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第12話 家族

その後、大輔は普段の生活に戻った。

今まで通り仕事をこなし、取引先の人間とのゲーム談義に花が咲き、家に帰り、少しゲームをして、寝る。

あの激闘が夢だったのではないかと思うくらい、自分の世界は波が無かった。


大輔はスマートフォンを新たに契約し、ファナに渡していた。

講師はもちろん、かなた。

数日後、ファナから電話がかかってきた。


「もしもし、ファナ?」

「あっ!大輔の声がする!えっと⋯⋯もし、もし?」

「聞こえるよ、どうしたの?」

「私は元気です。大輔は?」

「うん、元気だよ。かなたと仲良くやってる?」

「はい、すごく親身に色々してくれます」

「そっか、それはよかった」


電話の向こうで、小さく笑うファナの声がした。


「かなたさんに、お箸の持ち方を教えてもらいました。でも、右手と左手がよく分からなくなってしまって⋯⋯かなたさんに“どっちだよ!”って言われました」

「ははっ、かなたらしいな。でも、ちゃんと教えてくれてるんだな」

「はい。あと、昨日“コンビニ”という場所に行きました。お菓子がたくさんあって⋯⋯でも、“ファミチキ”っていうのが一番好きです」

「ファミチキはうまいからなぁ。エルフの舌にも合うんだな」


ふと、画面の向こうから微かな雑音が聞こえた。


「⋯⋯あ、かなたさんが“そろそろ寝なさい”って言ってます。また、電話してもいいですか?」

「もちろん。今度はこっちからもかけるよ」

「嬉しい⋯⋯それじゃ、おやすみなさい、大輔」「おやすみ、ファナ」


──通話が切れたあと、大輔はスマホを見つめて、ふっと、小さく笑った。

現実は、たしかに戻ってきたけれど。

あの世界で繋いだ絆は、こうして今も“続いている”。


ある日──

大輔が仕事で家にいない時間。

ジョルジュはテーブルに頬杖をついて暇そうにしていた。

「依頼、来ませんねぇ。各所に“ジョルジュボックス”を配置しているんですが⋯⋯」


すると、頭の中に声が響く。

「ジョルジュ?サボってんの?」


ジョルジュは勢いよく立ち上がり、姿勢を正す。

「いえ、そのようなことは⋯⋯」


「最初の依頼からどれだけ時間が経った?この世界の時間は“有限”なんだ。大輔のエクストラレベルを上げることは最優先事項だよ」

「⋯⋯はい」

「それなら、早く依頼にこぎつけてほしいな。あと、そっちで何かあれば逐一報告すること。僕がこの世界だけは見えないの、分かってるよね?」

「重々承知しております」

「⋯⋯しっかり頼むよ、ジョルジュ」


そう言い残し、声は消えた。ジョルジュは空気を睨んだ。

(貴方の夢⋯⋯果たして叶うでしょうか)


「ただいまー」その夜、大輔が帰宅し、誰もいない廊下に声をかける。

リビングへのドアを開けると、ジョルジュが佇んでいた。


「勇者様、依頼が来ました」

「⋯⋯また、行かなきゃいけないんだな」

「はい。今回の依頼は、“国の代表として戦ってほしい”というものです」


大輔は鞄を床に置き、ネクタイを外しながら、「国の代表?どういうこと?」


ジョルジュは資料のような紙の束を読み上げる。

「今回の行き先は、東西南北の国が威信を賭けて戦う、『モノマヒア』という“代理戦争”の場です。この戦いによって、国の情勢は大きく左右されるほどの重要なイベントのようです。そして、優勝することが最重要事項となります」


大輔は背広を脱ぎ、ハンガーにかける。

「これまた責任重大な依頼だな。俺が行っても大丈夫なのか?」

「はい。少なくとも私は勇者様を信頼しておりますので」

「そっか⋯⋯ファナも一緒に行ってもいいかな?」

「⋯⋯お任せします」


すると大輔は、ファナに電話をかけた。

「⋯⋯もしもし?大輔?本当に電話かけてきてくれて嬉しいです」

「あぁ、約束したからね⋯⋯あのさ、ファナ、また異世界に行くことになったんだけど、ファナはどうする?」


少しの沈黙のあと、

「私はあのとき、またお供するって言いました。だから大輔、一緒に行きましょう?」


大輔は少し胸が熱くなるのを感じながら、

「分かった、じゃあこれから迎えに行くからちょっと待ってて?」

「はい、待ってます」


電話が切れたあと、大輔はジャージに着替えた。

(この前のスウェット、ボロボロになったからなぁ。動きやすい、汚れてもいい服ったらこれだよなぁ)


大輔はかなたの家に向かう。

かなたの家は、大輔の家から徒歩数分の場所にある。

大輔はかなたと一緒に住んでいた時期があったが、高校入学と共にかなたは一人暮らしを始めた。

ただ、大輔の家の近くに住むこと、定期的に大輔に会うことを条件にしていた。


大輔もかなたの家の鍵を持っているが、あくまで非常用だ。

以前、自宅に帰ったかのように玄関を開けて大目玉を食らったので、それ以来、訪問時はインターホンを押すことにしている。


部屋番号を押し、ピンポンと音が鳴ったあと、何も言わずにオートロックが開く。

そして、玄関前のインターホンを押すとドアが少し開き、かなたがニヤニヤと顔を出す。


「お兄、いいもの見せてやるよ」

「は?いいもの?」


かなたがドアを開けると、そこには──

「は、恥ずかしいです⋯⋯“スカート”ってこんなに短いものなんですか?」

ファナはかなたの制服を着せられ、しおらしく玄関に立っていた。


「おおっ⋯⋯白ギャルエルフJK爆誕⋯⋯」

大輔は思わずスマートフォンを構え、シャッターを切る。

軽快な電子音が室内に響くと、ファナはぱちくりと目を瞬かせた。


「大輔?何してるんですか?」

「これを撮らずにいられるか!」


横でかなたが腕を組み、ニヤリと笑う。

「ここに未成年者を盗撮してる人がいま〜す」と、楽しそうに声を上げる。


「かなた、やめろ!マジで洒落にならん!⋯⋯ってあれ?ファナって歳いくつなの?」

「ウチと同じくらいっしょ?17、8とか?」


ファナは少し上に目線をやりながら、

「えっと⋯⋯173歳です」


静まり返る空気の中、かなたが呆れたように口を開く。

「⋯⋯えっ?ファナっちさぁ、ボケるにしてもぶっ飛び過ぎじゃ⋯⋯」


ファナは得意気に、

「エルフは寿命が長いので、私なんかまだまだ子供ですよ?」

場が笑いに包まれる一瞬、その中で大輔は気を引き締める。


「いやいや、白ギャルエルフJK撮影会に来たんじゃないって!ファナ、名残惜しいけど、いつもの服に着替えてきて!」

「はい!」


ファナが部屋の奥へ姿を消す。

すると、残された空間に静けさが戻った。


「⋯⋯お兄、また異世界行くんだって?」

かなたの声は、先ほどまでの軽口とは違い、わずかに震えていた。


「うん⋯⋯」

「それってお兄がやらないとダメなの?」

「ダメっていうか⋯⋯たまたまこうなっただけで、俺の意思じゃないんだよ」


「⋯⋯じゃあ、やめちゃいなよ」かなたの目が、大輔を真っ直ぐに射抜く。


「だって、死ぬかもしれないんでしょ?ウチはもう家族がいなくなるのは嫌だよ?ひとりぼっちなんて絶対⋯⋯嫌だよ⋯⋯」


その声は途中で震え、言葉が涙に溶けていった。

俯くかなたの肩が、小刻みに揺れる。

大輔は息を呑み、何も言えなかった。


すると、奥の部屋から、

「大輔は死なせません!」

ローブを身に纏い、着替えたファナが声を上げ、ふたりの前に出て来た。


「かなたさん、大輔のことは任せてください。ちゃんと、またこの世界に帰って来ますから。それに、大輔はすごく強いから、大丈夫です!」


彼女のまっすぐな瞳に、かなたは涙をこらえたまま、じっと見入った。

「ファナっち⋯⋯」


大輔も、自信に満ち溢れた顔をしている。

「かなた、俺には女神様がついてるから大丈夫だ。それに、俺は“勇者”なんだぞ?ちょっとやそっとじゃ死なないって」


かなたは大輔に改めて問う。

「お兄の意思じゃなくても⋯⋯行くの?」

「俺が選ばれたのは、何か理由がある気がするんだ。“とりあえずやってみる”。そしたら、何か分かる気がするんだ」


かなたは少し笑いながら、

「お兄は変わらないね。結果は考えないの。じゃあ、ウチはみんなの分のプリン買って待ってるから。帰って来たら、一緒に食べよ?」

「うん、あのプリンめっちゃうまいからな」


「ファナっちも、ちゃんと帰って来てよ?」

「はい。私もその“プリン”っていう食べ物、食べてみたいので」


かなたは目線をそらしながら、少し顔を赤くする。

「じゃあお兄、いつもの⋯⋯して?」

「あっ、いや、ファナがいるし⋯⋯」

「関係無いよ⋯⋯兄妹なんだから⋯⋯」

かなたは大輔に抱きつく。


大輔は小さい頃から、かなたが不安がるときはいつも抱きしめて、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせていて、それが今でも続いていた。

大輔もいつものルーティンと分かってはいたが、いつもよりぎこちなかった。


「お兄、もっとギュッてして?」

「あ、うん⋯⋯」


それが終わり、大輔がファナに振り返ると、ファナは真顔で首をかしげる。

「大輔、顔が赤いですよ?」

「えっ?いや、気のせいだって⋯⋯」


すると、かなたが笑顔で、

「じゃあお兄、ファナっち、いってらっしゃい!」

かなたの強がりを理解しながらも、大輔とファナは、

「うん、行ってくる」

「はい、行ってきます!」

そう言うとふたりは、かなたの家を後にした。


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