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第3話 出来損ないのウサギ

 陽の光の全く入らない、ただ魔法の明かりが灯された部屋。地下の牢屋も同じ小さな部屋の中、一人の少女が水の柱の中に閉じ込められていた。


「……っ……!」

「以前から速度を変えてみたが、拷問に使うにはもう少し威力を増やすべきか」

「いいえ、あなた。威力が強まれば、中の罪人を殺してしまいかねません。殺さず生かさず、の塩梅が肝要かと」

「成る程、そうだな。これは、もう少し調整が必要か。……よし」


 パチンッと男が指を鳴らす。すると水の柱は跡形もなく消え、閉じ込められていた少女は咳き込みえづいた。意識は朦朧とし、体が左右に揺れている。


「……こいつも、気絶まではいかないようだな。罪を吐かせる魔法としては、良い線だろう」

「げほっげほっ」


 うんうんと頷く男の手元には、手のひらサイズの円盤状が浮かんでいた。それは、男の魔力属性である水の力を水の柱として表すための魔具。少女の足元には、同じ物が二回りほどの大きさで転がっていた。先程の水の柱は、この魔具から噴き出していたのだ。二つの魔具を使えば、術師が離れていても柱を発生させられる。

 ずぶ濡れの少女―イーリス―は、身動ぎをした。無意識に、どうにかその場から逃げようと試みる。しかし当然、そんなことが出来るわけがない。


「まだ、あんたの役目は終わっちゃいないよ」

「ぐっ……」


 突如現れた植物の蔓に手首を絡め取られ、動くことが出来なくなる。イーリスは伸びた蔓に首を絞められながら、女の前に吊るされた。


「可哀想に。だが、これはあんたのせいだ。……無属性の魔力なし、出来損ないとして生まれたあんたが、親のわたくしたちに出来るのはこれくらいのものだからねぇ」


 そう、この男女はヘリステア家当主とその奥方。つまり、イーリスの実の両親なのだ。双方共に、親子だとは微塵も考えていないが。


(まだ、意識は保たなくちゃ……でないと……)


 どうにか意識を保とうともがくイーリス。しかし母親の魔法によって、その決意は儚く消えた。


「うぐっ……」

「研究所での成果を使ってみたけど、これはかなり楽ね。魔力増幅を助けてくれるから、消費が抑えられる」

「それは良い。……ああ、そろそろだろう」


 蔓から解放されたイーリスだが、ピクリとも動かない。死んだかと危ぶんだ両親だが、彼女が気絶しているだけだと知ると、ため息をついた。


「やり過ぎたようだな。これでは、あの現象が起こらない」

「……おや、そうでもなさそうですよ」


 妻―ミスカル―の言葉に、夫―ジオーグ―は身を乗り出す。二人の目の前で、少女の姿が変わっていく。

 イーリスが狭い部屋に閉じ込められるようになった理由が、ここにある。彼女は心身に受ける疲労が一定の基準を超えると、白いウサギに変身するのだ。


「今日もその姿になったか」

「これこそ、あなたの魔術研究の成果でしょうね。人の姿を変えられるのですから」


 ミスカルの賞賛に、ジオーグはまんざらでもない。

 約一年前、ジオーグの実験の被験者とされたイーリスは、心身共に疲れ切っていた。その時、何らかの力が作用し、ウサギの姿に変貌したのだ。その時は一晩で元の人間の姿に戻ったが、姿が変わることはその後も何度も起こった。

 ウサギになった時、イーリスは喋ることが出来なくなる。それはただ実験の結果を知りたいだけのジオーグたちにとって都合がよかった。感情の起伏の見えない赤い瞳がどれほど苦痛に歪もうと、ウサギなのだからこちらはわからない、と彼らは思っている。

 しかし、ウサギになったからといって、イーリスが痛みに強くなることはない。


(痛い。苦しい。辛い。……わたし、まだそんな感情を持てたんだ)


 ジオーグたちは実験と称するが、イーリスは知っている。ジオーグたちは家の外で何か思い通りにならないことがあるなど不愉快なことに遭遇した日、決まってイーリスを己の魔力誇示に利用する。イーリスを痛めつけることによって、自分の自信としているのだ。

 水攻めされ、蔓で痛めつけられる。ぎりぎり死なない程度の力加減に調節された生き地獄の中、イーリスはウサギの姿という口を封じられた形で耐え抜いた。


(なんだか、少しずつ人の姿に戻るのに時間がかかるようになっている気がする……。最初は一晩眠れば戻っていたのに)


 ジオーグたちが去った夜、イーリスはウサギの姿のままで丸くなっていた。

 始めは一晩、数週間で一晩と数時間、半年経つ頃には、二晩以上の時を要するようになっていた。

 イーリスは翌日、やはりウサギの姿から元に戻っていないことを知る。そして、数日経ってもウサギの姿のままであった。


「ねえ、つまらないわ。泣かないし、吐かないし、喋らない。こんな実験台、面白くも何ともない」


 ウサギのままのイーリスにしびれを切らしたのは、意外にもウィンダだった。彼女の言葉を皮切りに、ジオーグも頭をひねる。


「このままでは、人に対する魔法実験が行えない。……仕方がない。こいつは売ってしまおう。弱っているし、死んでも面倒だ」


(売られる……。今より良い場所、なんてことはあり得ないか)


 壁際で震えることしか出来ないイーリスは、心を閉じることで全ての痛みから己を守ることにした。






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