その夜、宿の一室では灯りがひとつだけともっていた。机に向かい、静かに羽ペンを走らせているのは愛里だった。
彼女は自分の短所ばかりに目を向けがちで、今日もまた、分厚い手記に自分の弱さを書き連ねている。
「転移者の心理は複雑だ……」
愛里は小声でつぶやきながら、宙のことを思い出していた。異世界に放り込まれ、戸惑いながらも必死に順応しようとする姿。その中で垣間見える短気な性格と、仲間に対する寛大さ。
「……この人は、まだ自分を知らないんだ」
やがて宙が部屋を訪ねてきた。「まだ起きてたのか?」
愛里は慌ててペンを置いたが、宙は手記に目を留めた。「何を書いてるんだ?」
「ただの記録……自分の弱さを書いてるだけ」
宙は苦笑しながらも真剣に言った。「俺もさ、弱いところだらけだよ。今日だって永に振り回されて、内心めちゃくちゃ腹立ってたし」
愛里は驚き、少しだけ笑った。「そうやって言えるのは強さよ。私は……書かないと整理できない」
「じゃあ、俺も書いてみようかな」宙はそう言って、空いている紙に自分の弱点を書き始めた。
夜更けの静かな時間、二人のペンの音だけが響いた。
しばらく無言で書き続けた後、宙はペンを置いた。「……書いてみると、意外と落ち着くもんだな」
愛里は少し驚いた表情を浮かべ、頷いた。「そうでしょ? 私は昔からこうして整理してきたの」
宙が手元の紙を見つめながら呟いた。「短気なところ……逃げ腰になるところ……でも、仲間を信じたい気持ちはあるんだな、俺」
愛里は微笑み、机の引き出しから別のノートを差し出した。「これ、予備だから持ってて。続けてみるといいよ」
宙は受け取り、少し照れくさそうに礼を言った。「ありがとう」
愛里は再び自分の手記を開き、最後に一文を書き加えた。
“弱さを知ることは、強さを手に入れるための第一歩”
その夜、二人は言葉少なに互いの心を共有した。
宙の中で、愛里が抱える繊細さと自分自身の弱さが重なり、少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。
窓の外では、遠くの空に彗星の尾がかすかに光っていた。
――この世界を救う旅は、まだ始まったばかりだ。