夕方、王都の闘技場は熱気に包まれていた。観客席には兵士や商人、子どもまでが詰めかけ、掛け声と歓声が絶え間なく響いている。
その中心で、一人の青年が剣を肩に担いで立っていた。永――他人の意見を軽視する癖があり、しかし自分の強みを活かすことには迷いがない人物だ。
「ちょっと待てよ永、なんで勝手に試合なんか申し込んでるんだ!」宙は慌てて駆け寄る。
永はニヤリと笑い、肩をすくめた。「腕が鈍っちゃいけないだろ? それに、この街で信用を得るにはわかりやすい強さが一番だ」
美里が額に手を当ててため息をついた。「あなた、もう少し周囲の意見を聞く気はないの?」
「聞いてたら動けないさ」と永は軽く言い放った。
試合が始まると、永は見事な剣技で相手を翻弄した。観客から歓声が上がり、宙は思わず声を上げる。「いけー! そこだ!」
やがて決着がつき、永が勝利すると、会場は大きな拍手に包まれた。
試合後、永は汗を拭いながら宙に笑いかけた。「どうだ? 少しは安心しただろ」
宙は苦笑しながら答えた。「安心っていうか……仲間意識は深まったな」
美里も肩をすくめつつ微笑んだ。「もう……次からは相談してね」
日が沈む頃、彼らは闘技場を後にした。
宙の胸には、不思議と頼もしさが芽生えていた。
闘技場を出た後も、観客の歓声は耳に残っていた。
宙は歩きながら永に尋ねた。「なあ、なんであんな無茶したんだ? もし負けてたらどうするつもりだった?」
永は口元だけで笑った。「負ける気はなかった。俺には剣技しかないが、その一点なら誰にも負けない」
「……他人の意見を聞かないのは変わらないけど、強みを活かすってのは本物なんだな」
永は肩をすくめた。「それで結果が出りゃ文句ないだろ?」
美里が横で小さく笑った。「まあ、今回は良しとしましょう。でも次からは一言くらい相談してね。仲間なんだから」
永は一瞬だけ目を伏せ、「……考えとく」とつぶやいた。
宿に戻ると、宙は一日の出来事を思い返した。転移したばかりの自分が、異世界の剣闘士試合を応援する日が来るとは想像もしなかった。
「俺、ちょっとずつだけど、この世界の一員になってるのかもな……」
そんな呟きを、美里は聞き逃さず笑顔でうなずいた。
夜空には、淡い彗星の尾が長く伸びていた。
宙はそれを見上げ、心の奥に芽生えた仲間意識を噛みしめた。