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第10話 さよなら

傷ついた大地に吹き抜ける風は、微かな血の匂いと焦げた木々の香りを運び、戦の終わりを告げていた。


そして──


「やった⋯⋯倒した⋯⋯やったぞおぉぉぉぉ!!」

「うおおおぉぉぉ!!」

エルフたちの歓声が、村一帯に響いた。

崩れた建物の間から、傷だらけのエルフたちも次々に立ち上がり、歓喜の声を上げる。

その叫びは、闇に染まりかけた空へと吸い込まれ、いつしか村全体を包み込んでいった。


シリスは、最期にディルハイドがいた場所を見つめながら、少し悲しげに呟く。

「ディルハイド⋯⋯道を外したのは、わしにも責任があるかもしれんな⋯⋯」

その声は、風に溶け、誰にも届かぬ祈りのようだった。


「勇者様ー!!」


大輔がその声に振り向くと、ファナが破れたローブを引きずりながら駆け寄ってきた。

頬には涙と汗、そして土の跡が滲んでいた。


「やりましたね!でも⋯⋯村はボロボロになっちゃいましたし、犠牲者も出てしまいました⋯⋯瘴気の霧を吸ってしまったようで⋯⋯」


「うん⋯⋯ファナさん、ごめんね。俺がもっと上手くやれたら⋯⋯」

大輔は唇を噛み、泥にまみれた手で兜を脱いだ。


だが──


ファナは、少し俯いたまま、そっと首を振る。目尻に溜まった涙が、光を弾いてきらめいた。


「いいえ、それでも、エルフは絶滅せずに済みました。なので、村の復興も、弔いもすることが出来ますから⋯⋯」


そして、ふいに顔を上げ──

「あと⋯⋯勇者様は⋯⋯」


「“約束”、守ってくれました⋯⋯!!」


その瞬間、彼女の頬が紅潮し、涙を浮かべたまま笑った。

嬉しさと安堵、そしてほんの少しの誇らしさを宿したその笑みに、大輔の心が熱くなる。


すると、数時間前の自分の言葉が甦った。

「ファナさんは生きて? 俺が守るから!」

「それでもさっき、ファナさんを守るって言ったんだ。だから⋯⋯絶対に死なせない」


顔が一気に熱くなる。

「あぁ⋯⋯まぁ、その⋯⋯よかった、です」

ぽりぽりと頭を搔きながら、どこか照れ臭そうに笑う大輔の横顔を、ファナは優しく見つめていた。


そこに、シリスとリーシュがやって来た。


「勇者殿⋯⋯感謝する。⋯⋯正直、ここまでやるとは期待してはいなかった⋯⋯申し訳ない」

肩を叩かれた大輔は苦笑した。

(リーシュってオブラート持ってないよな⋯⋯)


「これを受け取ってくれないか?」

リーシュは着ていた鎧を脱ぎ、大輔に渡す。

赤銅色に鈍く光る鎧。

戦火に晒されながらも、その表面は手入れが行き届いており、深い歴戦の誇りを感じさせる。


「でもこれ⋯⋯勇者の形見なんだろ?リーシュが持ってたほうが⋯⋯」


リーシュは静かに微笑み、首を横に振った。

「いや、きっとこの鎧も、勇者殿と旅をしたいはずだ。まだ見ぬ世界を、見せてやってほしい」


大輔はその想いの重さを受け止め、そっと手を差し出す。

その瞬間──ふっと目の前にウィンドウが現れる。


「だいすけは ゆうしゃのよろい(しゃくどう)を てにいれた!」


次いで、

「だいすけは どうぐを しまった!」


手元の鎧は柔らかな光を放ち、大輔の掌からすっと消えた。

ぽかんと見つめる大輔の表情と共に、リーシュも驚きの表情を見せる。


「勇者殿⋯⋯?鎧はどこへ⋯⋯?」

「あれ⋯⋯これで良かったんだよな?」


戸惑うように手のひらを見つめ、大輔はウィンドウを開くことを試みる。

「えっと⋯⋯どうぐ!」


すると、ウィンドウが現れた。

そこには──

ゆうしゃのよろい(しゃくどう)と、しっかり記されていた。


大輔はホッとしながら、

「リーシュ、大丈夫だよ。確かに受け取った。ありがとう」

「そうか。それならよかった」

リーシュは笑顔で頷いた。


そして、モリスが静かに続ける。

「勇者よ、素晴らしい剣術だった。そして、村を守ってくれて感謝する」


「いやいや⋯⋯でも長老、俺と会ったときと別人なんだけど⋯⋯」


シリスはばつが悪い顔をしながら、

「わしは老いてから、この姿でいられるのは限界があってな。普段は極力大人しくしていないと身体に障ってのう」

「そういうことだったのか⋯⋯出来ればそのままの姿のほうが⋯⋯」

大輔も苦笑いをした。


そのとき──

ファナの身体のまわりを、やわらかな光の粒が回り始めた。

まるで風に舞う花びらのように、彼女を包み込んでいく。


「⋯⋯ファナさん?どうしたの?」

「そろそろ⋯⋯みたいです」

「えっ⋯⋯何が?」


光の輪が、彼女の身体をふわりと浮かせる。

目の前の現実に、大輔の胸がざわつく。


リーシュが目を伏せながら呟く。

「ファナは⋯⋯この世界から消える」


シリスは大輔の目をしっかりと見ながら、

「異世界勇者を召喚し、目的が達成されたとき──呼び寄せた者は⋯⋯」


言葉を遮るように大輔は語気を荒げる。

「何だよそれ!みんな知ってたのかよ!長老も、リーシュも!何で止めなかったんだよ!ファナさんも、禁忌の理由知ってたんじゃないか!」

大輔の叫びに、誰も反論できなかった。


そんな中、ファナが一歩前に出る。

「私が!私が村を守りたかった!長老様やリーシュみたいに私は強くない。だから⋯⋯私の出来ることがしたかった⋯⋯」


震える声で、ファナは頭を下げる。

「長老様、リーシュ、私の我儘を聞いてくださって⋯⋯ありがとうございました」


リーシュは歯を食いしばりながら、

「ファナ、お前だけに背負わせてすまない⋯⋯この村のことは任せておけ」


シリスは淡々と、

「ファナよ、お前のことは後世にも伝説として残るだろう⋯⋯感謝してもしきれない」


“仕方ない”と、諦めにも似た空気の中、大輔だけは事実を受け入れられないでいた。

「何でだよ⋯⋯俺、守るって言ったのに守れてないじゃんか。大切な仲間を守れないで何が勇者だよ!!」


「大切な⋯⋯仲⋯⋯間⋯⋯?」

ファナの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。

そして、肩を震わせる。


「私も⋯⋯本当はこの村で今まで通りの生活をしたかった。みんなと一緒に生きていきたかった。そして、命懸けで私を守ってくれた勇者様と共に旅をしてみたかった。もっといろんな未来を⋯⋯想像したかった⋯⋯」


無理やりに笑顔を作るファナ。

しかし──

「駄目ですね。目的を果たしたのに、後悔⋯⋯ばっかり⋯⋯ううっ⋯⋯うっ⋯⋯」


「ファナさん⋯⋯」

大輔の震える声に、ファナはゆっくりと涙を拭い、再び頭を下げる。


「長老様、リーシュ、ノエルナ村のことをよろしくお願いします」

そして、大輔に向き直る。


「勇者様、本当にありがとうございました。とてもかっこよかったです」


「また、どこかで会えたら⋯⋯」


──ファナは、目に涙を溜めたまま、ふわりと笑った。






「お供、しますね」






丸い光が小さく収束し──大輔が伸ばした手の先で、音もなく弾けた。


「ファナさん⋯⋯ファナさーーーん!!」


大輔はその場に蹲り、声を張り上げて泣いた。

村の誰もが、言葉を失って見守っていた。


それを尻目に、ウィンドウが現れた。

「いらいを たっせい しました!」

「だいすけは エクストラレベルが 15 あがった!」

だが、大輔はウィンドウに目もくれず、ひたすら嗚咽しながら泣き崩れていた。


──そして。


足元から突如、強い光が溢れ出す。

光の柱が彼を包み込み、この世界を後にした。


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