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第十四話 その婚姻、邪魔させていただきますわ!

「あなたの父君以外にですか?」

 頼浮よりちかが答える。


 左大臣は上司というと少し語弊ごへいがあるのだが少納言より上というのはその通りだ。

 左大臣は常設の官職の中では一番上なのである。


 摂政、関白、太政大臣は左大臣より上ですけど臨時なので必ずいるわけではありませんのよ(今は太政大臣は置かれていますけど)。


 私は頼浮に、物語の主人公が上司の呼び出しで女性の元に行かれなかった物語の話をした。


「お父様が娘の婚姻の晩に宴に呼んだりするわけないでしょ」


 というか、宴だと言って左大臣邸うちに呼ばれては困りますわ。


「宴では嘘だと分かった時点で引き返してきてしまいますよ」

 頼浮はそう答えてから何かを思い付いたように口をつぐんだ。


「……今夜来るのを止められなかったら明日、試してみます」

「今夜は無理なのに明日ならなんとかなるの? 何か手があるってこと?」

「道に動物の死体を置いておきます」


 死体は死穢しえといって見ると数日間、潔斎のため自宅にいなければならない。


「そのための牛車でしょ」


 牛車の中と外は別の空間だから死体の側を通っても死穢に触れたことにならないとされているのだ(見なければ、ですけど)。

 貴族がいちいち牛車で移動する理由の一つはそれなのである。


「そうはいっても死体はけますから道を変えます。行く先々の道に置いておけば……」


 死体を乗り越えていくわけではないのならけなければならない。


 広い道ばかりではないのだから横を通れないのなら引き返して別の道を通る必要がある(牛車というのはちょっとした小屋くらいの大きさがあるので狭い道だとけられないことがありますのよ)。


 そのため上手く考えて通り道に置けばかなりの遠回りになる――朝までに左大臣家に着かないくらいの。


「今夜は?」

「牛車に細工します」

 頼浮の言葉を聞いて任せることにした。


 貴族というのは意外とその手の嫌がらせを良くしているから頼浮も慣れているのだろう。



 その夜、少納言は来なかった。

 どうやら頼浮が上手くやってくれたようだ。


 とはいえ、お母様が少納言を認めていたのだとしたら油断するわけにはいかない。

 中の君が婿を取らされてしまう前に春宮に入内させなくては――。



 朝――



 私(左大臣の大君の方)は、あくびを噛み殺した。

 念のため中の君とツユは私の部屋で寝かせたが少納言は来なかったようだ。


 ただ、やり直しというのは出来るからお母様と少納言の気が変わっていなければ何度でも試せるのだ。

 その度に頼浮よりちかに動物の死体を道に置かせたり牛車を壊させたりするわけにはいかない。


 かといって私がやるわけにもいかない(貴族の姫は外に出ないんですのよ)。


 内緒で人にやらせるというのも難しい。

 雇うにも指示するにもトメか女房を介する必要があるから秘密にはしておけないだろう。


 ふと見ると深緑の位襖いおうを着た随身が庭を歩いていた。

 見回りをしているようだ。


 頼浮よりちかかしら……?


「橘の こそ匂はめ ほととぎす の間の枝で 声を待ちなむ」


(話をしたいんだけど)


 私はそう詠じた。


 頼浮以外の随身なら私が『郭公ほととぎすの鳴き声を聞きたい』と言う歌を詠んだのだと解釈して聞き流すはずだ(昔から大勢の人が郭公ほととぎすの声を待つ歌を詠んでいるんですのよ)。


 随身が足を止める。


 あの随身が頼浮ならここへ来るだろう。

 私は女房達に簀子すのこひさしの間に几帳きちょうを置かせ、少し横になりたいからと言って人払いをした。



 しばらくして橘の香りが近付いてきたかと思うとかすかな咳払いが聞こえた。


 几帳の影からそっと覗くと頼浮がこちらに背を向けて立っている。

 御簾と几帳があるからこちらを向いても私の姿は見えないのだが見張りをしている振りでもしているのだろう。


「何か?」

 頼浮の声がした。


「夕辺はありがとう。何をしたのかは分からないけど上手くいったのね」

「…………」

 頼浮は答えなかった。


「どうかした?」

「少納言ではありませんでした」

「どういうこと?」

 私は意味が分からず聞き返した。


「少納言には庶子しょしの弟がいるのです。出世をするには引き立ててくれる人が必要な弟が」

 頼浮が答えた。


「例えば左大臣とか?」

 私の問いに、

「はい」

 頼浮が肯定する。


 話によると――。


 頼浮は郎党に言って少納言の牛車に細工させていたらしい。


 こしきという大輪おおわ(車輪のことですわ)を止める部品を壊したのだそうだ。

 大輪が外れてしまったりしたら牛車は動かなくなる。


 直すにしろ人に牛車を借りるにしろ時間が掛かるはずだ(こういう事は意外と良くあったので貸し借りの歌が勅撰和歌集に載ってるくらいなんですのよ)。


 にもかかわらず少納言が予想より大分早く到着したのを不審に思ったらしい。


 それで頼浮は入口付近で待機していた。

 そして牛車から降りてきた男が松明の側を通った時、顔を見て少納言ではないと気付いたのだ。


「少納言なら殿や北の方様にお通しせよとの命を受けていましたが……」


 少納言の弟を通せとは言われてない。

 それで頼浮は追い返したのだ。


「物語みたいなことがホントにあるのね」

 私は呆れて呟いた。


 婿に迎えることに決めたからと言って入口で間違いなく本人なのかを確認するようなことはしない。


 というか女性の家の者達は建前では男が来たことに気付いていないことになっている。


 気付いていない(ことになっている)のに誰何すいかして確かめるわけにはいかないから確認しようがないのだ(気付いてないなら、どうして男のくつを抱いて寝るんだという話ではありますけど)。


 部屋の中も暗いし男は夜明け前に帰ることになっているから妻になる女性ですら夫の顔が見えない。


 そこで別人が三日間通ってしまえば婿になるのは別人の方なのだ。

 もちろん、これは婿になる予定の男性と別人が示し合わせなければ出来ない。


 そういう物語があるのだ(それも一つではないんですのよ!)。


 顔が見えないのを良い事に、いたずらや嫌がらせで別の男を通わせるのである(女性からしたらとんでもない話ですわ!)。

 そして三日目の晩の露顕ところあらわしというお披露目の時に初めて気付くのだ。


 離縁は妻側からも出来るのだが『通ってきていたのが違う男だと気付かなかったから』というのは理由にならないから、そうなったら男が通ってこなくなるのを待つしかない。


 もし今回少納言の弟だという事に頼浮が気付かず三晩通ってきてしまっていたら中の君の婿になってしまっていたのだ。


 つまり少納言(とその弟)はお父様とお母様をたばかろうとしたことになりますわ。


 頼浮の報告を聞いてお父様達は激怒していたというから少納言が婿になる話は流れたと思っていいだろう。


 少納言は自分の出世の機会まで潰しましたわね。


 お父様がまつりごとの頂きにいる限り弟だけではなく少納言も二度と出世できないだろう(太政大臣は左大臣より上ですけど政には関わらないんですの)。


 貴族の数に対して官職が足りていないのだ。

 それなのに官職を兼任しているものもいるから尚更足りなくなっている(兼任していても役人に出す俸禄が変わるわけではないなら別の人間をせば良さそうなものですのに)。


「それにしても随身って少納言の弟の顔まで覚えているものなのね」

 私が感心したように言うと、頼浮は苦々しげに溜息をいて、

「あやつは舎人とねりなので」

 と答えた。


『近衛舎人』という意味だろう(『舎人』が付く官職は他にもあるんですのよ)。

 同じ近衛府の官人だから顔を知っていたらしい。


「とにかくありがとう。お手柄だったことに違いはないわ」

「次の除目じもくの時にそれを思い出してくださるよう左大臣おちちうえにお伝えください」

 頼浮は冗談めかしてそう言うと行ってしまった。


 除目というのは官職の異動の発表のことだが、それを話し合って決めるのは公卿なのだ(もちろん左大臣も公卿ですのよ)。


 少納言とその弟は左大臣の婿になることで、この除目の時に出世させてもらえると期待したのである。


 とりあえず少納言のことはもう心配しなくて良さそうだけど……。


 お母様がこんなことで諦めるとは思えないし、ここはお父様にもっとお願いするしかありませんわ。


 なんだかんだ言って内裏で入内の話をするのはお父様なのだからお父様さえ説得できれば――。



「邸の庭で姫君と男は再会を喜びあいました。『桜の時期に花見に行きます。その時、姫君に桜の花を贈ります』男は姫君に約束しました」

 キヨが物語を読んでいる。

 あの継子いじめ譚だ。


「これが女に届いたのね」

「どうして間違ったのかしら」

「きっと女が何かしたのよ」

 二の姫と三の姫が想像を巡らしながら話し合っていた。


 男と姫君の再会は邸の庭ですのね。


 春宮と中の君と同じように。


 では姫君(中の君)はどうなってしまいますの――?

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