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第二十六話 三度目の襲撃

 私(左大臣の大君の方)がそうのお稽古を始めると女房達はいなくなった。


 入れ替わりに橘の香りが近付いてくる。


「ありがとう。さっきはどうして庇ってくれたの? あなたは疑ってないの?」

 私がそう言うと、

「女房を抱き込むことは実際にありますから」

 頼浮が答えた。


「もしかして、やったことあるの? 妻や恋人はいないって言ってたわよね?」


 恋人と呼ぶほどではない相手がいるとか?


「なぜ私がやることになるのですか」

 頼浮が心外そうな声で、

「どこの邸を警護するときでも一番警戒しなければならないことでしょう」

 と答えた。


 それはそうだ。

 邸への手引きというのは女性への夜這よばいだけではない。


 盗賊が数を頼みに押し入ってくることもなくはないが、泥棒などがこっそりと忍び込むこともあるのだ。

 それに暗殺も――(今回は未遂ですみましたけど)。


 私か中の君のどちらかだけを狙ったことも考えられるが、二人共殺そうとしたということもなくはない。


 お父様の政敵が娘の入内をはばみたいと思ったのなら片方を残しておいては意味がないのだ。


「あなたのことは疑っていません――今は」


 つまり以前は疑ってたんですわね。

 まぁそれは仕方ない。


 継子ままこが狙われて真っ先に疑われるのは継母ままははと義理の姉だ。

 妹達は幼すぎてそういう事が出来る年ではないし。


「特に今回は」

「…………?」

 私は首を傾げた。


「あなたが箏を弾いている時は私が近くにいるでしょう」


 そういえばそうでしたわね。


 話し掛けるのは箏を弾いている時だから頼浮の方も近くで待機しているのだろう。

 だから、この前の襲撃の時も逸早いちはやく駆け付けられたのだ。


「あなたが中の君を危険な目にわせるとは思えませんし、そもそも女房を抱き込むことは出来てもああいうやからを雇うのは、あなたには無理でしょう」


 そうなのだ。

 女房だけならどうにでもなるが襲撃する者などどうすれば雇えるかは知らない。


 雇うところまで女房にさせようとしても、女房だってどうすればいいかは知らないだろう。少なくとも上級貴族の姫に付くような女房は(上級貴族の女房は大抵中下級貴族なんですのよ)。


 もっとも、私が自分自身を襲わせる理由が無いけれ――。


「中の君の安全のために入内させた方がいいと主張するためにしても危険なことはなさらないでしょう」


 あっ……!


 お父様達の前でそれを言うことは思い付きましたけど、雇ってまでやろうとは考えませんでしたわ。


 とはいっても頼浮の言う通り、中の君や頼浮を始めとした随身達を危険な目に遭わせるなど論外だ。


 それに今回はトメとツユしかいなかったが、もし箏を弾いていなければ近くに他の女房達もいただろう。


 下手をしたら三の姫や四の姫も。

 いくら中の君を守るためでも大勢の人を危険にさらすようなことは出来ない。


 けど――。


「もしかして、それ、お父様に言って下さったの?」

「左大臣様や北の方様がそれを疑ったら申し上げようと思っていました」


 お父様達は思い付かなかったのか、それとも私が妹達や女房達を危険な目に遭わせたりするはずないと信じてくれているのか――。


「今、誰があいつらを雇ったのか調べていますので」

 頼浮が言った。


「ありがとう。狙われたのが私達二人共なのか、どちらかだけなのかは?」

「それもまだ……捕まえたやつの言ったことがどれだけ信じられるかも分からないので……」


 確かに嘘をくことはあるかもしれない。

 本当の事かどうかを確認するのには時間が掛かるのだろう。



「姫様、疑いを晴らすべきですわ!」

 夕食を持ってきた女房が言った。


 私(左大臣の大君の方)に食ってかかっているような勢いだ。


「わたくし、中の君の女房達に嫌みを言われて悔しいですわ!」

 その言葉にトメを見ると俯いた。


 どうやら本当にそう言う話が出ているようだ。

 中の君の女房達が、中の君が狙われたことを怒っているというのはいことですわ。


 来てからまだそれほどっていない上にお母様によく思われていないから女房達が味方をしてくれないのではないかと心配していたのだ。


 女房同士の対立というのは主人同士が競っていると起きやすいが、中の君の場合は立場が弱いので、そういうことは無いのではないかと思っていた。


 まさか私の女房に嫌みを言うほど気の強い女房がいたとは意外ですわ。


「どうやって?」

「姫様と中の君が部屋を変わるのはどうでしょう。そうすれば姫様ではないことが証明されますわ」


 私が襲われることで?


 同じ事を考えたらしいトメが口を開こうとしたのを止める。


「そうね。考えてみるわ」

 私がそう言うと女房は満足したらしかった。



 翌朝――



 私は一人で箏を弾いていた。


 橘の香りが近付いてくる。

 足音が几帳の近くで立ち止まると私は女房の提案を話した。



 次の朝――



 前夜、私の部屋に賊が押し入ったという報告を受けた。

 もちろん中の君は無事である。


 私と一緒に別の部屋で寝たからだ。


「えっ、では姫様方は部屋を交換したのではありませんでしたの!?」

 交換を提案した女房が驚いたように言った。


 この様子だと他意があったわけではなく、本気で良い案だと思っていたようだ。


 しかし単純な入れ替えでは私を狙っている場合、中の君が代わりに襲われてしまうことになる。


 そうでなくても私の差し金なら当然部屋を変わっていることは知っているのだから中の君を狙う場合でも私の部屋の方を襲うだろう。


 逆に中の君が狙いなら私が襲われるわけだし。


 だが、提案に乗った振りをして襲撃してきた者がいたら、それを取り押さえるというのは悪くない考えだと思ったのだ。


 この前の襲撃者も一応取り押さえたが、捕縛した者が多ければ多いほど口を割らせやすくなるし裏取りもしやすくなる。


 それに襲撃が失敗して雇った者が何人も捕まったとなれば指示した者は自分がやらせたことを知られるのではないかという不安に駆られた犯人が早まった行動をして露顕ろけんしやすくなる――と、頼浮が言っていましたわ。


 入れ替わった振りをして一旦私と中の君が互いの部屋に入った後、人目がなくなったことを確かめてから私と中の君は更に別の部屋に移ったのである。


 果たして私の部屋にあったのだが――。


 取り押さえた男達はその部屋で寝ている姫を殺せと言われていただけだから、どちらが狙いだったのかは分からないらしい。


 となると入れ替わりを提案してきた女房に聞くしかないのだが――。

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