翌朝、晃たちは祭殿に戻り、結晶の正式な研究許可を受けた。彩夏は緊張しながらも笑顔を浮かべ、祭司に深々と礼をした。
「ありがとうございます。必ず約束を守ります」
しかしその日の昼、街の空気は一変した。結晶が何者かに盗まれたのだ。
「どういうことですか!」彩夏が祭司に詰め寄る。
「さっきまで展示されていたのに……」
祭司は蒼白な顔で首を振った。
「裏口の扉が破壊され、警備が無力化されていた。結晶は……闇商人の手に渡った可能性が高い」
ジョーダンが静かに問いかけた。
「闇商人……どこへ向かったか心当たりは?」
「南側の水路だ。だが奴らは滑空船を使う」
佳那の目が輝いた。
「滑空船? まだ試作段階の乗り物のはず……ぜひ追跡したい!」
晃は全員を集め、短く言った。
「結晶を取り戻さなければ帰還の道は閉ざされる。全員、準備をして追うぞ」
優太はすでに警備隊から情報を収集していた。
「目撃証言によると、東の渓谷に向かった可能性が高い。時間的にはまだ間に合う」
明日美が荷物を整えながら告げた。
「食料と水は二日分。応急処置道具も持った。すぐ動ける」
エマーソンは小声で呟いた。
「裏取引の影には、必ず動機がある。結晶は単なる宝ではなく、力の象徴なのだろう」
晃は渓谷への道筋を思い描き、決断した。
「行こう。幻灯祭は終わりだ。次は僕たちが結晶を取り戻す番だ」
晃たちは東の渓谷へ向かう途中、滑空船の目撃情報を集めながら進んだ。水路沿いの小さな町に立ち寄ると、年老いた船大工が彼らに声をかけた。
「滑空船を追うのか? あいつらは新型の小型艇を使っているはずだ。通常の船じゃ追いつけんぞ」
佳那が目を輝かせた。
「その新型艇、どうやって動くのか分かりますか?」
「空気を圧縮して浮力を得るんだ。魔力石の出力を使えば、一時的に空中を滑空できる」
晃は考え込み、やがて言った。
「それなら、こっちも滑空できる手段を手に入れるしかない」
船大工は笑い、古い倉庫の鍵を取り出した。
「ひとつだけ試作機がある。乗りこなせるかは分からんが、持っていけ」
佳那は装置を確認し、頷いた。
「安全性は保証できないけど、使える。出力を最大にすれば追いつけるはず」
明日美は荷物を整理しながら冷静に言った。
「安全帯を確保しておく。落下しても即死は防げるわ」
優太は地図を広げ、経路を指差した。
「滑空船が向かった先は、この渓谷の奥にある交易所だ。闇商人がよく集まる場所だと聞いている」
エマーソンは顎に手を当て、意味深に呟いた。
「交易所……利害の交錯する場だ。単に盗むだけでなく、誰かに渡す目的があるはずだな」
晃は仲間を見回し、短く言った。
「よし、ここで足止めして結晶を取り戻す」
滑空艇は不安定ながらも動き出し、渓谷へと飛び立った。冷たい風が顔を叩き、景色が一気に遠ざかっていく。純也は操縦席の後ろで叫んだ。
「おい、これ本当に大丈夫なのか!」
ジョーダンが笑いながら答えた。
「大丈夫、落ちなければ平気よ!」
渓谷はすぐそこまで迫っていた。
結晶を取り戻した晃たちは、滑空艇でルルイエへと戻った。街に着く頃には夕暮れが湖面を赤く染め、祭りの余韻だけが残っていた。
祭殿に結晶を返却すると、祭司は深々と頭を下げた。
「あなた方には感謝してもしきれません。この街は再び守られました」
彩夏は微笑みながら言った。
「私たちはただ、元の世界に帰るために必要なものを守っただけです」
純也は肩をすくめ、照れくさそうに言った。
「まあ、こんなに緊張したのは久しぶりだよ」
明日美は物資の確認を終え、静かに報告した。
「被害もなく、全員無事。よくやったわね」
晃は仲間全員を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「今日の判断は遅かった。でも、みんなが補ってくれた。僕だけじゃ何もできなかった」
ジョーダンは首を振った。
「違うわ、晃。あなたは考える人で、私たちは動く人。どちらかが欠けても成立しないの」
エマーソンは結晶を見つめながら、深い声で呟いた。
「この結晶は単なる道具ではない。我々の選択そのものを試している……そんな気がする」
佳那は早速、滑空艇の改良案を語り始めていた。
「次はもっと安定させたいな。もう少し時間をくれれば、航続距離を倍にできるはず!」
優太は冷静にメモを取りつつ結論を告げた。
「次の目的地は森都カロニア。ここで得た経験を活かす時だ」
晃は深呼吸し、力強く頷いた。
「行こう。僕たちの旅はまだ始まったばかりだ」
湖面に映る夕陽はゆっくりと沈み、やがて結晶の淡い光だけが静かに周囲を照らしていた。