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第2章_砂漠の城門

 翌朝、晃たちは宿の窓から差し込む強烈な朝日に目を覚ました。地平線から昇る太陽は、東京のそれよりも赤みを帯び、空気の乾燥を強く感じさせた。

  「砂漠の気候だな」晃は外気を吸い込みながら呟いた。

  「この街、夜は冷えるけど、昼間は暑くなりそうだ」

  彩夏が薄手の上着を羽織りながら頷く。

  「じゃあ、水を確保しないと。昨日見た市場に行ってみよう」

  優太は手にした小型のノートを開き、前夜整理した通貨換算データを確認した。

  「銀貨の価値はおおよそ現代日本円の数千円程度。これなら当面の生活費は大丈夫そうだ」

  朝食を済ませた八人は、城門の外に向かって歩き出した。城壁の外には、赤茶けた砂漠と一本の街道がまっすぐ伸びている。

  純也は不安げに城門を見上げた。

  「まるで映画のセットだな……いや、もっと本格的だ。これ、夢じゃないよな」

  ジョーダンは微笑を浮かべ、軽く肩を叩いた。

  「夢だったら、もうとっくに目が覚めてるわ」

  彩夏は城門の警備兵に声をかけた。昨日と同じく古語に近い言葉を選び、滞在目的を伝える。兵士は怪訝そうな顔をしたものの、やがて通行を許可した。

  「よし、ここからだ」晃が歩きながら仲間に言った。

  「この街の文化や地理を理解することが、帰還方法を探る上で必ず役に立つ」

  佳那はすでに市場に目を向けていた。

  「ねぇ、あれ見て! 浮いてる輸送台車……磁気か反重力っぽい仕組みじゃない?」

  エマーソンが興味深そうに近づく。

  「重力制御技術に似ているが、エネルギー源が見えない。興味深い……」

  市場には色鮮やかな果物、砂漠で採れると思えないほど瑞々しい野菜が並んでいた。その中央に小さな噴水があり、人々が水瓶を満たしている。

  「水源を確保してるんだな」晃は分析的に眺めた。

  「地下水か、魔法的な技術か……」

  彩夏が噴水の管理人に話しかけると、彼はにこやかに答え、手振りで水を分けてくれた。

  「ありがとう」彩夏は素直に礼を言った。

  ジョーダンが笑った。

  「あなた、異世界でも人に感謝されるタイプね」

  その後、彼らは再び城門近くに戻り、街道を進んで外の景色を眺めた。遠方には広大な砂丘と、蜃気楼のように揺れる別の建築物が見える。

  「晃、あれは?」彩夏が指差した。

  「おそらく、王国の外郭要塞の一つだ。地図が欲しいな」



 晃は兵士の姿を目で追いながら、古語の断片をメモに書き留めていた。文法や発音が、昨日の会話よりも明確に聞き取れるようになっていた。

  「昨日のやり取りで、ある程度言語体系が分かった。ここでのコミュニケーションは何とかなるかもしれない」

  彩夏が横で頷いた。

  「じゃあ、まずは地図を手に入れよう。王都全体の構造を知らないと、下手に動き回れないし」

  佳那が市場の一角を指差した。

  「ほら、あそこ。紙の束が売られてる。あれ、地図じゃない?」

  ジョーダンが笑みを浮かべて言った。

  「買ってみましょう。こういう時は情報が一番の資産になるわ」

  エマーソンはそのやり取りを聞きながら、目を細めて呟いた。

  「情報と資産は表裏一体……歴史でも同じだ」

  売り子の青年は明るい声で客を呼び込んでいた。晃は古語を用いて慎重に話しかける。

  「これ……地図……いくら?」

  青年は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑み、指で二本の指を立てた。

  「二枚の銀貨」

  優太がすぐさま換算した。

  「昨日の宿泊費と同じくらいだ。買っておこう」

  銀貨を渡すと、青年は地図を大切に包んで渡してくれた。晃が広げてみると、王都フェランディアと周辺の街道、さらに遠方に複数の都市が描かれていた。

  「ほら、ここがさっき見えた要塞だ」佳那が指差した。

  「そして、この南側の砂漠の端に……何か記号がある」

  純也が身を乗り出した。

  「なんだこれ……門のマーク? けど街じゃないみたいだ」

  エマーソンが興味深そうに地図を覗き込み、低く呟いた。

  「古代遺跡の印かもしれないな。もし転移と関係があるなら、調べる価値はある」

  晃はしばらく考え込み、そして言った。

  「よし、今日の午後、王城に行こう。王国の公的記録にアクセスできれば、門の記号が何を意味するか分かるかもしれない」

  彩夏は深呼吸して微笑んだ。

  「危険かもしれないけど、行こう。ここに留まっていても帰り道は見つからないし」

  純也は苦笑した。

  「俺、王様に会うなんて人生初なんだけど……」

  明日美が淡々と荷物を整えながら言った。

  「大丈夫、場を整えておくのは得意だから。準備が終わったらすぐ出発できるようにしておく」



 午後、晃たちは王城へ向かった。王城は白い石灰岩で築かれ、高さ数十メートルの塔が四方にそびえ立っている。その威容に純也は足を止め、しばし口を開けたまま見上げた。

  「……うわ、これ、本物の城だよな。CGでも合成でもない」

  彩夏が微笑み、背中を軽く押した。

  「行こう。ここで立ち止まってても仕方ないよ」

  王城の正門には鋭い眼差しを持つ兵士が二人立っていた。晃は深呼吸し、古語で丁寧に話しかけた。

  「旅……調査……王国記録……閲覧、許可を」

  兵士は一瞬顔をしかめたが、晃の言葉に耳を傾けた。しばらくのやり取りの後、彼らは身振りで「待て」と示し、一人が城内へ走って行った。

  待つ間、佳那は城門の装飾を眺め、指でなぞった。

  「この装飾、古代の文様っぽい。写本の表紙に似てる気がする」

  ジョーダンが頷いた。

  「なら、やはり関連性があるのかも」

  しばらくして戻ってきた兵士は頷き、門を開いた。

  「王立学術院の司書が面会するとのことです」

  学術院は城内の一角にあり、無数の巻物と分厚い書物が積み上げられていた。案内してくれた司書は年配の男性で、落ち着いた声で話し始めた。

  「旅の方々、王国の記録をお探しか」

  晃は事情を簡潔に説明した。光の渦、写本、そして転移。司書は顎に手を当て、深く考え込んだ。

  「その写本、もしかすると《虹の門》に関わるものかもしれない」

  彩夏が身を乗り出した。

  「虹の門?」

  司書は頷いた。

  「王国には古代から伝わる五つの結晶と、それらを集めることで開く門の伝承がある。かつて異界との接続を行ったとされるが、今では伝説とされている」

  エマーソンが小さく呟いた。

  「五つの煌めき……」

  晃は即座にメモを取り、仲間へ視線を向けた。

  「つまり、結晶を探せば帰還の手段が見つかる可能性があるということだ」

  ジョーダンが笑った。

  「決まりね、私たちの次の目的は五つの結晶」

  純也は肩をすくめた。

  「まるでRPGみたいだけど……やるしかないな」

  司書は一枚の紙片を差し出した。

  「これは各地に伝わる結晶の位置を示す古地図だ。ただし正確ではない。旅は危険を伴うだろう」

  晃は紙片をしっかりと握り、静かに答えた。

  「危険は承知です。僕たちは必ず帰る方法を見つけます」

  夕方、城門を出た彼らは、再び砂漠の風に頬を打たれた。その冷たさに、全員が無言で決意を固めていた。

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