シルトファード陥落から数ヶ月。
私はあのあと、自分の世界に戻った。
相変わらず、この場所は平和だ。
木々が風にそよぎ、川のせせらぎは絶え間なく流れる。
木漏れ日の中に身を置きながら、私は目を閉じ──思い出していた。
紫炎に包まれた王都。
剣と魔法が交錯する喧騒。
何もかもが、熱く、激しく、そして確かだった。
“生”を実感できる場所だった。
ここでは──違う。
風は心地よく、空は高く澄んでいる。
けれどこの静寂は、まるで“生”から切り離されたようで、私の中の何かを鈍らせていく。
「また、これか⋯⋯」
私は呟く。
やがて、私は気づく。
この世界に居ても、私はもう、かつての“私”ではない。
“戦場”こそが、私を私たらしめていた。
──そのとき。
「ディルハイド?待った?」
拍子抜けするような軽い声が、風に乗って、頭上から降ってくる。
私はうんざりしたように目を細めた。
「⋯⋯あぁ、待ちくたびれたな」
ヘッレが、まるで楽しみな遠出の準備でもするような口調で言う。
「これから、時間をかけてエルフの住処六か所を制圧しよう!あ、ついでに近隣の町も、まるっとね」
私は低く呟いた。
「一気に叩けば済むものを」
「いやいや、じわじわ攻めるのがいいんじゃないか。緊張が続くと、心が壊れる。それが、ドラマってやつだよ」
「⋯⋯悪趣味だな」
「エルフの住処は、ディルハイドと脳筋で制圧しよっか?近隣の都市や町は──」
「兄上が、喜んで破壊するだろうな。そちらは一任する。誘導は頼む」
ヘッレは名案のように、跳ねた声で言う。
「じゃあ、“百鬼夜行”の始まりだ!」
「⋯⋯ひゃっきやこう?何だそれは」
「夜の闇にね、百の怪異が列をなして練り歩くんだよ。どう?ちょっとワクワクしない?闇を従えて進む感じで、かっこよくない?」
「⋯⋯我々を化け物扱いしているのか?」
「え?知らなかった?」
私は目を少し伏せた。
「⋯⋯まぁいい。夜襲か⋯⋯それだけは面白い」
「じゃあ、早速行く?脳筋も後で合流させるよ!」
六つ──南から北へ連なる、エルフたちの“住処”。
そのすべてが、時間をかけながら、我らの手で沈められた。
あまりに、呆気なかった。
兄上は“ついで”に、単騎で周囲の都市や町を破壊していった。
理不尽に。
不条理に。
命を落とした民は、最後まで理解できなかったはずだ。
なぜ自分が、何の罪で、ここで死ぬのかと。
逃げ惑い、助けを求め、それでも届かない。──勇者と名乗った、“異世界”の者たちよ。
その風情で、よくも“勇者”などと。
レベルも低い。
覚悟も無い。
貴様らが勇者?──ふざけるな。
私があのとき対峙した勇者は、この世の者とは思えなかった。
そして、“雷帝”シリス。
貴様もだ。
だが──私は今、その勇者やシリスをも超える“力”を保持している。
「見ているか!勇者よ!“雷帝”シリスよ!」
「貴様らの“正しさ”を── この“力”で蹂躙しているぞ!!」
この手で、消してやる。
私の記憶に居座り続けた、貴様らすべてを──
最北の、エルフの総本山、ノエルナ村で全てを終わらせる。
ヘッレが言うには、どこかに“チート”と呼ばれる最強レベルの勇者がいるらしい。
それに関しては一応、兄上にも話した。
妙に気持ちが高ぶっていたが。
⋯⋯本当にいるなら殺す他無い。
界紋の罅が開く『シュルツピア』から数日。私と兄上はノエルナ村近郊に着いた。
深い森を進んで行くと、遠方の気配に兄上が気づく。
「おォ?エルフの兵が並んでるぞォ?俺がちょっくら狩って⋯⋯」
「フラメディオル」
兄上が大斧を構えた瞬間、黒炎が、私の十指から奔る。
森は一瞬で火柱となり、隊は──沈黙した。
この炎を、ノエルナ村から見た者もいるのだろう。
焦る様を想像すると、実に滑稽だ。
兄上はいじけたような声で、
「弟ォ!俺にも残しといてくれよォ!」
「⋯⋯少し見晴らしのいい丘に行きましょうか」
ヘッレの声が聞こえないことに、微妙に違和感を感じたが、冷静さを保ちながら、私は歩みを進めた。
おわり