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第8話 シェーレ・スルア

そんな中、視線を前にしながら、シリスがぽつりと呟いた。

「わしも“聖戦”に参加していればこんなことには⋯⋯すまなかった」


リーシュも前を見たまま、

「いえ、長老は“練気”が必要でしたので⋯⋯私は、今の長老のお姿⋯⋯“雷帝”と共闘出来ることを嬉しく思います」


「⋯⋯それは終わってから⋯⋯酒でも飲みながら聞きたかったのう」


ディルハイドはおもむろに片膝をついた。

静かに、そして迷いなく右手を地に添える。


「次は、これで行きますか⋯⋯」


その声は、まるで儀式の始まりを告げる司祭のようだった。

耳元で低くささやくようなその響きに、風が止まる。


「⋯⋯レールダンス」


瞬間、地面が呻いた。

ぬるり、と土が泡立つように盛り上がり──そこから、“人型の泥”が這い出してくる。


最初は1体。

次に2体。

やがて、数十、数百の泥人形が、地の底から次々と生まれていく。


その姿は、兵士のようでいて、兵士ではない。顔は曖昧で、手足の長さも均一ではない。

だが──共通しているのは、目が無いこと。

眼窩のような窪みから、ただ“空白”が覗いている。

泥人形はよろよろと立ち上がり、次の瞬間──ヌチャ⋯⋯という耳障りな音を立てながら、近くにいる者へと襲いかかった。


「あれは⋯⋯王都で見た⋯⋯奴の魔法だったのか⋯⋯!」

リーシュの目が見開かれる。


一方で、ファナも震えるように声を漏らした。「あれは⋯⋯異世界勇者様と戦ったときに必ずいた⋯⋯泥の怪物!」


彼女の足元にも、泥が広がる。

ぬめるように伸びた腕が、ローブの裾をつかむ。


「ひっ!」

ファナはバッと風を起こして飛び退いた。

そして、

「清き風の流れのもとに、邪気を払い給え──」

「「スターキヴィン!!」」

ファナとリーシュが泥人形を吹き飛ばす。


そして、ディルハイドの味方である彼も例外では無かった。

「おい!弟ォ!!」


ボルドゥーンが叫ぶ。

巨大な斧で、泥人形の群れを潰しながら前進する。

「一騎打ちの邪魔すんじゃねぇよォ!!」


「兄上、その程度なら破壊できるでしょう?」ディルハイドは口元に冷笑を浮かべたまま、立ち上がる。


彼にとって、これは攻撃ではない。

ただの“演出”に過ぎないのだ。


大輔にも、数体の泥人形が纏わりついてくる。

「おわっ!?うわっ、泥!?触んな、気持ち悪ッ!邪魔すんなぁぁぁ!!」


どこからともなく、ズズ⋯⋯ズズ⋯⋯と這う音が続く。

エルフの魔導兵たちが、バリアを修復しつつ、泥人形が村に入らないよう攻撃魔法を放つ。

泥人形たちは意思を持たない。

だが、敵味方の区別もない。

ただ「動くもの」へと向かい、腕を伸ばし、絡みつき、地に引きずり込もうとする。


まるで──記憶の亡霊が、世界そのものを呑み込もうとしているかのように。


「おらァ!勇者ァ!続きをしようぜェ!」

ボルドゥーンは泥人形を潰しながら、大輔と鍔迫り合いを続ける。


「くっ、泥人形が邪魔だ⋯⋯ただでさえ押されてるのに⋯⋯」

(ファナさんに回復してもらいながら戦ってるけど⋯⋯そろそろ身体が持たないかもしれない⋯⋯)

ボルドゥーンの絶え間ない応酬に、防戦一方となっていた。


「おらァ、おらァ!!どうした勇者ァ?守ってばっかで俺を倒せるのかァ?」

(クソっ、何とかしないと⋯⋯あっ、たぶんファナさん、さっきバフ魔法使ってくれたよな?⋯⋯でも、一応確認するか)


大輔は、顔だけファナに振り向き、

「ファナさん!バフ魔法⋯⋯いや、能力が上がる魔法って使える?」


「使えません!」


「即答!!」

(じゃあ、さっきこいつを倒したのは実力だったのかよ⋯⋯)


大輔はこの危険な状態にも関わらず、ふと思った。

(⋯⋯そもそも、俺のステータスってカンストしてるんだよな?何でこんなに苦戦してるんだ?単純にこいつらのほうが強いのか?)


すると突如、ティロリン♪と、広場に音が響く。

「何だ?スタートボタン押したみたいな音だな。RPGじゃないのかよこれ」

大輔は足を止め、宵闇が迫る空を見上げる。

そして、辺りを見渡すと──


「みんな⋯⋯止まってる?」

ファナも、リーシュも、シリスも、ボルドゥーンも、ディルハイドも、エルフの人々も、泥人形も。

その空間で、動けるのは自分だけ。

大輔はすぐに悪知恵が働く。


「よっしゃ、今のうちに筋肉ダルマを⋯⋯くらえぇぇぇ!!」

ボルドゥーンの脳天に振りかざした“マスターソード”は、柔らかい何かに弾き返され、反動で尻もちをついた。

「いってぇ!!またケツ割れた!!」

大輔が蹲り悶絶していると、


-----


「ゆうしゃさま ズルは いけませんよ」


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ジョルジュウィンドウが現れた。

「⋯⋯何かジョルジュ、すげー久しぶりな気がする⋯⋯」

すると、大輔の目の前にホログラムのように人影が現れる。

地べたに正座して、何かを食べているようだ。


「お?ジョルジュか?何しに来⋯⋯っておい!何食ってんだよ!」

「おやおや勇者様、ちゃんと勇者してらっしゃるようで。それにしてもこれ、甘さと苦味のバランスが、まるでやじろべえのようですね⋯⋯」

「何でやじろべえ知ってんだよ⋯⋯」


大輔は立ち上がり、ジョルジュが食べていたものを見た途端、

「あ。あーあ、ジョルジュ、お前は大罪を犯した」

「大罪⋯⋯とは?」

「蓋に『かなた』って書いてあんだろ?それは、俺の可愛い妹のプリンだ!」

「ほぉ、これはプリンというのですか!」

「違う!そこじゃねぇ!目を覆いたくなるような制裁を受けるぞ⋯⋯」


それを聞いたジョルジュは、可愛こぶりながら、

「そのときは勇者様、私を守って♡」

「キャピキャピすんな気持ち悪い⋯⋯で?何の用だ?」


ジョルジュはスッと立ち上がり、真剣な眼差しで大輔に問う。

「勇者様⋯⋯“本気”で戦っておられますか?」

「本気⋯⋯?もちろん、やれることはやってると思うけど⋯⋯」


ジョルジュは片眼鏡を直しながら、

「結論から言いますと──ステータスがカンストしているにも関わらず、その実力を出せないのは、“本気”ではないからです」


大輔は怪訝な表情を浮かべる。

「何だよその、“ザ・昭和”みたいな根性論は」

「例えば⋯⋯勇者様は目が覚めてすぐ走っても、ベストタイムを出せますか?病に伏したとき、剣術でライバルに勝てますか?」

「それは⋯⋯無理だな」


「ステータスはあくまで“最大値”です。コンディションの不調や、力の出し方が分からなければ⋯⋯“本気”で戦えないということです」

「まぁ、理屈は分かったけど⋯⋯どうしたらいいんだ?」


ジョルジュは眉間に皺を寄せる。

「⋯⋯まさか最初の依頼で使うことになるとは思いませんでしたが⋯⋯“シェーレ・スルア”を使うのです」


「“シェーレ・スルア”?」


「“シェーレ・スルア”⋯⋯それは“魂の融合”。ふたりの魂をシンクロさせ、ステータスの最大値、いや、それ以上の力を引き出す、いわゆる“チート技”です」


「ゲームから出てきた奴がいう言葉じゃないぞ?しかもそんな真顔で」


ジョルジュは少し口を曲げながら、

「⋯⋯勇者様が本気出せないからでしょうが!」


「あー、北の国からで観たな、それみたいなやつ。俺世代でも分かるか厳しいぞ?」


ジョルジュは咳払いひとつ。

「⋯⋯では勇者様、今回はゲーム内の勇者、『だいすけ』様との融合をしましょう」

「え?それって俺じゃないの?」

「勇者様はあくまでステータスやパラメータを引き継いだだけであって、ゲーム内の『だいすけ』様とは別人です。勇者様は“中の人”であって、“ゲーム内で育っただいすけ様”とは記憶も戦闘経験も違うのです。だからこそ、“シェーレ・スルア”によって、彼の経験ごと取り込む必要があります。それにより、完全なる『勇者大輔』となるのです」


「そうなのか⋯⋯どうしたら融合出来るんだ?」

「冒険の日々を思い出すのです。そして、勇者様に『だいすけ』様が重なるイメージをするのです」

「ずいぶん抽象的だな⋯⋯」


大輔は、半信半疑で目を閉じて思い浮かべる。

すると、真っ白な世界に声が響く。


「⋯⋯輔?大輔?」

「⋯⋯ん?誰だ?」

「俺はゲーム内の勇者、『だいすけ』だ!」


目の前に、ドット絵の『だいすけ』が立っていた。


「おぉ!ゲーム内の俺!声も俺だな⋯⋯ってことは“シェーレ・スルア”は成功か?」

「もう少しだ!大輔が客観的に見てた俺の記憶や経験も、融合によって実体験したことになる。俺は、お前が選んだ道を歩き、戦い、魔王を倒した。だから今度は、俺がお前の力になる番だ!一緒に思い出そう!共に歩んだ冒険譚を⋯⋯」



瞑想しているかのような大輔を、青白い優しい光の柱が包む。

一瞬の眩い光が晴れ──大輔は、覚醒した。



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