ココお手製の夕食(自分で釣り上げたという魚を使った料理だった)を食べたあと、
(誰から話を聞こう……)
ピカネートから与えられた〝仕事〟。それはこの船に乗っているみんなのお話を書いてほしいというものだった。しかもそれを海の神様に読ませるというのだ。
「アタシたちがどうして自由を手に入れたいと思っているのか。それを神様に知ってもらえれば、自由な航海を保証してくれると思わないかい? だから、ウミにはみんなから話を聞いて、それを一つのお話としてまとめてほしいんだ。今までどんな暮らしをしてきたのかとか、この船に乗ることになったきっかけとか、そういうことを一人一人に聞いて回ってくれ。そうすればきっと、素敵なお話ができあがるに違いないよ!」
ピカネートは自分の発言に絶大な自信を持ちながら言い切って、半ば強引に羊皮紙とペンとインクを宇海に押しつけた。しかし宇海にはうまく書ける自信がなかった。今までは思いついたことを好きなように書いていたが、これは全然違う。船のみんなの話を聞いて、その通りに書かなきゃいけない。しかも書いたものを神様に読まれる! 責任重大だ。みんなの運命が、宇海の書くお話にかかっている。
(どうしよう……)
とにもかくにも誰かから話を聞かなきゃいけない。それはわかっているのだが、みんな忙しそうにしているから邪魔をするのは気が引ける。小さい部類に入る船とは言え、それでもたったの五人で(今は宇海を入れて六人だが)航海するには大きいらしい。交代で休憩はとっているらしいものの、宇海の目にはおそらく全員常に何かしらの仕事をしているように見えた。
そう、おそらく。
(サミニクさんは……今も見張り? してるのかな)
船首の近くにいる宇海は、振り返って船尾でミリーを奏でているサミニクを盗み見た。夕暮れ時にぴったりな、もの哀しいメロディを奏でるサミニク。ゴルタヴィナと交代して舵取りをしているピカネートがそれにつられるように体を揺らしている。そんな二人の姿は妙に様になっていて、映画のワンシーンでも見ているようだと宇海は感じた。タイプは違うが二人とも美人なのだ。
見られていることに気がついたらしい。ピカネートがおいでおいでと手招きした。サミニクはじぃっと宇海を見つめながら口元に笑みをたたえる。宇海は少し緊張しながら、紙とペンを抱えてそちらへと歩いていった。
「どうだい? 船の上で見る夕焼けも綺麗だろう?」
「うん。すごく綺麗」
ピカネートと軽い会話を交わしながら、宇海はサミニクをチラッと見た。先程からサミニクはミステリアスな笑みを浮かべながら宇海を見つめている(もちろん演奏しながら!)。それがどうしても気になった。
(な、なんて声をかければいいんだろう……)
初めて見た時から、サミニクは不思議な雰囲気をまとっていた。ピカネートみたいに気さくに話しかけてくれれば宇海も自然に会話ができるが、今まで出会ったことのない雰囲気のサミニクとはどう会話すればいいのかさっぱりわからなない。
「あ、あの……」
「小さな旅人よ、我らのことが気になるか」
宇海が勇気を出して口を開いたとたん、サミニクが話しかけてきた(やっぱり演奏しながら!)。宇海はびっくりして一瞬戸惑ったが、すぐにうんと頷いた。するとサミニクは突然アップテンポの曲を奏で始めて、宇海はさらに困惑した。会話するわけじゃないの⁉ どうすればいいのかわからずピカネートを見上げると、彼女も少し困ったような顔をしながら「すぐ終わるから待っててあげて」と小声で言った。
一分くらいだろうか。サミニクの演奏が終わると、水平線の向こう側に太陽が完全に沈んだ。星々の輝く夜が訪れたのだ。戸惑いはしたが、その見事な演奏とタイミングに、宇海は拍手を贈った。サミニクは一礼しながら賛辞を受け取る。
頭をあげると、サミニクはそばに置かれていた木箱の上に座った。そしてその隣を指し示し、宇海に座るよううながした。宇海は素直にそれに従った。これで話をする準備が整ったんだと直感した。
ポロン、ポロンとミリーの弦をゆっくり爪弾きながら、サミニクは芝居がかったように言った。
「空から舞い降りし小さな旅人よ。汝は何を求めてこの海に来た」
「……え?」
一方の宇海は質問の意味がうまく理解できず、まぬけな声を出していた。
「アンタは何で海に落ちたの? って聞きたいみたいだよ」
ピカネートが助け舟を出してくれた。おかげで宇海はそういう意味かと納得して質問に答えることができた。
「昨日の夜に、船に乗って海で冒険したいって神様にお願いしたら、いつの間にかここにいたの」
「僥倖、僥倖」
「???」
今度は知らない言葉が出てきたので何も理解できなかった。どうもサミニクは難しい言い回しをするのが好きみたいだ。
ポロロン、ポロン——ジャン。ゆったりとしたメロディが終わりをつげ、今度は少し早い曲が奏でられ始めた。それに合わせるように、サミニクが語り始める。
「上手くいくこともあれば、その逆もまた然り。人の世は神の定めし均衡が働いている。望みが叶った? それは定め。叶わなかった? それもまた定め。人は常に試されている。神の与えし数多の試練。そう今この時も、我らは試練の真っ最中。神は常に見定めている。幸福を与えるべきか、大いなる試練を与えるべきか。しかしそれは——」
サミニクは突然、喋るのも、演奏するのもやめた。宇海が不思議そうにサミニクの顔を覗き込むと、彼女は冷たい目線で見返してきた。
「本当に〝真〟か?」
「え? えーっと……」
「サミニク。子供相手に妙な宗教問答はやめな」
謎の質問に宇海が困っていると、見かねたピカネートがサミニクをたしなめた。
「そもそもウミがイルスマ教徒かどうかもわからないんだから」
「……それもまた然り。すまない、ウミ」
氷のようだったサミニクの瞳が、すぐに温かさを取り戻した。宇海には今の話がなんだったのかわからなかったが、大丈夫だと返した。
またサミニクが変なことを言いださないようにか、ピカネートが話題を切り替えた。
「ねぇサミニク。ウミには今、重要な仕事を任せているんだ。バーハローズ様にアタシたちが何で自由を求めているのか知ってもらうために、アタシたちのお話をウミに書いてもらうのさ。だから、アンタがよければアタシたちが出会った日のことを話してあげてくれないかい。何であの酒場にいたのかとか、あの時のアタシのかっこいい活躍とかね」
「ならばやはり宗教問答は必要ではないだろうか。もし彼女が敬虔なイルスマ教徒であれば、この話を聞けば必ずや怒り心頭に——」
「あ、えっと、わたしは大丈夫、です。あの、お正月は神社に初詣に行くけど、クリスマスはケーキ食べたり、プレゼントもらったりしてるし」
どうも宗教的な問題があるらしいと悟った宇海は、どこか一つだけの宗教を信じているわけではない、ごく一般的な日本人であることを二人に伝えた。宇海の話を聞いた二人とも、首を傾げていたけれども。
「ジンジャーとかはよくわからないけど、要は敬虔なイルスマ教徒じゃないって言いたいんじゃないかい? でもまあ、その辺りはわかりやすくまとめて、話しておやりよ」
「ふむ。船長がそう言うのであれば従おう。さあ、小さな旅人よ。しかと聞くがいい。類まれなる才能を持って生まれた音楽家の話を」