そんな中、視線を前にしながら、シリスがぽつりと呟いた。
「わしも“聖戦”に参加していればこんなことには⋯⋯すまなかった」
リーシュも前を見たまま、
「いえ、長老は“練気”が必要でしたので⋯⋯私は、今の長老のお姿⋯⋯“雷帝”と共闘出来ることを嬉しく思います」
「⋯⋯それは終わってから⋯⋯酒でも飲みながら聞きたかったのう」
ディルハイドはおもむろに片膝をついた。
静かに、そして迷いなく右手を地に添える。
「次は、これで行きますか⋯⋯」
その声は、まるで儀式の始まりを告げる司祭のようだった。
耳元で低くささやくようなその響きに、風が止まる。
「⋯⋯レールダンス」
瞬間、地面が呻いた。
ぬるり、と土が泡立つように盛り上がり──そこから、“人型の泥”が這い出してくる。
最初は1体。
次に2体。
やがて、数十、数百の泥人形が、地の底から次々と生まれていく。
その姿は、兵士のようでいて、兵士ではない。顔は曖昧で、手足の長さも均一ではない。
だが──共通しているのは、目が無いこと。
眼窩のような窪みから、ただ“空白”が覗いている。
泥人形はよろよろと立ち上がり、次の瞬間──ヌチャ⋯⋯という耳障りな音を立てながら、近くにいる者へと襲いかかった。
「あれは⋯⋯王都で見た⋯⋯奴の魔法だったのか⋯⋯!」
リーシュの目が見開かれる。
一方で、ファナも震えるように声を漏らした。「あれは⋯⋯異世界勇者様と戦ったときに必ずいた⋯⋯泥の怪物!」
彼女の足元にも、泥が広がる。
ぬめるように伸びた腕が、ローブの裾をつかむ。
「ひっ!」
ファナはバッと風を起こして飛び退いた。
そして、
「清き風の流れのもとに、邪気を払い給え──」
「「スターキヴィン!!」」
ファナとリーシュが泥人形を吹き飛ばす。
そして、ディルハイドの味方である彼も例外では無かった。
「おい!弟ォ!!」
ボルドゥーンが叫ぶ。
巨大な斧で、泥人形の群れを潰しながら前進する。
「一騎打ちの邪魔すんじゃねぇよォ!!」
「兄上、その程度なら破壊できるでしょう?」ディルハイドは口元に冷笑を浮かべたまま、立ち上がる。
彼にとって、これは攻撃ではない。
ただの“演出”に過ぎないのだ。
大輔にも、数体の泥人形が纏わりついてくる。
「おわっ!?うわっ、泥!?触んな、気持ち悪ッ!邪魔すんなぁぁぁ!!」
どこからともなく、ズズ⋯⋯ズズ⋯⋯と這う音が続く。
エルフの魔導兵たちが、バリアを修復しつつ、泥人形が村に入らないよう攻撃魔法を放つ。
泥人形たちは意思を持たない。
だが、敵味方の区別もない。
ただ「動くもの」へと向かい、腕を伸ばし、絡みつき、地に引きずり込もうとする。
まるで──記憶の亡霊が、世界そのものを呑み込もうとしているかのように。
「おらァ!勇者ァ!続きをしようぜェ!」
ボルドゥーンは泥人形を潰しながら、大輔と鍔迫り合いを続ける。
「くっ、泥人形が邪魔だ⋯⋯ただでさえ押されてるのに⋯⋯」
(ファナさんに回復してもらいながら戦ってるけど⋯⋯そろそろ身体が持たないかもしれない⋯⋯)
ボルドゥーンの絶え間ない応酬に、防戦一方となっていた。
「おらァ、おらァ!!どうした勇者ァ?守ってばっかで俺を倒せるのかァ?」
(クソっ、何とかしないと⋯⋯あっ、たぶんファナさん、さっきバフ魔法使ってくれたよな?⋯⋯でも、一応確認するか)
大輔は、顔だけファナに振り向き、
「ファナさん!バフ魔法⋯⋯いや、能力が上がる魔法って使える?」
「使えません!」
「即答!!」
(じゃあ、さっきこいつを倒したのは実力だったのかよ⋯⋯)
大輔はこの危険な状態にも関わらず、ふと思った。
(⋯⋯そもそも、俺のステータスってカンストしてるんだよな?何でこんなに苦戦してるんだ?単純にこいつらのほうが強いのか?)
すると突如、ティロリン♪と、広場に音が響く。
「何だ?スタートボタン押したみたいな音だな。RPGじゃないのかよこれ」
大輔は足を止め、宵闇が迫る空を見上げる。
そして、辺りを見渡すと──
「みんな⋯⋯止まってる?」
ファナも、リーシュも、シリスも、ボルドゥーンも、ディルハイドも、エルフの人々も、泥人形も。
その空間で、動けるのは自分だけ。
大輔はすぐに悪知恵が働く。
「よっしゃ、今のうちに筋肉ダルマを⋯⋯くらえぇぇぇ!!」
ボルドゥーンの脳天に振りかざした“マスターソード”は、柔らかい何かに弾き返され、反動で尻もちをついた。
「いってぇ!!またケツ割れた!!」
大輔が蹲り悶絶していると、
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「ゆうしゃさま ズルは いけませんよ」
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ジョルジュウィンドウが現れた。
「⋯⋯何かジョルジュ、すげー久しぶりな気がする⋯⋯」
すると、大輔の目の前にホログラムのように人影が現れる。
地べたに正座して、何かを食べているようだ。
「お?ジョルジュか?何しに来⋯⋯っておい!何食ってんだよ!」
「おやおや勇者様、ちゃんと勇者してらっしゃるようで。それにしてもこれ、甘さと苦味のバランスが、まるでやじろべえのようですね⋯⋯」
「何でやじろべえ知ってんだよ⋯⋯」
大輔は立ち上がり、ジョルジュが食べていたものを見た途端、
「あ。あーあ、ジョルジュ、お前は大罪を犯した」
「大罪⋯⋯とは?」
「蓋に『かなた』って書いてあんだろ?それは、俺の可愛い妹のプリンだ!」
「ほぉ、これはプリンというのですか!」
「違う!そこじゃねぇ!目を覆いたくなるような制裁を受けるぞ⋯⋯」
それを聞いたジョルジュは、可愛こぶりながら、
「そのときは勇者様、私を守って♡」
「キャピキャピすんな気持ち悪い⋯⋯で?何の用だ?」
ジョルジュはスッと立ち上がり、真剣な眼差しで大輔に問う。
「勇者様⋯⋯“本気”で戦っておられますか?」
「本気⋯⋯?もちろん、やれることはやってると思うけど⋯⋯」
ジョルジュは片眼鏡を直しながら、
「結論から言いますと──ステータスがカンストしているにも関わらず、その実力を出せないのは、“本気”ではないからです」
大輔は怪訝な表情を浮かべる。
「何だよその、“ザ・昭和”みたいな根性論は」
「例えば⋯⋯勇者様は目が覚めてすぐ走っても、ベストタイムを出せますか?病に伏したとき、剣術でライバルに勝てますか?」
「それは⋯⋯無理だな」
「ステータスはあくまで“最大値”です。コンディションの不調や、力の出し方が分からなければ⋯⋯“本気”で戦えないということです」
「まぁ、理屈は分かったけど⋯⋯どうしたらいいんだ?」
ジョルジュは眉間に皺を寄せる。
「⋯⋯まさか最初の依頼で使うことになるとは思いませんでしたが⋯⋯“シェーレ・スルア”を使うのです」
「“シェーレ・スルア”?」
「“シェーレ・スルア”⋯⋯それは“魂の融合”。ふたりの魂をシンクロさせ、ステータスの最大値、いや、それ以上の力を引き出す、いわゆる“チート技”です」
「ゲームから出てきた奴がいう言葉じゃないぞ?しかもそんな真顔で」
ジョルジュは少し口を曲げながら、
「⋯⋯勇者様が本気出せないからでしょうが!」
「あー、北の国からで観たな、それみたいなやつ。俺世代でも分かるか厳しいぞ?」
ジョルジュは咳払いひとつ。
「⋯⋯では勇者様、今回はゲーム内の勇者、『だいすけ』様との融合をしましょう」
「え?それって俺じゃないの?」
「勇者様はあくまでステータスやパラメータを引き継いだだけであって、ゲーム内の『だいすけ』様とは別人です。勇者様は“中の人”であって、“ゲーム内で育っただいすけ様”とは記憶も戦闘経験も違うのです。だからこそ、“シェーレ・スルア”によって、彼の経験ごと取り込む必要があります。それにより、完全なる『勇者大輔』となるのです」
「そうなのか⋯⋯どうしたら融合出来るんだ?」
「冒険の日々を思い出すのです。そして、勇者様に『だいすけ』様が重なるイメージをするのです」
「ずいぶん抽象的だな⋯⋯」
大輔は、半信半疑で目を閉じて思い浮かべる。
すると、真っ白な世界に声が響く。
「⋯⋯輔?大輔?」
「⋯⋯ん?誰だ?」
「俺はゲーム内の勇者、『だいすけ』だ!」
目の前に、ドット絵の『だいすけ』が立っていた。
「おぉ!ゲーム内の俺!声も俺だな⋯⋯ってことは“シェーレ・スルア”は成功か?」
「もう少しだ!大輔が客観的に見てた俺の記憶や経験も、融合によって実体験したことになる。俺は、お前が選んだ道を歩き、戦い、魔王を倒した。だから今度は、俺がお前の力になる番だ!一緒に思い出そう!共に歩んだ冒険譚を⋯⋯」
瞑想しているかのような大輔を、青白い優しい光の柱が包む。
一瞬の眩い光が晴れ──大輔は、覚醒した。