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第10話 陽香の救護小屋 

 午前、王都の外れにある貧民区は静まり返っていた。

  薄暗い路地を抜けた先に、小さな木造の建物――無料診療所があった。そこには陽香がいた。

  白い外套をまとい、汗を拭いながら負傷した子どもに薬を塗っている。その姿は疲弊しているのに、どこか凛としていた。

  宙と美里が入ると、陽香は手を止めて微笑んだ。「待っていたわ」

  宙は驚いた。「君も仲間になるって聞いたけど……医者なのか?」

  「医者じゃない。ただ、誰かを助けることにためらえないだけ」陽香は優しく答えた。

  診療所には次々と人が訪れる。陽香は献身的に治療を続け、休む暇もない。

  宙は思わず声をかけた。「無理しすぎじゃないか?」

  陽香は首を振った。「誰かが苦しんでいるなら、放っておけないの。たとえ自分が傷ついても」

  その言葉に、宙は胸を突かれた。自分はまだ忍耐を欠き、何かあれば投げ出しがちだ。それでも目の前で必死に誰かを助ける陽香の姿は、強い印象を残した。

  診療を終えた陽香は、椅子に腰掛けて深く息を吐いた。「……ごめんなさい、少し休ませて」

  宙は黙って水を差し出した。「ありがとう」



 陽香は水を飲み干すと、疲れた笑顔を宙に向けた。「ありがとう……あなたも疲れているでしょう?」

  宙は首を振った。「いや、俺なんてまだ何もしてない。ただ見てただけだ」

  「見てくれるだけでも救われる人はいるのよ」陽香は穏やかに言った。

  その言葉に宙は返す言葉を失った。忍耐が足りず、すぐ苛立つ自分。しかし陽香は、自分を犠牲にしてでも他人を助け続けている。

  「……俺も、少しは我慢できる人間にならないとな」

  美里が隣で微笑んだ。「ええ、その気持ちがあれば大丈夫」

  夕方になると診療所の人影は減り、ようやく陽香は深呼吸をした。「これで今日の患者は終わりね」

  宙は少し迷った後、真剣な表情で言った。「これからの旅でも、無理をしすぎるなよ。俺たちがいるんだから」

  陽香は目を細め、静かに笑った。「ありがとう。あなたにそう言われると、少し楽になる」

  窓の外、彗星の尾が夕空を横切っていた。

  宙はそれを見上げながら、心に誓った。

  ――もう逃げない。この世界で仲間と共に、最後まで立っていよう。

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