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白銀の断章 - 光焔の導きと偽りの罪痕 -
白銀の断章 - 光焔の導きと偽りの罪痕 -
さんさん
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年07月27日
公開日
1.7万字
連載中
女神ソララの降臨により統一されたイーゼルガルド大陸。女神亡き後、その力を受け継ぐ聖女が大陸の平和を守り続けていた。 聖都アウレルミンの名門校・聖イルミナリス女学園で学ぶメトセトは、自分自身を見つけるためにこの地へやってきた田舎出身の少女。 一方、義手の特待生アルメリアは、幼い頃の悲劇から騎士への道を歩み続けている。 ある夜、学園に突如として魔物の群れが出現。混乱の中、メトセトは自らの手から溢れ出る白銀の光で魔物を焼き祓う。 同じ頃、白銀の塔からの呼び声に導かれたアルメリアが聖女の聖室で目撃したのは、尊敬する師・聖騎士長ハインリヒによる聖女ヴェロニカ殺害の瞬間だった。 「イーゼルガルドは欺瞞に満ちている」 師の言葉に動揺するアルメリア。真実を求めて挑んだ戦いに敗れ、聖女殺害の容疑者として追われる身となってしまう。 偶然聖室にいたメトセトと共に逃走することになったアルメリア。隠された力を持つ少女と、信念を貫く騎士志望の少女——二人の運命が交わるとき、大陸を覆う真実が明かされる。 果たして、女神の遺した秩序の裏に隠された真実とは何なのか? そして、メトセトの持つ力とは——?

第0話

「はしって!」


そう叫んで、救護院の廊下を全力で走った。


窓から見える村は火の手に包まれていて、誰かの悲鳴と、何かの叫び声が響いている。

魔物が、現れたのだ。


「アルメリアっ、ソフィアじさいは……」


走りながら、すぐ後ろのフィアメが言った。

さっき見たソフィア侍祭の姿が頭によぎる、喉とお腹を食い破られ血だらけで床に横たわっていて、たぶん、死んでいた。


「いまはかんがえちゃだめっ」


寝静まったみんなが目を覚ますほどの悲鳴、あれはきっと、ソフィア侍祭の絶叫だった。

ソフィア侍祭を襲った魔物がどこかにいるはずだ、とにかく、今はみんなを連れて逃げなければならない。


「で、でも……っ」


アンジーが泣きそうな声を漏らした。

当然だ、ついさっきまで寝かしつけてくれていた人があんな姿になっていたんだ。

みんなソフィア侍祭が大好きだった、自分だって、涙が込み上げてくるのを我慢している。


廊下の角を曲がる、すぐ手前の扉から、犬のような狼のような、そのどちらでもない異形の怪物が蹴破るように飛び出してきた。

鋭い牙を剥き出しにしたその口は、真っ赤だった。


アンジーが悲鳴を上げた、そのまま座り込んでしまいそうになるのを無理やり引っ張り上げて反対へ駆け出す。


「こっち!」


みんなを連れて扉に飛び込んだ。

視界に入る列柱と高いドームの天井、必死に走ってきた結果、救護院と繋がっている礼拝堂に出てきたようだ。


すぐそばの燭台を手に取ってドアの取手に差し込む、直後、追いかけてきた魔物が扉に体をぶつけてきた。


この程度じゃ魔物は諦めてくれない、何度も扉に体をぶつけてきて、つっかえにした燭台が少しずつひしゃげていく。


「アルメリア……っ」


エダがナイトローブの袖を掴んだ。

この礼拝堂にも魔物が入っていたのか、今は気配こそないがいつもは整然と並んでいたはずの長椅子はめちゃくちゃに散乱して、倒れた蝋燭から絨毯に燃え移った火の手があちこちに広がっていた。


「いこう、とまっちゃだめ」


反対側の扉を目指して、炎の揺れる礼拝堂を横切る。

目をやった祭壇では、女神様のタペストリーが燃えていた。


後ろで金属の砕ける音が響いた、魔物がドアを突き破ったのは振り返らなくてもわかった。


「はしって!」


魔物の叫び声がすぐ後ろで聞こえた、みんながいっせいに駆け出す。


「あぅっ!」


足をもつれさせたフィアメが転んだ。

魔物はこの絶好のチャンスを見逃さない、獲物に喰らいつこうと口を広げ、飛びかかる。


でも、飛び出したのはこちらも同じだ、フィアメに飛びかかった魔物に体当たりして、床に転がる。

起き上がると、目の前に口を開けた魔物の顔面が迫っていた。

庇おうとして咄嗟に差し出した左腕に、魔物の牙が食い込む。


「……っ!」


飛びつかれた勢いのまま床に押し倒される、背後にあったキャビネットにぶつかって、燭台や蝋燭が降ってきた。


「アルメリアっ!」

「きちゃだめ!」


のしかかる魔物が腕を食いちぎろうと何度も牙を立てる、肉が裂け、骨が軋み、噴き出した血でナイトローブの袖が真っ赤に染まっていった。

痛みと恐怖で叫び出しそうになるのを歯を食いしばって必死に飲み込んだ、悲鳴をあげている場合じゃない。


倒れた燭台に手を伸ばす、蝋燭が外れて針が見えていて、引っ掴んで魔物の眼球目掛けて思い切り突き刺した。


絶叫が響いた。

左腕がようやく自由になり、激痛を堪えながら血まみれの腕で魔物の首元を掴んで、今度はその喉へ燭台の針を突き刺す。


血を吐きながら飛び退る魔物、床に転がってじたばたとのたうつそいつは、やがて動かなくなると真っ黒な塵になった。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


体を起こす、騒いだせいだ音を聞きつけて舞い戻って来たのか、周りはすでに魔物に囲まれていた。


駆け寄ってきたみんなと身を寄せ合う。

にじり寄ってくる魔物たちに、じりじりと壁際へ追い詰められていく。


仲間を殺されたことを警戒しているのか、魔物たちは一定の距離からこちらをうかがいつつ、その輪を小さくしていく。


血の止まらない左腕はもうほとんど痛みを感じなかった、代わりに、ずたずたにされた傷口が燃えるように熱くて、なのに体はどんどん体温を失っていく。


寒いのに、脂汗が止まらない。


怖いのに、瞼が重たくなっていく。


「アルメリア……っ」


メアリーがナイトローブの裾にしがみつく。

エダは両手を合わせて必死に女神様に祈っていた。

それが無駄だなんて言わない、けれど、この世界にもう女神様はいない。


戦うんだ、勝てるなんて思っていない、でもこの状況に絶望すれば誰もみんなを守れない。


動く右腕を広げて、みんなを庇うように半身を前へ出す。

どうすればいい、どうすることもできない。


ぼうっとする頭で、考えなんてまとまらない。


礼拝堂に広がっていく火の手が、こちららをじっとりと睨め付ける魔物の眼光を不気味に揺らめかせる。


魔物が踏み込むように姿勢を低くした。

飛びかかってくると身構えた瞬間、突然、聖堂の扉が開かれる大きな音が響いた。


みんなが、魔物たちもその音に驚いてそちらを振り向く。

そこには、銀の装飾が施された甲冑姿の女性の姿があった。


「聖騎士様……?」


誰かが呟いた、誰の声かももうわからないくらい意識は朦朧としていた。

次の瞬間には膝から床に崩れ落ちていた、助けが来た安堵だったのか、単に肉体の限界だったのかはわからない。


狭まっていく視界、けれど、その聖騎士の女性が剣を抜いた姿と、その真っ直ぐな刃が放つ鋭くも神聖な輝きだけは、記憶に焼きついていた。




目が覚めると、救護院の高い天井が見えた。

見慣れたドーム型の天井、円蓋の屋根を支えるペンデンティブのアーチ開口部から差し込む光が眩しかった。


自分はどうやら、治療室のベッドの上らしい。


「目が覚めたようだな」


すぐ隣から、落ち着いた優しい女性の声が聞こえた。

声のした方へ首を向ける、そこには、聖騎士の甲冑を纏った長い灰色の髪の女性がいた、あのとき助けに来てくれた人だった。


「見上げたものだ、その小さな体で魔物の毒を耐え、皆を助けたんだからな」

「あの……みんなは……」


そう尋ねると、女性は少しだけ目を丸くした。


「……驚いたな。開口一番、他人の心配とは」

「……」

「安心していい、無事だ。みんな、君が守ったんだ。その腕と引き換えにな」


そう言って、女性の手が左肩に触れる。

そこで初めて、自分の左腕が肘から上までなくなっていることに気づいた。


「君の手は魔物の毒に蝕まれていた、切除する他、君の命を救う方法はなかった」

「そう……ですか」


視線を天井に戻す。

自然と涙が溢れてきた、腕を失くしたことに対してではなく、みんなが無事であったことや安心感で、張り詰めていた気持ちが一気に解けてしまった。


「よく頑張った。怖かったろう」


女性の手が頭を撫でてくれた、母親にすら撫でられたことのない自分には、その優しい手のひらがとても温かくて、余計に涙が止まらなくなった。


「君は小さくも、立派な騎士だ」

「きし……?」

「そうだ。騎士は称号や立場ではない、信念だ。君の、大切な友達を守ろうとした意志こそ、それに相応しい」


女性の言葉は難しかったけれど、その言葉を聞いた自分の胸の中に、何か、力強いものが込み上げてきたことははっきりと自覚できた。


「名前は?」

「……アルメリア」

「アルメリア。これは、私からの贈り物だ」


女性は懐から取り出した金糸で括ったロール状の紙を、目の前で広げて見せてくれた。


「すい……せんじょう?」

「そうだ。これは、聖イルミナリス女学園ソーダーへの入学推薦状。君のような、勇気ある意志と信念を持つ者が学ぶための場所だ。もし君が望むのなら、君が騎士として成長するまで私が支援しよう」


聖騎士の女性はその紙をベッド横のミニチェストの上に置くと、椅子から立ち上がった。


「アルメリア、君が決めるといい」


別れの言葉を残し、立ち去っていく女性の背中を呼び止める。


「あの……聖騎士様の、なまえは……?」


女性は灰色の髪を揺らして振り返ると、微笑んでその名を教えてくれた。


「ハインリヒだ」





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