山寨龍科技(シャンザイロウ・テクノロジーズ)の開発施設内、無機質な白い壁に囲まれた実験室で、数名の技術者たちがモニターを睨んでいた。
蛍光灯の冷たい光が部屋を照らし、壁に並ぶ計器類が微かな電子音を立てている。
目の前には、大型の金属製装置——近藤から手に入れた設計図を基に試作された除染装置が鎮座していた。
鈍い銀色の表面には溶接跡が残り、配管や冷却ダクトが複雑に絡み合っている。
「……よし、動かせ」
チャン・ユーハオの合図で、技術者の一人がスイッチを押した。
作業服の袖をまくり、緊張した手で操作パネルに触れる。
ブゥゥゥン……ギギギギギ……!!
装置が始動すると、内部の機構が唸りを上げ、汚染された土が投入口へと吸い込まれていく。
機械の振動が床を伝い、低い轟音が部屋に響き渡った。
数分後、処理された土が排出口から流れ出てくる。
さらさらと落ちる土が小さな埃を舞わせ、技術者たちが一斉に唾を呑んだ。
一人がガイガーカウンターを取り出し、測定を開始した。
針が動き、デジタル表示が点滅する。
「……0.09mSv/h」
室内がざわめいた。
チャンは眉をひそめ、眼鏡の奥の目が鋭くなった。
「……どういうことだ?」
測定値は、除染前とほとんど変わらない。
つまり、装置は機能していない。
技術者の一人が震える声で呟いた。
「まさか……このデータ、偽物……?」
チャンは即座に専門の解析チームを動員し、近藤から受け取ったデータを調査させた。
技術者たちがノートパソコンやタブレットを手に慌ただしく動き、数時間後、報告が上がった。
「チャンさん……データに改竄の痕跡が見つかりました」
「何だと?」
チャンの声が低く響く。
「このデータ、おそらく近藤の個人PCで書き換えられたと思わしき形跡があります」
チャンの表情が凍りつき、こめかみに青筋が浮かんだ。
「つまり……近藤が意図的に偽物を掴ませた可能性があると?」
「その可能性が高いです」
ピキッ、とチャンの拳が震え、眼鏡のレンズに光が反射した。
「……近藤を呼べ」
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数時間後、近藤は山寨龍科技のオフィスに呼び出された。
横浜の雑居ビルの一室、応接室に通されると、そこにはチャンと、黒服の男が二人待ち構えていた。
部屋は薄暗く、窓のブラインドが閉じられ、外の喧騒が遠く聞こえるだけだ。
ドアが閉まる鈍い音が響き、チャンが低い声で言った。
「近藤——お前、俺たちに偽物を掴ませたナ?」
「……は?」
近藤は一瞬、状況が呑み込めず目を丸くした。
「渡さレたデータは貴様のPCで改竄された痕跡があったヨ」
チャンの声は冷たく、抑揚のない日本語に怒りが滲んでいる。
「ふざけるな、俺は盗み出したデータそのままを渡したんだ。何も弄っちゃいない! 俺がそんな高度な設計のことなんて分かるわけないだろ!」
近藤は声を荒げた。
「言い訳は聞きたくなイ」
チャンが指を鳴らす。
次の瞬間——
ドゴッ!!
「グァッ……!!」
黒服の一人が拳を叩き込み、近藤の腹にめり込んだ。
彼は崩れ落ち、床に膝をついて呻いた。
「ま、待て! 本当に改竄なんてしてない!」
「なら——生データを確認させロ」
「いくらでも確認してくれ! 俺はこれをコピーしたデータを渡しただけだ!」
近藤は怯えながらも、鞄から震える手でUSBを取り出した。
用心深い彼は、盗んだオリジナルデータを誰かに奪われないよう、肌身離さず持ち歩いていたのだ。
チャンは近藤の手からUSBを奪い取った。
「さて——これが本物かどうカ、確かめさせてもらおウ」
彼は自分のPCにUSBを差し込み、画面が一瞬フリーズした後、解析が始まった。
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「チッ……」
チャンが舌打ちをする。
画面には、以前近藤が渡したものとは異なる設計図が映し出されていた。
技術者が眉をひそめ、隣の同僚と顔を見合わせる。
「何だこれは……? データの中身が違う……?」
「ふざけやがっテ……!」
バキィッ!!
近藤の顔面に拳が炸裂し、彼は床に倒れ込んだ。
鼻血が滴り、頬が赤く腫れ上がる。
「俺は知らねぇ! 本当だ、俺が盗んだデータをそのままコピーしただけだ!」
「嘘をつくナ!」
さらに拳が振り下ろされ、近藤の意識が朦朧とする中、チャンの冷たい声が響いた。
「……お前、他の会社にも情報を売ってだろウ?」
「……!」
近藤の目が見開く。
「うちに偽物を掴ませテ、他の会社に本物を売る——そういうことカ?」
「違う、俺はそんなこと……!」
「なら、本物のデータをよこセ」
「……だから、それが本物だって……!!」
近藤の叫びは虚しく響き、彼はボロ雑巾のよう痛めつけられた後、路地裏に放り捨てられた。
冷たいコンクリートに叩きつけられ、血と泥にまみれた姿で呻き声を上げた。
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数日後、山寨龍科技は、再度設計し直した試作機を動かしてみた。
実験室に再び技術者たちが集まり、新たな装置が稼働する。
だが、結果は惨憺たるものだった——従来の除染方法とほぼ同等の性能しか出ない。
「これでは、ただの置物だ…従来の除染方法の方が効率がいいじゃないか……」
技術者の一人が呆然と呟く。
「最初の試作品と何が違う?」
別の技術者が設計図を手に検証を重ねたが、どうしてもオリジナルのように完全除染ができなかった。
それどころか——
「この設計図……よく考えてみるとより多くの高価な部品が必要になっている。」
実はアーベルが仕込んだ偽の情報によって、無駄に高価な材料——レアアースや特殊合金——を要求する設計になっていたのだ。
試作用に調達した部品のコストは膨大で、結果として山寨龍科技は大損を被った。
2度の失敗は会社でのチャンの立場を危うくするには十分な損失だった。
「……クソッ、近藤の野郎……!」
チャンは机を叩き、部下たちに命令を下した。
「近藤を見つけて殺せ」
だが——近藤の姿はどこにもなかった。
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近藤は、山寨龍科技のオフィスを逃げ出した直後、国外へ逃げ出す算段を立てていた。
着の身着のままパスポートを握りしめ、横浜の繁華街を抜けて空港へ向かう。
額に冷や汗が流れ、腫れた頬が痛む。
人混みに紛れながら、彼は小さく呟いた。
「クソ……俺が悪いわけじゃねぇ……!」
「俺を騙したヤツが悪いんだ……そうだ……」
近藤の目は虚ろで、誰かを恨むことで自分を保とうとしていた。
どこへ行こうか——東南アジアか、南米か。
頭の中は混乱し、金と逃亡の計画でいっぱいだった。
だが、彼はまだ気付いていなかった。
アーベルの仕掛けた罠が、他の企業にも広がり、彼を追い詰める網を静かに張り巡らせていることを。
パスポートを握る手は震え、繁華街のネオンが彼の背後に冷たく輝いていた。
近藤はすでに破滅の道を進んでおり、その足音は闇に呑まれていくようだった。