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第9話 正義の終わり

「うおおおお!何だこれかっけぇ!!武器も防具もゲームの内の俺の装備になってる!」


ぶき:マスターソード

かぶと:ゆうしゃのかぶと(ドラゴンタイプ)

ぼうぐ:ゆうしゃのよろい(ドラゴンタイプ)

たて:ゆうしゃのたて(ドラゴンタイプ)

アクセサリー:りゅうのうろこ


「これで俺と大輔は一心同体だ!さぁ、あのダークエルフたちを倒すぞ!」

「おう!」


その様子を見ていたジョルジュは、微笑みながら親指を立て、

「勇者様⋯⋯グッドラック!」

そう言って姿を消した。


そして、ティロリン♪と再び音が鳴った。


風がそよいだ。

ファナの髪がふわりと揺れ、シリスの背中がビリ、と小さく鳴った。

──世界が、再び動き出す。


「さて、行くか。俺たちの“本気”ってやつを見せてやる!」

大輔は、マスターソードを静かに構えた。

刃の表面に雷光のような刃文が走り、剣全体がわずかに唸る。


「よっしゃあ!筋肉ダルマぁ!こっからは俺のターンだぁ!」


ファナは、大輔の姿に目を細めた。

その瞳に映るのは──勇者の姿。

「勇者様の姿が⋯⋯これが、私の求めていた勇者様⋯⋯」


ボルドゥーンはその気迫に圧され、一歩後ずさった。

「ぬ、ぬおッ!?何だその姿はァ!?」


「カッコいいだろ?今の俺、めっちゃ強いぞ?」

大輔が踏み込む。

その瞬間、空気が張り詰め──

マスターソードが、ボルドゥーンの構えた大斧ごと、肩口から斜めに振り抜かれた。


「うぐあああああぁぁぁぁッ!!」

ボルドゥーンの巨体が吹き飛び、斬られた斧の刃は、回転しながら泥人形たちを潰し、地面に突き刺さった。

その叫び声のする先に、ディルハイドが視線を送る。

その瞬間、彼は目を見開き、気が動転した。


「なぜ⋯⋯なぜ貴方が勇者と共にいるのですか!」


狼狽え、後ずさるディルハイドを、シリスは見逃さなかった。

「ファナ!バリアの外にいるわしらに『フワット』をかけるんじゃ!」


「は、はい!⋯⋯フワット!!」

大輔、ファナ、シリス、リーシュの身体が次々に宙に浮いた。

「おぉ、これがフワット!」

大輔は緊迫した状況をよそに、少し嬉しそうだ。


「兵たちよ!結界展開じゃ!一人たりとも気を抜くな!バリアはまだ不十分じゃ!まともに食らうぞ!リーシュ!泥人形はわしが殲滅する!お前は──ディルハイドにぶち込め!」

シリスが浮遊しながら、片手を大地へ翳す。

その掌に奔った光が、次の瞬間──


「ウーデレゲンリーン!!」


雷鳴が咆哮し、地面に沿って奔る稲妻が蜘蛛の巣状に広がる。

次の瞬間、爆ぜるような光が辺りを白く染めた。


泥人形は悲鳴もあげる暇なく黒焦げとなり、砕け、崩れ落ちる。

その余波に、ボルドゥーンとディルハイドも巻き込まれ──


「グゥオオオオ!!」

「ぐっっっ⋯⋯不覚!!」


稲妻が去った空間に立ち尽くすディルハイド。その目が前を捉えた瞬間。

すぐ目の前に、鋭い眼光を放つリーシュがいた。

至近距離。

間合いは、呼吸ひとつ。


「くらえ!!──シュトゥルム・ガン・トゥルーア!!」


両手から放たれた風が竜巻となり、ディルハイドを空へ引き上げながら切り裂く。

何層にも渦巻く刃が、容赦なく肉体を裂き、装備を砕き、意識を削る。


「ぐわああああああああ!!」


最後の風が爆ぜるように消えた瞬間、ディルハイドの身体は空から落下し、鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。


砂煙がわずかに立ちのぼる。


シリスは口角を少し上げながら、

「リーシュよ。充分お前は強いじゃないか。⋯⋯わしの後悔を増幅させるつもりか?」


リーシュは眉を寄せ、ほんの一拍の沈黙のあと、静かに答える。

「いえ⋯⋯それは結果論です。全て私の不徳の致すところです。それに、今まで何もしていなかった訳ではありませんので⋯⋯」

フワットの効果が切れ、四人は地に足をつけた。


大輔とファナは目を丸くする。

「ファナさん、あのふたり⋯⋯語彙力無くすくらい強いね⋯⋯」

「はい、私もここまで本気の魔法は初めて見ました⋯⋯しかも無詠唱で⋯⋯」


少しの安堵感が漂う中、よろめきながら、ディルハイドは立ち上がった。


全身、切り裂かれ──骨まで見えかねない深手から、血が滴る。


だが、その口元は歪み、腹の底から、笑い声が漏れ出す。

「フフフフフ⋯⋯ハハハハハハッ!」

その声は、まるで自分の痛みさえ愉しむようで──あるいは、これから訪れる“地獄”を確信している者の笑いだった。


そして、裂けた胸元を押さえながら吼える。


「私は──正義を、貫くッ!!」

「勇者も! 雷帝も! エルフもッ!!」


振りかぶるように、全身の力を込めて──


「皆殺しだぁああああああああああッ!!」


その叫びは、もはや戦場に響く雄叫びではなく、──断罪だった。

ディルハイドの身体から紫紺の魔力が立ち上り、咆哮と共に右手を掲げ、空を裂く。


「──《バナファウル》ッ!!」


黒いヴェールのようなものが波打つように森一帯を覆い、ゆっくりと地面に向かって降りてくる。

驚いた鳥の群れが飛び立ち、それに触れた瞬間──

音も無く、消えた。

正確には、“この世から、無くなった”。


その光景を目の当たりにしたシリスは、小さく呟いた。

「これは、まずいな⋯⋯」


大輔に斬られたボルドゥーンは、意識が朦朧とする中立ち上がり、“バナファウル”を見て、思い出した。

「グゥゥゥゥゥ⋯⋯弟ォ!俺を殺したのはお前だったのかァ!」


ディルハイドは嘲笑する。

「ハハハハハハッ!今更気づいたのですか兄上!だがもう遅い!」

「グォォォ⋯⋯先にこいつらをぶっ殺したら次はお前だァ!弟ォ!」

そう言い放つと、ボルドゥーンは魔法で斧を作り出して両手に持ち、大輔めがけて突っ込んでくる。


「こんなときに兄弟喧嘩か?俺が両成敗してやる!」

大輔は左足を少し引き、打ち込める体勢を作る。


「うるせぇぇぇェ!!」

ボルドゥーンが両腕を振り降ろす。

「⋯⋯ここだ!」

大輔はマスターソードで受けたかと思いきや──


「パリイ!!」

「ぐおッ!!」

重い身体がぐらついた、その刹那──


「もう一発くらえぇぇぇ!!面!!」


マスターソードが閃いた。

刃が空を裂き、風を断ち、巨躯を縦に貫いた。

静寂の中で、斬撃音だけが響いた。

ボルドゥーンの巨体はわずかに揺れ、そのまま真っ二つに裂けるように、地へ崩れ落ちた。


「ぐあッ⋯⋯俺が⋯⋯本当に⋯⋯死ぬ、のかァ⋯⋯」


その瞳に宿ったのは、怒りでも誇りでもなかった。ただ、ひとつの“問い”。

そして、音もなく、霧のように消えていった。


「フン、哀れな兄上よ⋯⋯」


“バナファウル”は徐々にノエルナ村に迫って来る。

「さぁ、貴様らはもう逃げられないぞ?死ぬのも時間の問題だ」


「あれは恐らく、広範囲の即死魔法じゃ。リーシュよ、合体魔法を使うぞ。あれならディルハイドを倒し、即死魔法も相殺出来るかもしれん」

シリスの言葉に、リーシュは握る拳にわずかに力を込めながら応じた。


「自信があるかどうかは別として⋯⋯やらないという選択肢は、ありません」


ふたりの視線が重なる。

この瞬間に迷いはなかった。


シリスは眼光を鋭く光らせ、雷の残滓が指先に集まっていく。

リーシュは風を纏い、両腕を交差させて詠唱の構えに入る。


「⋯⋯終わらせるぞ、リーシュ」

「はい!」


──その場の空気が、固まる。


天地が息をひそめる中、ふたりの魔力が、静かに、しかし確実に交わる。


シリスの背後に、雷の陣が浮かび上がる。

稲妻の紋が複雑に交錯し、空そのものに罅が走った。

リーシュの足元には、風の螺旋が生まれる。

地表を削り、空へと昇るその渦は、まるで空気を神に返す道のようだった。


ふたりの声が重なる。


「「スルムル・オ・シュトゥルム・エンダロカンナ!!」」


一拍。

次の瞬間、天が裂けた。


上空から降り注ぐのは、ただの稲妻ではない。

光を纏った破滅の矢が、嵐のごとく降り注ぐ。

風は刃となり、雷は杭となり、森の大地を抉り、空気を焼き、ディルハイドの周囲に結界のような“雷風の檻”を構築していく。


逃げ場などない。

そこは、神罰の降る“監獄”だった。

雷が地を走るたび、地表が裂け、風が叫ぶたび、空が悲鳴を上げる。

光と音と断罪が、──一瞬にして、戦場を消し去ろうとしていた。


そして──


容赦無く、ディルハイドに雷撃と狂風が直撃した。

稲妻が皮膚を焼き、風が骨を砕く。

「⋯⋯ッぐあああああああああああああ!!」


咆哮が上がる。

だがそれは、怒りでも威嚇でもなかった。

痛みすら超えた、魂の悲鳴だった。


紫紺の魔力が、まるで命乞いするかのように乱れ、空に向かって逃れようとするが──雷撃がそれを断ち切り、風が地へと縫い止める。

最早、ディルハイドの身体は原型を留めていなかった。


それでも。


立ち上る土埃の先に、彼の声は、残っていた。


「おおお⋯⋯ああああ⋯⋯まだ⋯⋯終わって⋯⋯いない⋯⋯私が、朽ちようとも⋯⋯“バナファウル”は⋯⋯消えない!!」

風が景色を攫うと、ディルハイドの四肢は右腕だけを残すのみとなっていた。

その腕を下ろすと、黒いヴェールは速度を上げて村に迫って来る。


「しくじったか⋯⋯いかん!皆逃げろ!」

シリスは怒声をあげ、避難を促した。


──こちらも逃げ場などない。

いや、あるはずがなかった。

その“はず”を、真っ向から裏切ったのは、森を割って現れた、一振りの剣だった。


“バナファウル”が十字に斬り裂かれ、風に乗り、森の木々の先端に覆い被さるように消えた。


その先にいたのは──“勇者大輔”。


「何いぃぃぃぃ⋯⋯バナファウルを⋯⋯斬り裂いた⋯⋯!?」

ディルハイドの己の力に対する自信は、シリスの言う通り、この時点で“過信”に変わった。

そして、力を力でねじ伏せられた瞬間でもあった。


「俺言ったよな?両成敗するってよぉ!」


シリスは目を細める。

「⋯⋯勇者よ。何という男だ⋯⋯」

リーシュは叫ぶ。

「勇者殿!全てを断ち切ってくれぇぇぇぇ!!」

ファナは目に涙を溜めながら、

「勇者様ーーーー!!」


大輔はディルハイドに向かって走り出す。

「待て⋯⋯私の⋯⋯正義は⋯⋯」

「これで終わりだあああぁぁ!!」


その瞬間、世界をも貫く一閃──


ディルハイドの身体が、雷よりも速く、風よりも鋭く──逆袈裟に、真っ二つに裂けた。


沈黙。


血が、風に流れる音だけが響いていた。




ディルハイドは、終わりを迎える視界の先に、ヘッレの姿を見た気がした。


「ヘッレ⋯⋯なぜ⋯⋯どうして⋯⋯勇者と⋯⋯」

「私の力は⋯⋯不十分、でしたか⋯⋯?」


普段、呼びかけには応えないはずのヘッレが、明るく声をかけた。


「いやいや、ディルハイドは頑張ったよ。お疲れ様。大丈夫、君はちゃんと、僕の“糧”になるんだから」


ディルハイドの目から溢れるのは、後悔か、失望か。

「私の正義は⋯⋯幻だったようだ⋯⋯」

「誰かに与えられた未来の先には⋯⋯何も、残らないのか⋯⋯」


ヘッレは、諭す。

「無駄な死なんて無いって言ったじゃないか」

「僕がそれを証明してあげるからね──」


ヘッレの声は、遠ざかるように、柔らかく、優しく。




「⋯⋯おやすみ、ディルハイド」




ディルハイドの瞼は、“誰か”の手で静かに閉じられた。



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