「……アレク様」
どれくらいそうしていたのか。
もぞり、と腕の中で動いたユフィールを、腕の力を弱め解放すると、彼女はそっと僕の胸から顔を上げ赤くなった鼻先をスンと鳴らした。かわいい。
「はい」
「あの、手紙は、アレク様が……?」
その言葉に、一瞬で頭が冴えた。
「メッセージカードですか」
「はい」
彼女にあのメッセージカードを出した人物、それは明らかに僕たちが前世の記憶を持っていることを知り、そして前世の僕たちを知っている人物だ。
そうだ、あれは一体誰なんだ? 何が目的で、彼女に前世を思い出させようとしたのか。
「いいえ。僕は貴女に思い出してほしくなかったから、絶対にそんな真似はしません」
「じゃあ、カードのことはなぜご存じだったのですか?」
「貴女が倒れた時に、馬車でクラッチバッグから落ちたのを見たんです。勝手にすみません」
「いえ、いいんです。私も気になって……」
いつまでも下を向いたままのユフィールに、胸元からハンカチを出して渡すと小さな声で「ありがとう」と言って受け取り、涙を拭う。赤くなった目許や頬がかわいらしい。
その顔を見たくて、顎に指をかけ上を向かせた。蜂蜜色の瞳が蕩けるように潤んでいる。かわいいな。
「あ、あの、ひとつだけ……訂正と言いますか」
「はい?」
もじもじと視線を泳がせる彼女を不思議に思い首を傾げると、彼女は胸元でぎゅっとハンカチを握りしめたまま言いにくそうに口を開いた。
「お、思い出したきっかけは、その、アレク様のせいではないのです……」
「……僕じゃない?」
それはちょっと想定外だ。僕が近くにいたせいではない?
「では何が……」
「あの、その、書店で……」
「貴女が倒れた?」
「はい」
ハンスから報告を受けたあの日だ。あれは貧血ではなく、思い出した衝撃で気を失ったのか。
「じゃあ一体、何がきっかけで……」
「わ、わたし」
泣き腫らしたのとは違う赤みが彼女の頬を染めていく。
「その」
「私のせいなんですうーーっ!」
その時、彼女の部屋とつながる侍女の部屋の扉が勢いよく開いた。
そこには、彼女の侍女アナが、ぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で胸に何かを抱え立っていた。
聞いていたのか? なんで泣いているんだ?
「え、あ、アナ?」
ユフィールも驚いた様子で彼女へ視線を向ける。
「これを……っ! お渡ししたくて!」
アナはずんずんと僕たちに近づいてくると、胸に抱いていた緑色の本をグイっとユフィールに差し出し、動揺する彼女を無視してその緑の本の表紙を捲って見せた。
そこには美しい
『親愛なる ゆふ先生へ やっと約束を果たせましたね
と、大きく書かれていて。
「は、はあっ!?」
思わず、恐らくこの身体に生まれてから初めて、僕はとんでもなく大きな声を出した。視界の隅で驚いたユフィールが僕を見ている。
けれど、こればかりは驚きを隠せない。片手で口を覆い、ごくりと何かを飲み込む。
そして目の前で勝手に一人涙を流す、侍女の姿をまじまじと見た。
見たところで、やっぱりわからない。わからない、が。
「ね、姉ちゃん……!?」
そう言うと隣でユフィールの「えっ!」という驚きの声が上がり、そんな僕たちを交互に見たアナ、もとい前世は僕の姉でTL作家の小鳥遊アンが、「ごめん」と大きく項垂れた。
「いや、ごめんて……」
そう呟いたのは、完全に高槻レンだった。