その後、大輔は普段の生活に戻った。
今まで通り仕事をこなし、取引先の人間とのゲーム談義に花が咲き、家に帰り、少しゲームをして、寝る。
あの激闘が夢だったのではないかと思うくらい、自分の世界は波が無かった。
大輔はスマートフォンを新たに契約し、ファナに渡していた。
講師はもちろん、かなた。
数日後、ファナから電話がかかってきた。
「もしもし、ファナ?」
「あっ!大輔の声がする!えっと⋯⋯もし、もし?」
「聞こえるよ、どうしたの?」
「私は元気です。大輔は?」
「うん、元気だよ。かなたと仲良くやってる?」
「はい、すごく親身に色々してくれます」
「そっか、それはよかった」
電話の向こうで、小さく笑うファナの声がした。
「かなたさんに、お箸の持ち方を教えてもらいました。でも、右手と左手がよく分からなくなってしまって⋯⋯かなたさんに“どっちだよ!”って言われました」
「ははっ、かなたらしいな。でも、ちゃんと教えてくれてるんだな」
「はい。あと、昨日“コンビニ”という場所に行きました。お菓子がたくさんあって⋯⋯でも、“ファミチキ”っていうのが一番好きです」
「ファミチキはうまいからなぁ。エルフの舌にも合うんだな」
ふと、画面の向こうから微かな雑音が聞こえた。
「⋯⋯あ、かなたさんが“そろそろ寝なさい”って言ってます。また、電話してもいいですか?」
「もちろん。今度はこっちからもかけるよ」
「嬉しい⋯⋯それじゃ、おやすみなさい、大輔」「おやすみ、ファナ」
──通話が切れたあと、大輔はスマホを見つめて、ふっと、小さく笑った。
現実は、たしかに戻ってきたけれど。
あの世界で繋いだ絆は、こうして今も“続いている”。
ある日──
大輔が仕事で家にいない時間。
ジョルジュはテーブルに頬杖をついて暇そうにしていた。
「依頼、来ませんねぇ。各所に“ジョルジュボックス”を配置しているんですが⋯⋯」
すると、頭の中に声が響く。
「ジョルジュ?サボってんの?」
ジョルジュは勢いよく立ち上がり、姿勢を正す。
「いえ、そのようなことは⋯⋯」
「最初の依頼からどれだけ時間が経った?この世界の時間は“有限”なんだ。大輔のエクストラレベルを上げることは最優先事項だよ」
「⋯⋯はい」
「それなら、早く依頼にこぎつけてほしいな。あと、そっちで何かあれば逐一報告すること。僕がこの世界だけは見えないの、分かってるよね?」
「重々承知しております」
「⋯⋯しっかり頼むよ、ジョルジュ」
そう言い残し、声は消えた。ジョルジュは空気を睨んだ。
(貴方の夢⋯⋯果たして叶うでしょうか)
「ただいまー」その夜、大輔が帰宅し、誰もいない廊下に声をかける。
リビングへのドアを開けると、ジョルジュが佇んでいた。
「勇者様、依頼が来ました」
「⋯⋯また、行かなきゃいけないんだな」
「はい。今回の依頼は、“国の代表として戦ってほしい”というものです」
大輔は鞄を床に置き、ネクタイを外しながら、「国の代表?どういうこと?」
ジョルジュは資料のような紙の束を読み上げる。
「今回の行き先は、東西南北の国が威信を賭けて戦う、『モノマヒア』という“代理戦争”の場です。この戦いによって、国の情勢は大きく左右されるほどの重要なイベントのようです。そして、優勝することが最重要事項となります」
大輔は背広を脱ぎ、ハンガーにかける。
「これまた責任重大な依頼だな。俺が行っても大丈夫なのか?」
「はい。少なくとも私は勇者様を信頼しておりますので」
「そっか⋯⋯ファナも一緒に行ってもいいかな?」
「⋯⋯お任せします」
すると大輔は、ファナに電話をかけた。
「⋯⋯もしもし?大輔?本当に電話かけてきてくれて嬉しいです」
「あぁ、約束したからね⋯⋯あのさ、ファナ、また異世界に行くことになったんだけど、ファナはどうする?」
少しの沈黙のあと、
「私はあのとき、またお供するって言いました。だから大輔、一緒に行きましょう?」
大輔は少し胸が熱くなるのを感じながら、
「分かった、じゃあこれから迎えに行くからちょっと待ってて?」
「はい、待ってます」
電話が切れたあと、大輔はジャージに着替えた。
(この前のスウェット、ボロボロになったからなぁ。動きやすい、汚れてもいい服ったらこれだよなぁ)
大輔はかなたの家に向かう。
かなたの家は、大輔の家から徒歩数分の場所にある。
大輔はかなたと一緒に住んでいた時期があったが、高校入学と共にかなたは一人暮らしを始めた。
ただ、大輔の家の近くに住むこと、定期的に大輔に会うことを条件にしていた。
大輔もかなたの家の鍵を持っているが、あくまで非常用だ。
以前、自宅に帰ったかのように玄関を開けて大目玉を食らったので、それ以来、訪問時はインターホンを押すことにしている。
部屋番号を押し、ピンポンと音が鳴ったあと、何も言わずにオートロックが開く。
そして、玄関前のインターホンを押すとドアが少し開き、かなたがニヤニヤと顔を出す。
「お兄、いいもの見せてやるよ」
「は?いいもの?」
かなたがドアを開けると、そこには──
「は、恥ずかしいです⋯⋯“スカート”ってこんなに短いものなんですか?」
ファナはかなたの制服を着せられ、しおらしく玄関に立っていた。
「おおっ⋯⋯白ギャルエルフJK爆誕⋯⋯」
大輔は思わずスマートフォンを構え、シャッターを切る。
軽快な電子音が室内に響くと、ファナはぱちくりと目を瞬かせた。
「大輔?何してるんですか?」
「これを撮らずにいられるか!」
横でかなたが腕を組み、ニヤリと笑う。
「ここに未成年者を盗撮してる人がいま〜す」と、楽しそうに声を上げる。
「かなた、やめろ!マジで洒落にならん!⋯⋯ってあれ?ファナって歳いくつなの?」
「ウチと同じくらいっしょ?17、8とか?」
ファナは少し上に目線をやりながら、
「えっと⋯⋯173歳です」
静まり返る空気の中、かなたが呆れたように口を開く。
「⋯⋯えっ?ファナっちさぁ、ボケるにしてもぶっ飛び過ぎじゃ⋯⋯」
ファナは得意気に、
「エルフは寿命が長いので、私なんかまだまだ子供ですよ?」
場が笑いに包まれる一瞬、その中で大輔は気を引き締める。
「いやいや、白ギャルエルフJK撮影会に来たんじゃないって!ファナ、名残惜しいけど、いつもの服に着替えてきて!」
「はい!」
ファナが部屋の奥へ姿を消す。
すると、残された空間に静けさが戻った。
「⋯⋯お兄、また異世界行くんだって?」
かなたの声は、先ほどまでの軽口とは違い、わずかに震えていた。
「うん⋯⋯」
「それってお兄がやらないとダメなの?」
「ダメっていうか⋯⋯たまたまこうなっただけで、俺の意思じゃないんだよ」
「⋯⋯じゃあ、やめちゃいなよ」かなたの目が、大輔を真っ直ぐに射抜く。
「だって、死ぬかもしれないんでしょ?ウチはもう家族がいなくなるのは嫌だよ?ひとりぼっちなんて絶対⋯⋯嫌だよ⋯⋯」
その声は途中で震え、言葉が涙に溶けていった。
俯くかなたの肩が、小刻みに揺れる。
大輔は息を呑み、何も言えなかった。
すると、奥の部屋から、
「大輔は死なせません!」
ローブを身に纏い、着替えたファナが声を上げ、ふたりの前に出て来た。
「かなたさん、大輔のことは任せてください。ちゃんと、またこの世界に帰って来ますから。それに、大輔はすごく強いから、大丈夫です!」
彼女のまっすぐな瞳に、かなたは涙をこらえたまま、じっと見入った。
「ファナっち⋯⋯」
大輔も、自信に満ち溢れた顔をしている。
「かなた、俺には女神様がついてるから大丈夫だ。それに、俺は“勇者”なんだぞ?ちょっとやそっとじゃ死なないって」
かなたは大輔に改めて問う。
「お兄の意思じゃなくても⋯⋯行くの?」
「俺が選ばれたのは、何か理由がある気がするんだ。“とりあえずやってみる”。そしたら、何か分かる気がするんだ」
かなたは少し笑いながら、
「お兄は変わらないね。結果は考えないの。じゃあ、ウチはみんなの分のプリン買って待ってるから。帰って来たら、一緒に食べよ?」
「うん、あのプリンめっちゃうまいからな」
「ファナっちも、ちゃんと帰って来てよ?」
「はい。私もその“プリン”っていう食べ物、食べてみたいので」
かなたは目線をそらしながら、少し顔を赤くする。
「じゃあお兄、いつもの⋯⋯して?」
「あっ、いや、ファナがいるし⋯⋯」
「関係無いよ⋯⋯兄妹なんだから⋯⋯」
かなたは大輔に抱きつく。
大輔は小さい頃から、かなたが不安がるときはいつも抱きしめて、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせていて、それが今でも続いていた。
大輔もいつものルーティンと分かってはいたが、いつもよりぎこちなかった。
「お兄、もっとギュッてして?」
「あ、うん⋯⋯」
それが終わり、大輔がファナに振り返ると、ファナは真顔で首をかしげる。
「大輔、顔が赤いですよ?」
「えっ?いや、気のせいだって⋯⋯」
すると、かなたが笑顔で、
「じゃあお兄、ファナっち、いってらっしゃい!」
かなたの強がりを理解しながらも、大輔とファナは、
「うん、行ってくる」
「はい、行ってきます!」
そう言うとふたりは、かなたの家を後にした。