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第11話


 ――ユフィール嬢


 今回は、卒業式に参加してほしいという僕の我がままのためにお呼び立てして、申し訳ありません。

 馬車での移動は大変だったことと思います。

 体調はいかがですか? 何か不自由はしていないでしょうか。部屋は快適ですか? 不足しているものはありませんか?

 もし何か困ったことや辛いことがあったら、どうか遠慮せず言ってください。


 領地から離れ、一人寂しく過ごされていないか心配しています。無理をさせてしまったことを、とても申し訳なく思っています。

 けれど、やっとあなたに会えるのだと思うと、嬉しくてたまらない自分がいます。本当は今すぐにでもあなたの元へ駆けつけたい。そんな気持ちを抑えるのに、とても苦労しています。

 卒業後は近衛騎士隊に入隊することが決まっていますが、少しの間お休みをいただけることになっています。そうしたら二人で、あなたの行きたいところに出かけませんか。

 王都を二人で散策するのも楽しそうです。

 本屋や図書館、美術館、歴史博物館。それらをたくさん見て回り、二人でレストランで食事をしたり、花が美しく咲き誇る湖畔の別荘に出かけて、馬で遠乗りをしたり。

 あなたと共にしたいことをして、たくさん話をしたいと思っています。七年という年月を、開いてしまった距離を、あなたと過ごし、早く満たしたい。

 これまで手紙で書き切れなかった気持ちを、早くあなたに伝えたい。

 そしてお会いした時に、昔二人で交わした約束を果たしたい、そんなことばかり考えています。

 どうかもう少し、僕の我がままにお付き合いください。


 ユフィール、あなたに会えることを心から楽しみにしています。


 アレク


 * * *


 ――美しい文字で書かれた手紙を読み終え、バタンとベッドへ仰向けに倒れ込む。手にしていた白い便箋を、胸の前で抱きしめ大きく息を吐きだした。


 食事から戻り部屋で寝支度をしていると、家令のハンスが手紙を届けてくれた。受け取ったそれは、サーシャ様の部屋にあったというアレク様からの手紙。開封はされておらず、私は受け取るとアナに下がるよう伝えて一人、ベッドで読んだのだけれど。


(これじゃあ、ラブレターみたいだわ……)


 顔が熱い。

 なんだか恥ずかしくて、気持ちがむずむずする。


 アレク様は今までの手紙で、こんな風に甘い文章を書いたことは一度もなかった。

 確かに会いたいと思うことは何度かあったし、お互いに早く会えるといいですね、というようなニュアンスでやり取りをしたこともあるけれど、これは恋焦がれる相手に出すような文面だ。誰かに書いてもらったのかとも思ったけれど、筆跡はアレク様のもの。それに彼は、そんなことはしないだろう。


(一体どうしてこんなに私に会いたいと思うのかしら)


 一度だけ会った婚約者と手紙のやり取りをしているだけなのに、なぜこんなに会いたいと思ってくれるのか。


 ――お会いした時に、昔二人で交わした約束を果たしたい


 手紙に書かれた文字をもう一度追う。そこからジワリと熱が放たれているような気がして、また顔が熱くなった。


『僕が……僕が成人したら、必ずお話します』


 そう言っていたあの美しい顔をした少年。

 アレク様も婚約式のことを覚えているということだろう。それは純粋に嬉しかった。


(この手紙へのお返事は、明日にしよう)


 とてもじゃないが、こんなのぼせたような状態では何を書いていいのかわからない。一晩寝たら落ち着くのを期待しよう。

 手紙をベッド脇のチェストにしまおうと起き上がり引き出しを開けると、中にある深緑色の本が目に飛び込んできた。心臓がドキリとひとつ鳴る。


(あ、ダメ。こんなむずむずする気持ちではとてもじゃないけど読めないわ!)


 恋愛小説であり、官能的な場面も描かれているこの本は、とても文章が美しいもので、とても読み応えがあった。

 心が強くまっすぐなヒロインと、そのしなやかさに溺れるように恋に落ちるヒーローの身分を超えた純愛物語は、王都の女性たちを熱狂させているという。

 それとなく最近流行している本についてアナに尋ねたところ、彼女もこの小説の存在を知っていてとても興味を持っていた。


(持っているなんて、やっぱり恥ずかしくて言えないわ)


 騎士であるヒーローが情熱的な言葉でヒロインに愛を伝え、やっと通じ合った思いを確かめ合うように互いの口付けに溺れていく場面は思わず薄目になってしまったほどだ。

 直視できない! 素敵な場面になればなるほど赤裸々に描かれる二人の愛し合う姿に、とてもじゃないけれど平常心では読めないのだ。


(前世では平気で読んでいたはずだけれど、一体どんな気持ちで読んでいたのかしら! 何も感じなかった? ううん、絶対ドキドキしていたはず)


 閨教育があるとはいえ、前世の世界ほど開放的ではない今の世界では、平気なふりをして読めるほど当たり前のものではない。

 ドキドキを求めて、切なさや胸がきゅんとする物語を求めてこう言った本を読むのだろうし、前世もそうしていたはずだけれど、今の私ではなかなかに向き合うのが難しい。

 物語はとても気になるけれど、本を読むのも明日以降にしよう。

 私はひとつ大きなため息をつくと、本と共に手紙も引き出しへしまい、鍵をかけてベッドへ潜り込んだ。


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