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第17 話 ヤスとキヨ

官邸の扉が開くと、雰囲気は一変した。

白と深い木目の壁。

無駄な装飾はなく、静まり返った廊下が奥へと伸びている。

外の華やぎとは真逆の、実務的で質素な空気。


「⋯⋯もっと豪華なのかと思ってた」

大輔がぽつりと漏らす。

「外見着飾るんはこの国の得意技や。首相は応接室におるで。こっちや」


ギャレットが先導しながら、歩調を緩めず案内する。

廊下を抜け、やがて三人は一枚の扉の前に立つ。

重厚な木製の扉には、真鍮の取っ手と、小さな名札が添えられていた。

ギャレットは立ち止まり、三本の指でコンコンコン、と扉を三度叩く。


「ダズ・ギャレット、参りました」

静かな宣言──その直後。


「ギャレット!ちゃんと“アレ”言わんと!怒るでしかし!」

扉の向こうから、地鳴りのような声と共に、飛び出す関西弁。


大輔は思わず反応する。

「⋯⋯怒るでしかし?」

表情に “今なんて言った?” という戸惑いがにじみ出る。


ギャレットは一度頭を掻いたあと、諦めたように、ため息をつく。

「⋯⋯メガロフォス共和国国境警備隊本部統括隊長兼、メガロフォス共和国治安維持及び外敵対策本部特別顧問兼、 非常災害緊急対処評議会外部参与、ダズ・ギャレット、参りました」

「長いわ!全然覚えられへんねん!はいりなはれ!」


大輔は少しだけ、尊敬の眼差しを向ける。

「よく覚えられたな⋯⋯」

「このくだりは毎回やらされるんや。嫌でも覚えるわ」

ギャレットはまんざらでもない表情で扉を押し開ける。

その先に広がっていたのは、広々とした室内と柔らかな光──


そしてその中央、意外な姿が目に飛び込んできた。

小さな白い毛むくじゃらの生き物が、まるで自分が登場するタイミングを待っていたかのように、三人の前にぴょんと現れた。

ふわふわとした二足歩行の体、丸い耳が愛らしく、すぐにファナの目を引いた。


「わぁ!もふもふで可愛いです!」

ファナは嬉しそうにしゃがみ込み、手を差し出して頭を撫でた。

生き物は気に入ったのか、すり寄りながら、嬉しそうに「ムー!ムー!」と鳴く。

その可愛らしい声に、大輔もファナの横にしゃがみ込んだ。

「もしかして、これがムームーか?」

「そうや。この国の固有種のモンスターや」


ムームーはファナの手を軽く舐め、またすり寄りながら、あたかも自分が大事にされていることを確かめるように、ファナの足元をぐるぐる回っていた。

その様子に、三人の顔にも自然と笑みがこぼれる。


するとそこに、

「おいコラ!ワシに会いに来たんちゃうんか!それ、ワシちゃうぞ!」


叫んだ声は、妙に耳に残るクセになるテンションだった。

その声の方を向くと、オールバックに眼鏡をかけた男が立っていた。

細い目が三日月のように笑い、着ているスーツはやけにピシッとして、どこか華奢な印象を受ける。


「⋯⋯やっさん?」

大輔は、無意識に心の奥から何かが引き出されるように呟いた。

「お?兄ちゃん、ワシのこと知っとるんか?異世界でも人気者っちゅうことかいな!」


男は勢いそのままに近づいてきて、足元のムームーを蹴飛ばしそうになる。

「あっぶな!ムームー、どこ見とんねん!」

本気のツッコミをかましながら、大輔の目の前に立ちはだかる。


「兄ちゃんが“勇者”なんやって?ウチのダンジョンに穴開けたらしいやないか。⋯⋯どういうつもりや?怒るでしかし!」


男は眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、ギラリと凄んできた。

その視線は、まるで物理的に額を押されるような圧をともなっていた。


「い、いや⋯⋯遺産だとは知らなくて⋯⋯申し訳ありませんでした!」

威圧に耐えきれず、大輔は素直に直角に腰を曲げ、頭を下げる。

それを見たファナも、慌てて一緒に頭を下げた。


「勇者はん、素直でよろしい!」

部屋の奥から、別の声がした。

現れたのは、七三分けにギョロっとした目をした男。こちらもスーツ姿だ。


大輔が顔を上げる。

「⋯⋯きよし師匠?」

「勇者はん、ワシのことも知っとるんか?」

男は眉を吊り上げながらも、口元にはうっすら笑みを浮かべている。

どうやら、ちょっと嬉しいらしい。


「いや、俺の世界にそっくりな人たちがいるから、つい声に出ちゃって⋯⋯」


すると、眼鏡の男が声を張り上げる。

「それはドッペルゲンガーっちゅうやつやな!」

「何、覚えたてみたいに言うてんねん」

ギョロ目の男が眼鏡を掴んで投げる。

「メガネメガネ⋯⋯」

地面に這いつくばり、眼鏡を探している。

「見えとるやろ、はよ拾ってこいや!」

眼鏡の男は、迷いなく一瞬で眼鏡を拾い、かけ直した。


(YouTubeで見た漫才みたいだ⋯⋯すげぇ⋯⋯)


大輔はそのやり取りに一瞬感動したが、すぐに我に返る。

「ギャレット⋯⋯首相って、もしかして⋯⋯」

「せや。目の前におるふたり──ヨコヤス氏とニシキヨ氏が、この国、メガロフォス共和国の首相や」

「首相が⋯⋯ふたり?」

「この国の法律では、首相の人数に上限はないんや。⋯⋯まぁ、実際に三人以上になったことは一度もないんやけどな」


すると、ニシキヨが一歩前に出て、改めて名乗る。

「私はメガロフォス共和国首相、ニシキヨと申します」

「ワシが同じく、ヨコヤスや」


ギャレットも続けて、

「そういえば、ワイも名乗ってへんかったな」

すると、大輔が少し意地悪そうに、

「ダズ・ギャレットだろ?もう分かってるから大丈夫。それとも、また肩書き言うか?」


それにヨコヤスが食いつく。

「おぉ、それええなぁ!」


ギャレットはすかさずツッコミを入れる。

「なんでやねん!もうええわ!」


大輔はクスクスと笑ったあと、

「じゃあ、俺も──俺は田中大輔って言います」

ファナはムームーとじゃれ合いながら、

「私はファナです」


自己紹介が終わると、ニシキヨが真顔で口を開いた。

「勇者はん、早速やけど──面接や」

「⋯⋯面接?」

「君がこの国の代表として“モノマヒア”に出場するのに相応しいか、ちょっと確認させてもらうで」


ギャレットが反論する。

「師匠、面接なんかせんでもええんちゃいます?タナカは絶対戦力になりますって。勇者に代表になってくれって言ってたんちゃうんですか?それに──優勝すれば、この国はもっとええ国になります!」


大輔はまたしても既視感⋯⋯いや、既聴感を感じる。

(関西弁の田中呼び、タイキックが飛んできそうだな⋯⋯ってかギャレット、ちゃっかり俺を西の代表にしようとしてるな⋯⋯)


ニシキヨは、やわらかく諭すように答える。

「でもな。確かめなあかんことが、あるんや」


そして、

「ダイスケはん。──ほな、ボケてくれ。」「⋯⋯えっ?」


一瞬、部屋の空気が止まった気がした。

大輔は、真顔のままフリーズする。


「ウチは“笑いの国”やからな。代表になるんは、それ相応の“お笑い力”が求められるんや」


ヨコヤスは革張りのソファに座りながら、煙草の煙をくゆらせ、神妙な顔で頷く。


ニシキヨは続ける。

「芸は国技や。モノマヒアに出るモンには、その国の誇りを背負ってもらわなあかん。つまり──笑いの質が問われるっちゅうことやな」


ギャレットは真顔で言い放つ。

「⋯⋯それが、メガロフォスの“文化”や」


部屋の空気は、真剣なのかふざけているのか、境界が一瞬あいまいになった。

大輔はゆっくりと、ギャレットの方を見やる。

「なあ、ギャレット。今、冗談じゃなくて“本気”で言ってる?」

「当たり前や。死活問題やぞ?」

即答。


(何なんだこの国⋯⋯常識が分からなくなる⋯⋯

)大輔の脳裏に、ふと、ノエルナ村での出来事が走馬灯のように駆け巡る。

そこには緊迫した命のやり取りがあった。

(真剣勝負で笑いの質⋯⋯?この前、そんなもんあったか?)


──そして今、目の前のハードルは「ボケろ」だった。


大輔は右手で頭を抱えながら、

「⋯⋯俺、命賭けで戦ってきたんだけど⋯⋯」


すると、ヨコヤスは笑いながら、

「せやろな。せやけど、命賭けて“スベったら”どうなるか、分かるか?」

煙草の煙を吐き出し、続ける。

「ウチでスベることは、“死”や。せやから、ウチの代表がスベったら、それはこの国がスベって死んだんと同じや。ワシらの面子も、名誉も、全部地に落ちる。モノマヒアではな、“剣の一閃”も、“間の取り方”も、スベったら命取りなんや」


大輔は言葉を返せなかった。

そして、ニシキヨがボソッと声を漏らす。

「ダイスケはん、ボケれんのんか?」

少しの間、沈黙が続く。

ニシキヨの目を見開いた眼力と、おちょぼ口がプレッシャーをかける。

大輔は、戦いと笑いがどうしてもリンクしなかった。


「⋯⋯すみません。俺は、力になれないと思います」

「そうか⋯⋯なら、ダイスケはんをウチの代表に据えるんは無理やな」


そのとき、ギャレットは顔を伏せながら、大輔の正面に立った。

大輔の両肩を、手を震わせながら握る。

上げた顔は、鬼気迫るものだった。

「おいワレ!何もせんと諦めるんか?ワイの子らの顔見たやろ!ここで恥かいても何かしら見せようって度胸は無いんか!」


大輔は揺さぶられ、肩に痛みを感じながらも、一切ギャレットの顔を見ないまま、

「ごめん、ギャレット。お前の気持ちに寄り添いたい気持ちもある。今のやっさんの話を聞いて、俺には戦いに於いての“笑いの質”や“スベる”感覚が理解出来ない。それに──スベらない保証が無い。⋯⋯だから、この国の代表にはなれないって思った」

「⋯⋯チッ!」

ギャレットは舌打ちをして、大輔を突き放すように押し、応接室を出て行った。

ギャレットの行方を見届けたあと、ニシキヨは言う。


「ダイスケはん、あんさんは他の国の代表になるかもしれん。せやから敵同士や。でも、他の国の国家元首には、あんさんがこの世界におることを伝えておいたで。馬車も手配しといたから、それに乗って他の国の使いと落ち合ったらええ」


大輔は困惑の表情を浮かべる。

「どうしてそこまで⋯⋯」


背を向けるニシキヨ。

「この世界、まだ分からんことだらけやろ?最初で最後の“餞別”や。健闘を祈るで、“勇者”はん」

ヨコヤスは煙草を灰皿に押し付けながら、

「ホンマにキヨはお人好しやな。おい勇者、せいぜい頑張りや。この世界には癖の強い奴ぎょうさんおるからな。覚悟しとき」

そう言い放つと立ち上がり、ニシキヨの後を追う。

ニシキヨとヨコヤスが部屋を出ようとしたとき、ニシキヨが、

「せや、ダンジョンの件とモンスター討伐の件も、水に流したるわ。次は無いで?」


そう言うと、ふたりは応接室を後にした。



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