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第15話 実力

「キャーッ!!」

「ダズ兄、助けて!!」

市場の奥から、子供たちの叫び声が響いた。

その声に、空気が一瞬にして張り詰める。

「なんや!どないした!」

ギャレットが走り出す。

反射的に、大輔もその背を追っていた。


狭い通りを抜けた先──

そこには、ダイアウルフが数頭、唸り声を上げて威嚇していた。

牙をむき、子供たちを囲むように地を掻くその姿は、明らかに“街の景色”には不釣り合いだった。


「モンスターが街に下りてくるなんてあり得へん!何があったんや!?みんな!この場から離れるんや!」

ギャレットは腰の双剣を抜き放つ。

その鋭い刃が、太陽の光を反射して閃いた。

大輔も、すぐに身構える。

その手には、“マスターソード”。

と、その瞬間。大輔の目の前に、唐突にウィンドウが現れた。

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「ゆうしゃさま! “かんそう” と こえに だして ください!」

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ジョルジュウィンドウの文字がスムーズに流れる。

大輔は呆れながら、

「やっぱりこの前のはわざとだったんだな⋯⋯かんそう⋯⋯あっ、もしかして“完全装備”の略か?まぁいいや、“かんそう”!」

その声に応じるように、眩い光が大輔の身体を包み込む。

それは、ノエルナ村で“覚醒”したときの姿。

光が収まり、そこに立っていたのは──勇者大輔。

マスターソードとドラゴンタイプの防具が、蒼く輝く。


「うわぁ、なんやあれ!」

「めっちゃかっこええやん!」

緊迫した空気をよそに、子供たちが歓喜の声を上げる。


「これが⋯⋯“勇者”なんか⋯⋯?」

ギャレットはその姿を見て、目を見開く。

「ギャレット!よそ見すんな!子供たちを守るぞ!」

大輔はそう叫び、ダイアウルフの群れに向かって剣を構える。

その姿は確かに──“勇者”だった。

そして、敵に向かって走り出す。


──だが。

「⋯⋯勇者ぁ、舐めてもらっちゃ困るで?」

ギャレットがニヤリと笑い、軽く肩を回すように構えたその瞬間。

鋭い風を裂く音と共に──大輔の目の前で、二頭のダイアウルフが一瞬で断ち割られ、血飛沫が舞った。


「⋯⋯えっ?」

思わず大輔が足を止める。

ギャレットは、二本の剣を構えたまま、地を蹴った姿勢で静止していた。

双剣はすでに、血に濡れている。

「⋯⋯さっき言うたやろ?ワイは商才からっきしでも、“これ”で飯食えてるんや!」

ギャレットは体勢を戻し、双剣に付いた血を振り払う。

「モンスターは保護対象なんやけどなぁ⋯⋯でも、ワイの子らには手ぇ出させへんで?」

口角は上がりながらも、視線は鋭く“獲物”を貫く。


残るダイアウルフが遠吠えを上げると、どこからともなく増援がやって来た。

現れたときよりも頭数が増え、唸り声を上げながら一斉に襲いかかってくる。

大輔も咄嗟に動き、マスターソードを振りかぶる。

「おらあぁぁぁぁ!」


ギャレットが笑った。

「君が一頭殺っとるうちに、ワイが全部片付けたるわ!行くで!“ファニー”!」

右手を伸ばしそう叫ぶと、持っていた、ぐにゃりと湾曲した剣が伸び、ダイアウルフの群れの脚に次々巻き付くように絡まり、動きを止める。

「動いたら脚が飛ぶで?まぁ、これから身体も吹き飛ぶけどな!」

ギャレットは“ファニー”を右手に持ったまま、脚を取られもがく群れに突っ込み、左手に持つもう一方の剣を振り抜く。

「“クイップ”!ツッコミや!」

大衆の視覚に残るのは、ダイアウルフの群れをなぞる剣の軌道だけ。

次の瞬間──群れは次々に宙に跳ね上がり、肉と骨を分断され、地に散った。


「は、速っ⋯⋯人の速さじゃない⋯⋯全然見えなかった⋯⋯」

大輔は驚きのあまり、脱力して口をぽっかりと開けていた。

するとそこに、頬をぷくっと膨らませたファナが駆け寄ってくる。

「だいふけ、わらひのまふぉうれいっほうひまう!」

大輔は前をぼんやりと見たまま、

「⋯⋯ファナ、もう終わったよ」

「ふぇ?もうおわっふぁんれふか?」

そして、ギャレットは端末のようなものをポケットから取り出し、耳にあて、話をしている。


「あー、ワイや。モンスターがワイのシマで暴れとったから始末した。⋯⋯あ?しゃーないやろ!子らが怪我したらどないすんねん!お前しばくぞコラ!さっさと回収班回せボケ!」

ギャレットは苛立ちながら、ポケットに端末をしまう。

そこに、駆け寄ってくる子供たちの足音。

パタパタと地面を蹴る音は、まるで“安心”そのものだった。

「ダズ兄、めっちゃカッコよかったで!」

「ダズ兄戦ってるの初めて見た!」

「ホンマに強いんやな!」


ギャレットは苦笑いしながらも口元を緩め、しゃがみ込むようにして子供たちと目線を合わせる。

「お前ら、怪我無いか?」

その声にはもう、怒りの色はなかった。

むしろ、どこか安心したような響きすらあった。

「うん、大丈夫やで!ありがとうな、ダズ兄!」

子供たちの笑顔が並ぶ。

どれも無邪気で、生きていることそのものが嬉しそうだった。


大輔とファナは、その光景を少し離れた場所から見ていた。

「あいつ、いい奴なんだな」

「ほうれふね」

「ファナ、まだ口に入ってるのか?そろそろ飲み込めない?」

「なかなかかみいえあくて⋯⋯」

まだ頬をぷくっとふくらませながら、懸命に咀嚼しているファナ。

その顔は、どこか幸せそうでもあった。


すると、大輔の目の前に、またジョルジュウィンドウが現れた。

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「ゆうしゃさま そうび かいじょは “だっそう” と こえに だして ください」

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「だっそう⋯⋯あ、脱装ってことか?言葉のチョイスが微妙だけど⋯⋯まぁ、しょうがないか⋯⋯“だっそう”!」

その声に応じて、彼の身体は淡い光に包まれ、重厚な装備がひとつずつ霧のように消え去っていく。

次の瞬間には、いつものジャージ姿に戻っていた。


──非日常の幕がひとまず下りた、その余韻の中。

ギャレットがポケットからまた端末を取り出し、短く何かを話している。

「⋯⋯分かった。これから向かう」

振り返った彼の目は、どこか真剣な光を宿していた。

「首相からの呼び出しや。今の件、もう耳に入ったらしいわ。ワイも君らも対象や。ほな、行こか」


その言葉に、ファナがふと何かを思い出したように小さく声を上げる。

「あっ、ご飯のお金払ってないです⋯⋯」


ギャレットは歩き出しながら、ちらと笑う。「ワイの奢りでええで?君らにはええもん見せてもろたしなぁ」

少しだけ首をかしげたファナが、はにかんだように礼を言う。

「あ、ありがとうございます⋯⋯」


ちょうどそのとき──食堂の扉が開き、小さな足音が石畳を駆けてくる。

「ねぇちゃん、もう行くん? うちのご飯、どうやった?」

その声に振り返ったファナは、しゃがんで目線を合わせた。

「とっても美味しかったです!ありがとう⋯⋯頑張ってね」

その言葉に、女の子はぱぁっと顔を輝かせ、ファナに飛びつくように抱きついた。

ファナも驚きながら、その小さな体をそっと抱きしめ返す。

「いい匂い⋯⋯柔らかい⋯⋯女神様みたいや⋯⋯」


女の子から、ぽそりとこぼされたその言葉は、風に乗って、空に溶けていった。

ファナは少し照れたように微笑み、女の子の髪をそっと撫でる。

その横顔を見つめていた大輔は、ふと我に返る。

──胃袋が空っぽのままだ。

(また食いそびれた⋯⋯ノエルナ村ではパン、ここでは選び放題だったのに⋯⋯)

大輔はずるりと肩を落とし、小さく唸るように腹の虫が鳴く。

ため息をつきながら、とぼとぼとギャレットの後を歩き出した。


その横で、ファナは軽く振り返り、小さく手を上げる。

「また、ご飯食べに来ますね!」

声に応えるように、女の子は顔を輝かせた。

「うん、約束やで!」

その笑顔は、太陽に負けないくらい、まっすぐで眩しかった。

ファナが背を向けて歩き出しても、女の子はその場を動かず、精いっぱいの力で手を振り続けた。

──見えなくなるまでずっと。



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