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第40話


「……ん」


 ふわりと肌に何かが触れた気がして、目を覚ました。

 室内はぼんやりと薄暗く、部屋の片隅で明かりが灯っている。ベッドは天蓋から垂れ下がるレースのカーテンが引かれていて、いつの間にか眠っていたらしい。


(アレク様は?)


 身体を起こそうとすると、背中に暖かな熱を感じた。後ろから逞しい腕に抱きしめられていて、規則正しい寝息が耳元で聞こえる。

 下着をすべて取り払われ裸で抱き合っていて、けれど脚の間や身体はさっぱりしていた。


(身体、拭かれてる……)


 これもよくTL小説で見た内容だ。本当に拭われてきれいになっているし、そんなことをされていても気がつかなかった。もしかしてそれって、眠っているのではなくて気を失っているんじゃないだろうか。


(というか私、いつ眠ったの……?)


 思い出そうと記憶を辿ると、昨夜のあられもない自分の姿や声が蘇り、顔が熱くなった。


(は、恥ずかしい……!)


 思わず両手で顔を覆う。

 アレク様の気遣いが申し訳なくて痛みを我慢したのは初めだけだった。そのあとは突然、ジワリとお腹の中に芽生えた快感の種を、アレク様の手でどんどんと拓かれていった。

 最後の方はどうなったのか、本当に思い出せない。


 しっかりと私の腰に腕を回したまま眠るアレク様の顔が見たくて、そっと振り返る。けれど、よく見えない。起こしてしまうかもしれないと思いながらぐるりと腕の中で身体を回転させて、眠る彼の顔を正面から見た。

 あどけなさが残るような、けれど大人の男性の顔をしたアレク様が長い睫毛を伏せ眠っている。


(……私にとっては、みんな同じ)


 今の私を形成する、白橋ゆふ、前世の記憶や出来事。

 今目の前にいるアレク様を愛おしいと思う私は白橋ゆふでありユフィール・マクローリーで、私を好きだと言ってくれるアレク様も高槻レンでありアレク・フォン・フューリッヒだ。

 私たちはそれらすべてを愛している。それでいい。たとえきっかけが前世でも、その記憶を共有し今世で共に歩んでいけるのなら、きっとこれからを大切にしていけるはず。彼とならできると、そう信じることができる。


「……愛してます、アレク様」


 そういう私の声はなんだか掠れていて、格好がつかない。そして、頭に過ったTL小説の内容に思わず一人苦笑する。


(喘ぎすぎた?)


 なんだかおかしくて、笑いをこらえながら彼の頬に触れて、唇に触れる。


(本当にTL小説なら、実はここでヒーローは起きていて、私の口付けを待っていたりするのよね)


 そう思ってアレク様の唇に触れるだけの口付けをする。


(……一人で何をしているんだか)


 そう思うと苦笑が漏れ、すぐに離れて背中を向けようと身体を捻ると、アレク様がそのままの勢いで私に覆いかぶさった。


「!?」

「……ユフィール」


 背後から重く体重をかけられて身動きが取れない。


「あっ、お、おはようござ、います……?」

(本当に起きてた……!)


 今のを起きてすべて聞かれていたのかと思うと恥ずかしくて、両手で顔を覆う。触れる自分の頬が熱い。


「あなたからの口付けを待っていたんだけど、もっといいものを貰えて嬉しい」

「え、なん……」

「もう一回、言って?」


 振り返ると、私を見上げるように見つめるアレク様と目が合った。目許が赤い。本当に、いつから起きていたのだろう!


「愛してるって」

「! な、や、だって……っ」

「ん?」


 寝起きのせいなのか昨夜の出来事が彼を大人にしたのか、なぜかものすごい色気を放って私を見下ろすアレク様。その瞳に身体が昨夜を思い出し、ぎゅうっと切なくなった。


「ユフ?」


 寝起きの低い声が耳元を掠めて、かあっと顔が熱くなった。


「ねえ、言って? もう一回」


 ちゅっ、ちゅっと首や肩、背中にたくさん口付けが降ってくる。柔らかくて甘いそれは、否が応でも昨夜のことを思い出させた。


「ね、言って、ユフ」


 低い声が耳元でささやき、熱い唇が耳朶を這う。うなじを甘噛みされて、歯を立てる彼の腕に縋り付いた。

 これはもう逃げられないやつ。

 背後で色香を放つ彼を振り返って、私はもう一度、掠れた声で呟いた。


「……愛してます、アレク様」


 途端、ぐるりと体を仰向けにされ、深く口付けを受ける。苦しさに溺れそうになりながら、それでも必死に口付けに応えていると、ぷっと音を立て唇が離れ、彼は私を強く抱きしめた。


「……嬉しい」


 そういう彼の声に、じわりと目頭が熱くなる。駄目だ、昨日から感情の枷が緩んでいる。


「俺も」


 ちゅっと耳に口付けをしながら、直接身体に吹き込むように彼の声が私に染み込んでいく。


「俺も、あなたをずっと愛してる、ユフィール」


 顔を上げた彼と唇を合わせ、柔らかく唇を合わせる。愛しさを形にしたこの行為に、私は今とても幸せなのだと頭の片隅で感じた。


(……幸せだわ)


 幸せの余韻に浸り、ぼんやりする頭で目の前の顔を見上げれば、朝の薄暗さの中で彼の瞳がギラギラと私を捕えていることに気が付いた。


「――? あの」

「ユフ、いい?」

「え? で、でも、昨日散々……」

「だって、もうそれは昨日の話でしょう? 大丈夫」

「大丈夫って何が?」

「んー?」


 ふふっと笑う彼は、私の頬や首に口付けを落としながら身体に掌を這わせた。


「ア、アレク様っ!」

「ユフ? 散々片思いを拗らせたDKの欲望を舐めたら駄目だよ」


 そんなセリフに、思わずぎょっと顔を見上げる。


「その顔でDKって言わないで!」

「はは!」


 そんな風に無邪気に笑う顔がなんだかかわいくて、やっぱり私は絆されてしまうのだ。これも惚れた弱み、とでも言うのだろうか。


 そうしてその後、アレク様にやっと解放されたのは、太陽が真上に昇り、私のお腹がぐうっと音を立てた頃だった。


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