金曜の朝、王都の工房街は早くから音と熱気に包まれていた。金属を打つ音、薬品の匂い、そして魔力を帯びた空気。宙は少し圧倒されながらも、美里に導かれて一軒の工房へ足を踏み入れた。
そこにいたのは、短く切りそろえた髪と鋭い眼差しを持つ青年――瑞貴だった。
「よく来たな。転移者だって?」
瑞貴は手を止め、汗を拭いながら宙をじっと見つめた。
「え、ああ……まあ、そうらしい」
「なら、ちょうどいい実験台だ」瑞貴はにやりと笑い、机の上の奇妙な装置を持ち上げた。
それは羅針盤に似ていたが、中央には光る結晶が埋め込まれ、周囲には複雑な魔法陣が刻まれていた。
「これは〈史書探索用魔導羅針盤〉。失われた十二史書を探知するために作ったんだ。今は試作段階だけどな」
宙は目を丸くした。「そんなのまで作れるのか……」
瑞貴は装置を宙に手渡した。「持ってみろ。お前の体質、普通じゃないらしいからな」
宙が触れた瞬間、羅針盤は淡い光を放ち、針が一方向を指した。
「おいおい……本当に反応したぞ」瑞貴が目を見開いた。
美里は笑みを浮かべた。「やっぱり宙、特別なんだわ」
宙は複雑な気分で装置を見つめた。「……これで史書が見つかるのか?」
「まだ改良は必要だが、方向性は間違ってない」瑞貴は真剣な表情で頷いた。「次の目的地、灰色の森で使おう」
瑞貴は装置を調整しながら、宙に説明を続けた。「これは俺の限界を知ったうえで生まれた発想なんだ。人力や勘に頼る探索には限界がある。だから技術で補う」
宙は感心しつつ尋ねた。「でも、そんなものを一人で作ったのか?」
瑞貴は笑った。「仲間の知識も借りてるさ。ただ、革新的なアイデアを実行に移せるかどうかは自分次第だからな」
美里が宙の肩を軽く叩いた。「これで森の探索がぐっと楽になるわね。宙、あなたの体質と瑞貴の魔導具、どちらも必要不可欠よ」
宙は少し戸惑いながらも、頷いた。「……じゃあ、ちゃんと役に立たないとな」
瑞貴は工具を片付け、宙を真っすぐ見た。「役に立つかどうかなんて考えるな。自分にできることを見極めて全力でやれ。それで十分だ」
その言葉はどこか重みがあり、宙の胸に響いた。
工房を出ると、空は澄み渡り、遠くにかすかに彗星の尾が見えた。
宙は小さく呟いた。「……俺も、限界を知ったうえで動けるようになりたいな」
美里は笑い、「少しずつね」と答えた。
こうして、史書探索のための新しい力が加わった。
――旅はさらに加速し、宙たちは次の挑戦へと歩み出す。