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第6話 防戦

──だがその静寂を、濡れたような声が破る。

夕焼けに照らされながら、静かに佇む細身の影──。


「あぁ、兄上⋯⋯なんと無様な姿。もとより醜悪な容姿ではありましたが──まさか、最後までそれを晒すとは⋯⋯」


いつの間にか、広場前にもう一人の影が立っていた。

その男は、先の巨漢と同じ灰褐色の肌を持つダークエルフ。

しかし、その姿は対照的だった。


大輔は目を見開く。

「本当に⋯⋯リーシュそっくりだ⋯⋯」


リーシュの生き写しのような姿は冷酷そのもので、感情の欠片すら読み取れない“無表情”が、逆に不気味さを際立たせていた。


「兄上には──何も、期待などしておりませんでしたが⋯⋯」


ゆっくりと、男は手を掲げた。

その掌に滲み出す紫紺の魔力は、まるで毒を帯びた霧。

重く、ねっとりと、空気を蝕むように揺らめく。


「チート勇者とやら。──少しだけ、興味が湧きましたよ」


唇の端がわずかに吊り上がる。

「⋯⋯今度は、私も参加しましょう」

魔力はやがて霧となり、大地を這うように広がっていく。


「うっ⋯⋯っ!」

目を覆う霧。刺すような瘴気。

そのとき、リーシュが突然叫んだ。


「みんな!吸うな!!──生き返れなくなる!!」


それでもファナは危険を顧みず、詠唱に入った。

「清き風の流れのもとに、邪気を払い給え──スターキヴィン!!」


天から舞い降りるように風が吹いた。

それは次第に暴風となり、霧を押し返す。

巻き上げられた瘴気は、悲鳴のような音を残して遥か彼方へと消えていった──。


霧が晴れ──現れたのは。

「ふゥ〜っ⋯⋯。死んだのなんて、いつぶりだろうなァ⋯⋯?」


そこには、まるで何事もなかったかのように、ボルドゥーンが立っていた。


「おい、弟ォ?今、俺のこと侮辱したかァ⋯⋯?」

「いいえ、気のせいです」


大輔の背中を冷や汗が這う。

“何かが違う”。

さっきまでの奴とは、まるで気配が違っていた。


「⋯⋯生き返った?嘘だろ?蘇生魔法か⋯⋯!」

「勇者ァ⋯⋯まだまだ楽しませてくれるよなァ?」


大輔の脚は震えていた。

“生き返る”。

それはゲームの中では当たり前のルール。

だけど、ここは──


(ここは、リアルなんだろ!?)


喉が焼ける。

心臓が暴れる。


「さっきまでの眼はどうしたァ?怖いのかァ?だったら逃げろよォ!勇者ァ!!」

ボルドゥーンが、凶器のような笑みを浮かべて、振り上げた大斧を大地に叩きつける。

地を抉り、強烈に風を裂く音が響く。


大輔は圧倒されている。

「くっそぉ⋯⋯怯むな俺、やるしかねぇんだ!」

「その困ったみてぇな表情ォ!もっと見せろよォ!!」


距離を詰めたボルドゥーンが大振りの一撃を振り下ろす。

それを大輔が“マスターソード”で受け止める。金属音とともに、ふたりの武器が火花を散らし、鍔迫り合いが始まる。


一方、その隣では──


「⋯⋯さて、私は“偽物”と戯れるとしましょうかね」

弟ダークエルフの十指の先に小さな黒い火球が宿る。

それは連続して生成され、その数は、数十、数百と量産される。

空が、漆黒で埋め尽くされていく。


「“フラメディオル”」


低く、そして冷たく呟いた。

瞬間、火球の群れが矢のように放たれ、一直線に村のバリアへと殺到する。


「くっ⋯⋯!魔導隊、全員展開!!対空結界!!」

リーシュの号令に応じ、村の魔導兵たちが次々に詠唱を開始する。


激しい衝撃音が響く。

結界はあっさりと突き破られ、バリアの表面が波打ち、青い魔力の膜が閃光を放つ。


「守ってばかりでどうなるのですか?そろそろ村ごと吹き飛ばしてもいいんですよ?勇者パーティーの一員だったとは思えない程の弱腰ですね?“偽物”よ!」

「クソっ⋯⋯魔導隊!対空結界は継続!射手!射撃用意!鏃に魔力を込めろ!」


黒い火球の一つが、ゆっくりと肥大化する。

その動きに呼応するように、他の火球たちも次々と膨れ、色を深くしていく。


──まるで夜空ごと焼き払う、終末の予兆。


「もっと火力を増やしましょうか⋯⋯“グラン・フラメディオル”」

冷たく囁いたその声が、空気を裂く。


「射手、一斉に放てぇぇぇ!」

リーシュの号令の後、光を放つ数百の弓矢が弟ダークエルフめがけて飛んで行く。


「⋯⋯小賢しい」


最初の火球は、あっさりと弓矢の群れを撃ち落とし、対空結界を消し飛ばした。

まるで紙を破るように、軽やかに。


そして──


第二、第三、いや、無数の火球が怒涛の勢いでバリアに着弾した。

閃光を放ち、瞬間的に膨れ上がる。

だが、次の瞬間──音もなく、ひび割れた。


その直後、破砕音が響く。


──バリア、崩壊。


「逃げろぉぉぉぉ!!」

リーシュの叫びとほぼ同時に、轟音が村を裂いた。

火球が着弾し、家屋は爆発するように吹き飛ぶ。

木造の屋根が空中で火をまといながら舞い上がり、焼け焦げた梁が、村人たちの頭上を跳ねるように飛び交った。


「キャアアアアアアッ!!」

「うわあああああッ!!」


地鳴り、爆風、炎、煙──そして、叫び声。

一瞬で、風景は地獄絵図と化した。


「──あぁ⋯⋯村が⋯⋯!私の、守りたい村が⋯⋯」


ファナは思わず立ち尽くす。

燃え盛る家々。

泣き叫ぶ声。

止まらない炎。

でも、足を止めている場合じゃない。


ぐっと歯を食いしばり、両手を翳す。

瞳に、決意の光が宿った。


「奔る激流の如く、穢れを洗い流せ──クラヴァトン!!」


詠唱と同時に、天から水流が奔るように降り注ぐ。水柱が火を呑み、焦げた空気を洗い流していく。轟々と音を立てて、炎が押し戻されていく──。


「⋯⋯絶対に許さない。これ以上、村を壊させない!」

ファナは鋭くダークエルフたちを睨みつけた。


「“偽物”よ。いつまで人任せなんですか?次は──全部、消し飛びますよ?」

──その声は、地獄の炎よりも冷たく、静寂を切り裂いた。


「くっ⋯⋯!」


リーシュは破壊されたバリアの再構築に集中していたが、完全には程遠い。

焦げた臭いが鼻を突き、空気は重く澱んでいる。


弟ダークエルフが、再び手を掲げる。

指先に灯ったのは、先ほどよりも濃く、ねっとりとした紫炎。

それは空間すら侵すような、重く不気味な光を放っていた。


そのとき──


「──ドメンストリドゥン!」


雷鳴とともに、蒼白の光が落ちる。

紫炎は瞬時に貫かれ、ダークエルフの掌が焼け焦げた。


「⋯⋯ッ!」


彼は焼け爛れた手を見つめ、わずかに眉をひそめた。

瞬間、村全体が静まり返る。

次に訪れたのは、誰もが息を呑む一瞬の間──


「なっ⋯⋯今の魔法は?」

リーシュが顔を上げ、魔法の放たれた方角へと視線を向ける。


そこに立っていたのは──


「久しぶりじゃのう、ディルハイド。外見は違えど、しみったれた気は消せぬか」


ゆっくりと歩み出てきたのは、長老。

シリス=モルフィン=グラットン八世。

その身に纏うのは、いつもの質素なローブではなかった。

金糸の刺繍が施された法衣、背には雷をまとい、白銀の髪が雷光に照らされる。


ディルハイドの表情が険しくなる。

「⋯⋯“雷帝”!!」


ふたりの視線が交差する。


ファナは目を丸くする。

「あれは⋯⋯長老様?」


ボルドゥーンと交戦している大輔は一瞬、そちらに視線をやった。


(長老⋯⋯?いや、人が変わった?待て待て、それは比喩表現であって、本当に人が変わることは無いぞ?見た目⋯⋯ダンブルドア校長みたいになってんじゃん!)


「よそ見すんなよォ!勇者ァ!」

ボルドゥーンがぶん回した横からの強撃を、大輔は“マスターソード”で受け止める。


「ぐっっっっ⋯⋯!!」

圧が重い。

ボルドゥーンは力任せに大斧を押し込み、そのまま大輔を吹き飛ばす。


「オラァァ!!吹っ飛べぇェ!!」

「うわあぁぁぁ!!」

まるで重力が逆転したかのように、大輔の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


「勇者様!!大丈夫ですか?」ファナが駆け寄り、大輔に手を翳す。


(あったかい⋯⋯回復魔法ってこんな感じなんだ⋯⋯)


土煙の中で、仰向けになった大輔がかすかに息を吐いた。

「⋯⋯ファナさん、大丈夫。俺は⋯⋯俺が⋯⋯終わらせるから」


ボルドゥーンが、ずしりと足音を響かせながら歩み寄る。

「あァ?終わらせるだァ?グフッ⋯⋯グアアァッハッハッハ!この程度で俺を倒すだァ?」


大輔は口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

視線を真っ直ぐに戻しながら、ボソッと呟く。

「⋯⋯おいおい、脳筋は記憶の保存領域がバグってんのか?」


「⋯⋯何だとォ?」


「さっき俺に斬られたの、もう忘れたのかよ?黒歴史は都合よく消すタイプか?──だったらもう一回、忘れねぇように刻み直してやるよ」


ボルドゥーンの口元が引きつり、下唇を噛み切った。

血が一筋、顎を伝う。

「貴様ぁぁぁぁァ!!ぶっ殺してやる!!」


怒号と共に襲いかかる大斧。

大輔は剣を構え、真正面から応じる。

再び交錯──鍔迫り合いに入ったふたりの刃が、火花を散らして軋んだ。


一方で、“雷帝”シリスとディルハイドの睨み合いが続いていた。


「ディルハイドよ。“過信”しとるようじゃな。見誤ると命に関わるぞ?あのときの仲間たちのようにのう」

「⋯⋯知ったような口を聞くな!500年前の借りを今、返させてもらう!」



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