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第07話 永と剣闘士試合 

 夕方、王都の闘技場は熱気に包まれていた。観客席には兵士や商人、子どもまでが詰めかけ、掛け声と歓声が絶え間なく響いている。

  その中心で、一人の青年が剣を肩に担いで立っていた。永――他人の意見を軽視する癖があり、しかし自分の強みを活かすことには迷いがない人物だ。

  「ちょっと待てよ永、なんで勝手に試合なんか申し込んでるんだ!」宙は慌てて駆け寄る。

  永はニヤリと笑い、肩をすくめた。「腕が鈍っちゃいけないだろ? それに、この街で信用を得るにはわかりやすい強さが一番だ」

  美里が額に手を当ててため息をついた。「あなた、もう少し周囲の意見を聞く気はないの?」

  「聞いてたら動けないさ」と永は軽く言い放った。

  試合が始まると、永は見事な剣技で相手を翻弄した。観客から歓声が上がり、宙は思わず声を上げる。「いけー! そこだ!」

  やがて決着がつき、永が勝利すると、会場は大きな拍手に包まれた。

  試合後、永は汗を拭いながら宙に笑いかけた。「どうだ? 少しは安心しただろ」

  宙は苦笑しながら答えた。「安心っていうか……仲間意識は深まったな」

  美里も肩をすくめつつ微笑んだ。「もう……次からは相談してね」

  日が沈む頃、彼らは闘技場を後にした。

  宙の胸には、不思議と頼もしさが芽生えていた。



 闘技場を出た後も、観客の歓声は耳に残っていた。

  宙は歩きながら永に尋ねた。「なあ、なんであんな無茶したんだ? もし負けてたらどうするつもりだった?」

  永は口元だけで笑った。「負ける気はなかった。俺には剣技しかないが、その一点なら誰にも負けない」

  「……他人の意見を聞かないのは変わらないけど、強みを活かすってのは本物なんだな」

  永は肩をすくめた。「それで結果が出りゃ文句ないだろ?」

  美里が横で小さく笑った。「まあ、今回は良しとしましょう。でも次からは一言くらい相談してね。仲間なんだから」

  永は一瞬だけ目を伏せ、「……考えとく」とつぶやいた。

  宿に戻ると、宙は一日の出来事を思い返した。転移したばかりの自分が、異世界の剣闘士試合を応援する日が来るとは想像もしなかった。

  「俺、ちょっとずつだけど、この世界の一員になってるのかもな……」

  そんな呟きを、美里は聞き逃さず笑顔でうなずいた。

  夜空には、淡い彗星の尾が長く伸びていた。

  宙はそれを見上げ、心の奥に芽生えた仲間意識を噛みしめた。

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