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第9話 新たな感覚




「マジ? こんな簡単に?」



 あまりにもあっさりとへその下『丹田』と呼ばれる場所に力を感じて戸惑う。

 それも前世では『これかな? これかな? これだよな?』とあやふやに感じていたモノとは違う。ソレがそこにあると確かに感じる力強いモノだ。


 もしやと考えた通り、この世界はソレを感じやすい世界なのだろうか。

 それとも、7歳の時に行った検査での評価は真であり、この身体には優秀な才能が秘められていたのだろうか。

 それともそれとも、魔術を学んだ際、使い捨てライターよりも小さな火だろうと指先に有を一度は無から生み、ソレを感じる下地がとうに作られていたのだろうか。


 その答えは解らないが、ソレが驚き呆けている内に霧散して消え、確かな手応えも一緒に消えてしまう。

 極意によると、ソレを感じ取り、身体中に巡らせれば、人ならざる力を得るとあった。焦る心を抑えて、肩の力を抜くところからやり直す。



「むっ!? ……これだ。間違いない」



 今度はもっと早かった。先ほどの半分もかかっていない。

 再び丹田にソレを感じ、より確かなものとする為に集中力を高めてゆき、並行して極意の教え通りにソレを身体中に巡らそうと試みる。


 暫くして、変化が生まれた。

 ソレを身体中に巡らすというのは出来なかったが、丹田のソレとは別の二つ目。女の子の大事なトコロにもソレが有るのを感じる。

 予想外の発見に眉を跳ねさせながらも、同じ失敗を繰り返さないように心を平らに保ち、意識を自分の内側へ深く向けた次の瞬間。



「彼女……。だよな?」



 内へ向けた筈の意識が外へ大きく広がった。

 未だ視線は1メートルほど先に落としたままだが、隣室で寝ず番中のメイドさんの存在を感じる。

 それもソファーの肘掛けを枕にして寝そべり、右足だけをソファーからだらしなく落としている様子まで解る。


 これは死角などに立たれた際に漠然と感じる『気配』とは別種のものだ。

 視覚で捉えていないにも関わらず、認識した存在に意識を向けると、その様子が像となって頭の中に浮かぶ。


 更に言えば、三つ目のソレを鳩尾に感じる。

 もしや、四つ目も有るのだろうか。初めて感じる感覚に高揚感が湧き、それがこの感覚をもっと広げられるのだろうかという興味となり、より集中する。



「へぇ……。凄いな、これ」



 そして、その予想は正しかった。

 新たなソレが胸の中心に生まれると、謎の感覚は私を中心にした円を描き、この屋敷全体を一気に飲み込んで隣接する家々にまで届いて広がった。


 今日までの十日間、私はこの屋敷の敷地内から出ていない。

 知識で知ってはいたが、どんな人達が暮らしているのかと、まずは向かいの伯爵家屋敷を、次に右隣の子爵家屋敷を覗き、次の次に裏の伯爵家屋敷を覗くなり目をギョッと見開く。



「えっ!? ……ええっ!?」



 当家の裏に住む伯爵は華美を好まず、自分に厳しい生真面目な性格の持ち主と聞く。

 その上、剣の腕が立ち、軍勢を率いて負け無し。誰もが伯爵なら任せられると太鼓判を押して、この帝都の治安維持を担う第一騎士団の団長を私が生まれる前から務めている。


 唯一の欠点は独身。

 四十半ばを数えて、爵位を継ぐ後継者が居ないにも関わらず、若い頃に亡くした奥さんを未だ忘れられなくいて、皇帝陛下から再婚を強く望まれて、お見合いを何度も重ねているが、ことごとくを断り続けているらしい。


 私『メアリス』の伯爵に対する印象はダンディーなおじさま。

 顔がイケメンなら、立ち振る舞いもイケメン。長身で若々しい体型を維持している一方、良く似合う口髭が年相応の渋さを醸し出しており、伯爵が道を歩くだけでマダムもレディーも黄色い声をワーキャーとあげるほど。


 ところが、ところがである。

 今、そのモテモテ伯爵がベッドで四つん這いとなり、お尻をぺんぺんされていた。


 私の記憶が確かなら、伯爵を左腕で抱えながらベッドに膝立ち、伯爵のお尻をペンペンしている牛族のメイドさんは私より三歳年上の16歳だった筈だ。

 去年の秋頃、引っ越しの挨拶に訪れた際、その場にたまたま居合わせて、彼女の年齢に似合わない大きいを超えた巨大なおっぱいに驚き、羨み、嫉妬と共に憶えた記憶だから間違いない。


 どうにか集中力が途切れるのは防げたが、茫然としたままでいると、二人に動きがあった。

 伯爵が腕と足を畳みながらベッドに仰向けとなり、なんとメイドさんが『仕方がない僕ちゃんですねぇ~』と微笑みながら『ママ、ごめんなちゃい。ばぶばぶ』と意味不明な謝罪をする伯爵にオムツを着け始めたではないか。


 いや、この新たに知った謎の感覚は目で見るような実像は見えないし、音も拾えない。

 生物の存在とそのおおよその距離、その生物がどんな姿勢でいるか、それくらいの情報しか得られないが、経験と知識、それに想像の三つで何となく解ってしまうのだ。



「ま、まあ、そうだよね! よ、夜だしね! しゅ、趣味は人それぞれだしね!

 ……って、言うかさ! こ、これってマナー違反だよね! は、はい、止め止め! しゅ、終了!」



 たまらず意識を自分に素早く戻す。

 次、二人と会った時にどんな顔をしたら良いのか。取りあえず、その問題を今は棚上げする事にした。




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