の炉へと吸い込まれていく。
映像は土が微細な粒子に分解されていく様子を捉え、熱で水分が蒸発し、白い蒸気が立ち上る様がまるで科学ドキュメンタリーのようにリアルに描かれていた。
次に、特殊な吸着物質——灰白色の粉末が霧のように散布され、セシウム137やストロンチウム90といった放射性物質を選択的に絡め取るシミュレーションが表示される。
映像はズームアップし、顕微鏡レベルの粒子が吸着物質に磁石のように引き寄せられ、絡みつく様子を映し出した。
最後に、浄化された土壌が排出され、さらさらと透明な袋に流れ込む。
作業員がガイガーカウンターを近づけると、測定音が鳴り響き、画面に表示された数値は「0.2μSv/h」。
安全基準を遥かに下回る、自然界とほぼ変わらないレベルだ。
「我々の開発した特殊吸着物質は、汚染物質を効率的に分離することができます」
仁の声には、技術への絶対的な自信が込められていた。
彼の視線は観客席をゆっくりと見渡し、一人ひとりに語りかけるように響いた。
会場が静まり返る中、記者席から鋭い声が飛び出した。
「処理された放射性物質はどうなるのですか?」
質問を投げかけたのは、眼鏡をかけた若い記者だった。
薄いフレームの奥で目がぎらつき、ペンを握る手がわずかに震えている。
興奮か緊張か、あるいはその両方か。
仁は穏やかに目を細め、口元に微かな笑みを浮かべて答えた。
「捕集した放射性物質は、体積を大幅に圧縮し、従来の0.1%以下の量に減少します。そして、機器に取り付けられた鉛製の容器の中でガラス化し、完全に閉じ込めます。」
その言葉に、会場が再びざわめいた。
ガラス化——放射性廃棄物を安定した形で封じ込める技術は知られているが、それをこの規模で実用化し、しかも土壌の浄化と同時に行うとは。
観客席の研究者たちは顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべた。
老いた教授は顎を撫でながら首を振って呟いた。
「これは……しかし、コストがそれに見合うのか……」
「ありえない数値だ、詐欺なのでは……」
その隣の若手研究者は声を震わせた。
ただ保管するのではなく、汚染土壌を減らす。
その革新的なアプローチが、これまでの除染技術の常識を根底から覆すことを、誰もが理解し始めていた。
会場が落ち着くのを待ち、仁はゆっくりと続けた。
「この技術は、日本だけでなく、世界中の放射性物質による汚染地域の浄化にも応用可能です」
彼の視線は遠くを見据え、チェルノブイリや、世界各地で放置された汚染地の荒涼とした風景を思い描いているようだった。
風に舞う灰と、立ち入り禁止の看板が揺れる情景が、彼の脳裏に浮かんでいた。
「我々は、この技術を環境復興に取り組む企業や団体と広く共有する準備があります」
その言葉に、会場が一瞬静寂に包まれた。
拍手も、ざわめきも止まり、ただ仁の言葉だけが空気に溶け込んでいた。
だが、次の瞬間、最前列に座る環境省の官僚が眉をひそめ、鋭い声で割って入った。
「……つまり、政府に売却するのではなく、民間企業にも提供する、ということですか?」
彼の声には、どこか苛立ちと疑念が混じっていた。
濃紺のスーツの襟を正しながら、彼は仁を睨みつけるように見つめた。
額に刻まれた深い皺と、メガネの奥で光る冷たい目が、彼の立場を物語っていた。
日本の放射性廃棄物処理は、長年政府と一部の大企業が独占してきた。
その利権構造に、新たな風穴を開けるような発言が許せないのだろう。
隣に座る別の関係者は、慌てて官僚の耳元で囁き始めたが、彼の表情は硬いままだった。
仁は一呼吸置き、穏やかな微笑みを浮かべて答えた。
「はい。これは、利権ではなく、人類の未来のための技術です」
その言葉は静かに、しかし力強く会場に響き渡った。
まるで柔らかな風が硬い岩を削るように、彼の声は観客の心に深く染み入った。
観客席が一変した。
研究者たちは感嘆の声を上げ、報道陣は一斉にメモを取り始めた。
フラッシュが瞬き、カメラのシャッター音がホールに響き渡った。
だが、官僚の顔は硬直し、彼の隣の関係者はさらに慌てて耳打ちを続けた。
会場に漂う空気が、期待と緊張、そして微かな対立の気配で満たされていく。
一つの小さな拍手が、会場に鳴り響いた。
それは後列に座る若い技術者の手から始まったものだった。
次の瞬間、別の手が続き、やがて会場に響き始めた拍手は、最初はまばらだったが、すぐに大きなうねりとなってホール全体を包み込んだ。
まるで春の嵐が吹き荒れるように、拍手は止まることなく響き続け、仁の耳に届いた。
仁は壇上で静かに目を閉じ、胸に込み上げる感情を抑えた。