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第2話 陰謀の序曲と公爵令嬢の決意

 王宮の舞踏会場で衝撃的な「婚約破棄宣言」が行われた翌朝、エルフィンベルク公爵家の当主ルドルフ・エルフィンベルクは、いつにも増して早く執務室に姿を見せていた。公爵家の館は王都の中心部からやや離れた位置にあるが、それでも貴族の中では随一の広大な敷地を誇り、建物の格式も王宮に次ぐほどに重厚だ。そこに暮らす公爵一家はもちろんのこと、多数の使用人や侍女、そして顧問の学者や武官たちが出入りしている。


 執務室は、緋色の絨毯が敷かれた厳かな空間で、壁には歴代エルフィンベルク公爵の肖像画が掛けられている。奥の窓辺からは朝の陽光が射し込み、書類や帳簿が並ぶ大きな机の上に柔らかな光と影を落としていた。ルドルフ公爵は既に机に向かい、パイルのように積まれた書類に視線を落としているが、その表情には険しさがにじむ。


 その隣には、公爵夫人であるマリア・エルフィンベルクの姿があった。彼女は金糸を織り交ぜた上質なドレスを身につけているが、いつもの落ち着いた雰囲気とは打って変わって、その瞳には明らかな怒りの光が宿っている。さらに執務室の片隅には、シルフィーネが心を許す乳母のひとりであるフロランス夫人や、公爵家の法務顧問を務める初老の紳士ラグナル・ヴァイセラー、その助手の数名が待機していた。


 ――きっかけとなったのは、昨晩シルフィーネが受け取った手紙。差出人はライオネル・グラント本人であり、そこには婚約破棄に関する一方的な「条件」が並べ立てられていた。詳細を読めば読むほど、公爵家にとっては不当どころの話ではないほどの侮辱的内容である。まるで、シルフィーネの側に全責任があるかのように書かれている上、賠償金や持参金の放棄はもちろん、ライオネルが「精神的苦痛を受けた」として公爵家に大金を支払わせようと目論む条文まで添えられていた。


 ルドルフ公爵はその書状を掴み、机の上に乱暴に叩きつける。深い紺色の瞳に怒りが燃え上がっているのを、周囲の者たちははっきりと感じ取った。


「ふざけている……! こちらが婚約破棄を言い渡したわけでもないのに、まるでこっちが原因だとでも言わんばかりだ。娘を侮辱した上に、今度は賠償金を支払えとは……!」


 公爵夫人マリアも、かぶりを振る。普段の彼女であれば、どんな場面でも冷静さを失わない賢婦人だが、今回ばかりは激昂を押し隠せず、その声は震えていた。


「私たちがあの場で公に恥をかかされたというのに、なぜ向こうが被害者面をするのか……! しかも、噂によれば、ライオネルは王室の一部にも根回しをしているようです。王家の“仲介”という名目で、自分たちに有利な裁定を下させるつもりでしょう」


「確かに。やつは王族の甥という立場を悪用し、王宮の一部高官を買収でもしているのかもしれん。第一、グラント侯爵家がこれほど露骨な手を打つとは……以前はそこまで愚かな家柄でもないと思っていたが」


 ルドルフ公爵は大きく息をつき、額に手をやった。彼の頭の中には、さまざまな可能性と対策が巡っているはずだ。公爵家としての名誉を守るためには、下手に王家に喧嘩を売るような真似は避けたい。一方で、相手の言いなりになれば、公爵家の威信は地に落ちるだけではなく、シルフィーネ自身もこれから先ずっと“不名誉な婚約破棄をした女”のレッテルを貼られかねない。


 この問題は、単にライオネルとシルフィーネという「当事者同士」の衝突では済まない規模に発展していた。両家の名誉、そして国王からの信頼をも動かしかねない重大な政治問題でもある。


「……ラグナル顧問。あなたの見解はいかがでしょう。法的観点から見て、あの書状の内容は到底受け入れられるものではないと考えますが」


 ルドルフ公爵が向けた問いに、白髪混じりの髪を短く整えたラグナル・ヴァイセラーは静かに頷く。彼は長くエルフィンベルク家の法律顧問を務めており、膨大な知識と経験を持つ。


「はい、公爵様のおっしゃる通りです。第一に、今回の婚約は“正式な契約”として両家間で書面を取り交わしておりましたね。その内容には、“破棄を申し出た側”が賠償金を支払う――と明記されております。これは慣習法としても一般的であり、我が国の貴族社会でも広く認められている規定です。従って、破棄を宣言したのはライオネル様、つまりグラント侯爵家の方である以上、本来はあちらが支払う義務を負う立場にあるはず」


「そうでしょうとも。むしろ、こちらが賠償を求める権利がある」


 公爵夫人マリアが厳しい口調で言葉を継ぐ。ラグナルは続けるように、咳払いを一つした。


「ところが、今回の書状はそれを逆手に取り、“実際はシルフィーネお嬢様の方が結婚を拒んだ”と主張しているようなのです。つまり“シルフィーネが『子供だから結婚できない』と言い出した”といった形で、事実を捻じ曲げようとしているのでしょう」


「……まったく、あの場に居合わせた貴族たちが、ライオネルの発言を聞いていたというのに」


 ルドルフ公爵は顔を顰め、再び机を軽く叩く。事実は王宮の大広間で多くの貴族が見ている。ライオネルが「子供っぽい女は嫌だ」と言い放ち、一方的に婚約破棄を宣言したのは周知の事実のはずだ。しかし、その貴族たちが素直に証言をしてくれるかどうかは別問題――何しろ、ライオネルは王族の甥。彼に近い立場の者たちからは、簡単に口を封じられる可能性もある。


「ライオネル様は、王家やその取り巻きの貴族たちに“シルフィーネ令嬢が自分で婚約を嫌がった”と吹き込んでいるのでは、と推測できますね。あるいは、シルフィーネお嬢様に“何らかの問題がある”と誹謗中傷している可能性もあります」


 ラグナルの言葉を受け、公爵夫人は不快感を露わにした。


「問題がある、ですって? 具体的にはどんな噂を流しているのかしら。まさか、“身体的に何か欠陥があって結婚が難しい”などと……」


「……そこまで悪質なデマが流れ始めるかもしれません。それこそ、シルフィーネお嬢様が“幼い外見から察するに、成人女性としての能力に問題がある”などと牽強付会なこじつけをする連中もいるでしょう。実際、貴族社会はそういう噂に敏感です」


 シルフィーネの母マリアは、その懸念に顔を曇らせた。娘のことを誰よりも案じている母親にとって、それは耐えがたい話だ。シルフィーネがどれほど品性と知性を兼ね備え、家庭を築くうえでも立派に役目を果たせる女性であるかなど、少し関われば誰でも分かるはず。それを“一方的なデマ”で貶められるなど、怒りしか感じない。


「しかも、あのアメリア・フォン・ローゼリックが背後で糸を引いている可能性が高い。彼女の実家は財政難と聞くが、このままうちとのトラブルを利用して金銭を得ようとしているのかもしれない」


 ルドルフ公爵の言葉に、マリアもうなずく。ローゼリック伯爵家は借金まみれだという話だが、最近になって妙に社交界で派手なパーティを開いたり、高価なドレスを新調したりしていると耳にする。おそらく、ライオネルが資金援助をしているのだろう。だが、それだけでなく、シルフィーネを貶めることで何らかの利益を狙っている線は捨てきれない。


「わたくしとしては、シルフィーネの婚約が破棄されるのは、もう仕方ないと受け止めています。あのような人と縁続きになることを思えば、むしろ清々する部分もありますから」


 マリアが言い放つと、ルドルフ公爵はほぼ同意の表情を見せる。そもそも、ライオネルの“本性”があのような形で露呈した以上、娘の将来を託すに値する相手ではない。むしろ、今の段階で破談になった方が娘にとっては幸いかもしれない――それが二人の共通見解だ。


「問題は、あちらがこの破談を利用して、われわれから金を毟り取り、さらにシルフィーネの評判を落とそうとしている点だ。そこは絶対に許せない」


「まったくですわ……。この件は、わたくしどもだけでなく、娘にも辛い思いをさせることになりますもの。あの子がこれから先、社交界で“子供すぎて婚約を破棄された女”などと揶揄されるのも目に見えております」


 マリアは唇を噛みしめる。母としては、娘の将来を守りたい一心だ。シルフィーネはまだ若いが、いずれはもっと成長して美しく、才気あふれる淑女になるだろう。その道を邪魔するような汚名を着せられるなんて、絶対に看過できない。


「……大丈夫ですよ。私は“子供だから結婚できない”なんて、ちっとも思っていませんから」


 そこへ、ひそやかな声が響いた。執務室の扉が少し開き、顔を出したのは当のシルフィーネ本人だった。いつも通り、淡い色合いのワンピースに身を包み、背中まで届く金の髪をきちんとまとめている。目は多少の疲れを感じさせるが、それでも凛として落ち着いた様子だ。


「シルフィーネ……休んでいなさいと言ったでしょう。まだ昨日の疲れもあるでしょうに」


 マリアが娘を気遣うように促すが、シルフィーネは微笑んで首を振った。


「ありがとう、母様。でも、私も当事者ですから。これ以上ライオネル様たちの好き勝手にされるわけにはいきません。父様と母様だけにお任せするのは申し訳ないので、私も一緒に対策を考えたいのです」


「……お前は、本当に強くなったな」


 ルドルフ公爵は娘の姿に目を細める。まだ十六歳という若さで、子供っぽいと馬鹿にされる外見かもしれない。それでも、その内面には確かな意志と知性が宿っている。あの王宮の大広間で、ライオネルの無礼千万な振る舞いを冷静に受け返した姿は、多くの貴族が高く評価していたと聞く。


 シルフィーネはお辞儀をしてから、ラグナルやフロランス夫人にも視線を送り、にこやかに挨拶をした。フロランス夫人は「お嬢様……ご無理はなさらないで」と心配そうにしているが、シルフィーネは穏やかな微笑みで応じる。


「ありがとう、フロランス。大丈夫よ。とにかく今は、ライオネル様たちの仕掛けを正面から受け止めるしかないわ。まずは向こうがどう動くのかを見極めて……それに対抗する準備をする」


「そうですね。……昨日の書状の内容を考えると、間違いなく相手は王家の仲介を利用して、シルフィーネお嬢様に“不利な条件”を押し付けようとしているでしょう」


 ラグナルはそう言いながら、書状のコピーを開いてみせた。中央には「グラント侯爵家は、王家の公正なる判断を仰ぎたい」といった文言が並んでいる。しかし、“公正なる判断”と謳いながらも、事実上はライオネル側に有利になるよう仕向けられているのは明らかだ。


「ならば、私たちも王家に正式に掛け合うべきだろうな。陛下のお耳に直接入る形で、真実を報告する必要がある」


 ルドルフ公爵はそう断言し、机の上の書類を手に取る。すでに、彼は王家内で信頼できる高官数名に連絡を取り、非常手段を講じる可能性まで含めて検討を始めていた。だが、ライオネルは国王の甥という立場を持っているゆえ、下手に動くと「王族への反逆」と捉えられる危険がある。そこが難しいところだ。


「ただし、私たちだけの力では王家の判断を左右するのは難しいでしょう。グラント侯爵家には、同族として助力する王族や貴族が少なからずいると聞きます。対抗するには、こちらも彼らの“陰謀”を暴くような材料が必要かもしれません」


 ラグナルの指摘は尤もだ。エルフィンベルク公爵家とて、王家とは深い繋がりを持つが、ライオネルが“王族の血筋”を誇示するのは大きな脅威となる。なにより、国王が事なかれ主義で、もし「両家の折衷案」を取ろうとしたとき、相手の工作次第では公爵家に理不尽な負担を強いられる可能性がある。


 シルフィーネは、机の端に並べられた書類や資料に目を通しながら、何かを思い出すように口を開いた。


「……そういえば、ローゼリック伯爵家の借金については詳しく調べられないでしょうか。アメリア様の実家が相当厳しい財政状況にあるという話は聞いたことがあるんです。でも、いつの間にか社交界で贅沢をしているという噂もある。そこにライオネル様やグラント侯爵家が絡んでいるのなら、何らかの不正行為があるかもしれません」


 それは、シルフィーネが昨夜、考えながら眠りについた時に思い浮かんだ仮説だ。もしローゼリック伯爵家が借金を抱えているのに、急に資金を潤沢に使えるようになったのだとすれば、その金はどこから来たのか。単純にライオネルが自腹を切っただけではなく、別の方法で工面している可能性がある――例えば、国や貴族たちの資金を横領したり、不正な取引によって得た金だったり。


「なるほど。もし、それが違法なルートを通じて得た資金であるならば、彼らを一網打尽にする糸口になるかもしれませんね」


「ええ。アメリア様が私を強く恨んでいるように思えるのも、理由があるはず……。ただの恋愛感情のもつれというよりは、ローゼリック家が生き残るために、私を排除する必要があったのかもしれません」


 こうして話していると、シルフィーネはあの夜の出来事――すなわち、アメリアに階段から突き落とされて意識不明の重体になった“未来”を思い返す。もっとも、今はその未来へ直接結びつく展開ではないものの、彼女の悪意は確かに感じられる。冷静に見れば、アメリアには「シルフィーネが邪魔」というはっきりした動機があるのだ。


「私が昨日、アメリア様に挑発を受けた時の表情……あれは、単に私を見下しているというだけじゃなく、本当に“邪魔者を排除してやる”という意思を感じました。もし彼女が、ライオネル様と組んで更なる陰謀を巡らせているなら、こちらも警戒を怠ってはならないと思います」


 シルフィーネはそう結論づけると、公爵夫人マリアも同じ考えを示す。


「仰る通りね。あの女性は自尊心が強く、非常に嫉妬深い。ライオネルと結婚できる見込みが出た今、余計に警戒した方がいいでしょう。……とにかく、まずはライオネルから送られてきた書状への正式な回答を作りましょう。そして同時に、ローゼリック伯爵家の財政や関連の動きを洗いざらい調べる。ラグナル、手配をお願いできますか?」


「承知いたしました、公爵夫人。できる限り迅速に調査を進め、証拠になりそうなものがあれば押さえます。公爵様の威光をもってすれば、ある程度の記録や情報は入手できるはずです」


 ラグナルは恭しく一礼し、部下たちとともに執務室を後にする。これで、エルフィンベルク家は本格的に対策を打ち出すことになるだろう。まだどのような証拠が出てくるか分からないが、何もしないでいるよりは遥かにましだ。


 ***


 一方その頃、王宮の一角では、ライオネル・グラントが密かに笑みを浮かべていた。王宮の庭園に面した小さなサロンのような部屋――そこには、重厚なカーテンが閉ざされ、時折ランプの灯りが微かな光を投げかける程度である。朝の時間帯にもかかわらず閉め切られた空間は、どこか陰鬱でありながら、蠱惑的な雰囲気を醸し出している。


 彼の傍らには、例のアメリア・フォン・ローゼリック伯爵令嬢がいた。水色のドレスから一転、今日は紫を基調とした艶やかなドレスを身にまとっている。その豊満な胸元や滑らかな肩のラインは、男を挑発するかのように大胆に露出しており、香り高い香水がほのかに漂っていた。


「ライオネル様。昨日のあの場での宣言、なかなか胸がすく思いでしたわ。まさか、あれほどあっさりとシルフィーネ令嬢が受け入れるとは思いませんでしたけど」


 アメリアは、妖艶な笑みを浮かべながら言う。しかし、その声には微かな苛立ちも混じっていた。おそらく、シルフィーネがもっと取り乱して恥をかく様子を期待していたのだろう。ところが、彼女は驚くほど冷静に対応し、エルフィンベルク家を貶める隙をあまり与えなかった。


「そうだな。俺としては、もう少し大騒ぎになって“あいつが幼稚で感情的だ”と周囲に印象付けられればベストだったが……とはいえ、これで公の場での婚約破棄は成立したも同然だ。あとは、王家に働きかけて“シルフィーネの方が悪い”という既成事実を作ればいい。そうすれば、エルフィンベルク家も大きくは動けないだろう」


 ライオネルは気怠げにソファに身を預け、手にしたワイングラスを軽く傾ける。アメリアは隣に腰掛けると、その首筋に手を回し、甘えた仕草で寄り添った。


「王家の判断を仰ぐ形にしてしまえば、公爵家といえども逆らいにくい……。貴方の言う通り、これで勝負は私たちのものですわ。エルフィンベルク家は伝統ある名家だけど、いくらなんでも“王族の甥”であるライオネル様に刃向かうのは難しいはず。……それにしても、あのかわいらしいお人形さんみたいな娘が、あなたの邪魔になるなんて笑止千万。やっぱり貴方には、この私のような“大人の魅力”が必要ですものね」


「はは、そうだな」


 言いながらも、ライオネルの瞳には微妙な影が差していた。外見は確かにアメリアの方が成熟しており、いわゆる“女としての魅力”を大いに感じさせる。だが、シルフィーネにはまた別種の魅力があるのも事実だ。かつては“あの子がいつか大輪の花を咲かせるだろう”と期待していた自分を思い出し、少し胸がざわつく。


(とはいえ、今さら戻るつもりはない。エルフィンベルク公爵家の権勢を利用しようと考えていたが、あいつが大きくなる前にこっちが先に動いただけだ。どのみち、昔の俺が言った甘い言葉など、すでに捨て去ったものだ)


 ライオネルはそう自分に言い聞かせると、アメリアの顔を覗き込む。彼女の目は欲望に満ちており、まるで虎視眈々とライオネルとその地位を手に入れようとする野心が感じられた。ローゼリック伯爵家の借金を返済するためには、グラント侯爵家や王家の力を利用しなければならない。彼女は今、まさにそのチャンスを手に入れたのだ。


「もっとも、エルフィンベルク家は黙ってはいないかもしれないが……まあ、その点は心配ない。伯父上――つまり、国王陛下の弟であるロドリゲス公爵が“うまく動いてくれる”ことになっている。俺のためなら、多少のことは目を瞑ってくれるだろうよ」


「まあ、心強いですわ。ライオネル様は王族の血筋とはいえ、どうやら現在の国王陛下とはそこまで親密でもないと聞きましたけど……ロドリゲス公爵が味方してくれるなら大丈夫ね」


「ああ、俺は国王陛下と直接にはそれほど親しくないが、その弟君であるロドリゲス公爵との繋がりはある。ロドリゲス公爵は、兄王が亡くなった後を狙って色々と画策しているらしいが、俺はそこに加担しているわけではない。ただ、“親族同士の助力”という名目で手を貸してもらうだけさ」


 そう言ってライオネルは含み笑いをする。アメリアは楽しげに微笑みながら、ライオネルの胸元に頬を寄せた。二人の視線が絡み合い、何やら妖しげな企みが進んでいるかのようにも見える。


 (グラント侯爵家はこうして王族の影響力を使い、公爵家を貶めようとしている……。彼らに正義などない。ただ、自らの欲望と利害に従って行動しているだけ――)


 エルフィンベルク公爵家にとって、この脅威を跳ね返すのは容易ではないだろう。しかし、シルフィーネもまた、自分の矜持と家名を守るために闘う決意を固めた。そうとも知らず、ライオネルとアメリアは“政略”や“金銭”の話を続け、薄暗いサロンで不気味な笑みを交わしていた。


 ***


 いっぽう、エルフィンベルク公爵家では、さっそく具体的な行動が始まっていた。シルフィーネが中心となって情報収集を行い、ローゼリック家の借金の現状や、ライオネルがどのような資金の流れでそれを肩代わりしているのかを探ろうとしている。彼女には交友関係こそ広くはないものの、使用人や侍女、あるいは他の貴族令嬢たちとのやり取りを通じ、地道に情報を集める手段があるのだ。


 シルフィーネは自室の机に向かい、手元のメモに書き込んでいた。そこには、ローゼリック家の過去の借金額や噂、さらにアメリアの社交界での行動履歴などが箇条書きされている。

 この数日でアメリアが新たに誂えたドレスの数、宝石の購入先、舞踏会や茶会に出席した回数――いずれも莫大な費用がかかるはずだが、伯爵家が借金を抱えているという現状と矛盾している。どこかから資金が流れ込んでいるのは明白だ。


「これを裏付ける証拠が見つかれば、ライオネル様とローゼリック家が不正な金銭のやり取りをしている可能性が高くなる。そうなれば、王家に対しても一石を投じられるでしょう」


 ひとりごちたシルフィーネの声には、疲労感よりも闘志の色が濃い。同じ部屋にはフロランス夫人がいて、娘の頑張りを少し心配そうに見守っている。

 フロランス夫人は、かつてエルフィンベルク家の乳母としてシルフィーネを育てた女性で、今もなお家族同然に慕われている人物だ。


「お嬢様、少しはお休みにならないと。お顔が青ざめていますよ」


「大丈夫よ、フロランス。ただ、早く手を打たないと、ライオネル様たちの方が先に王家に嘘を吹き込んでしまうかもしれない。そうなれば、こっちが反証するのは難しくなるもの」


「ですが、あまり無理をして体調を崩しては元も子もありません。いざという時に戦うためにも、お身体は大切にされてくださいね」


「ありがとう、気をつけるわ。……そうね、少しお茶でもいただきましょうか。フロランス、お願いしていいかしら?」


「もちろんです、お嬢様」


 フロランス夫人はにこりと微笑み、使用人にお茶の用意を指示するために部屋を出ていく。シルフィーネは一息つくと、手元の紙をじっと見つめた。書き込みが増えすぎて何が何やら分からなくなりそうだが、それでも彼女は諦めない。この努力がいつか実を結び、グラント侯爵家の不正を暴く材料になるはずだ。


 ***


 同じ頃、ルドルフ公爵とマリア夫人も動いていた。王家の高官たちへの根回しや、他の有力貴族との連携を図り、ライオネルの暴挙を正面から阻止しようとしている。中でも信頼を寄せられるのは、エルフィンベルク家と古くから友好関係にあるロムウェル・ヘスティア公爵家だ。彼らもシルフィーネに同情的であり、グラント侯爵家の動きに疑念を抱いているという。


 さらには、近隣諸国の王太子や外交官とのパイプを使い、エルフィンベルク家の動きを支援してくれそうな国際的な勢力にもコンタクトを取る。これは万が一、国内の王家や貴族に取り囲まれた場合の「逃げ道」を確保するためでもある。公爵夫人マリアの機転によるところが大きく、彼女は若い頃に社交界で培った広い人脈を活かしていた。


「最悪の場合、国王陛下自らがグラント侯爵家を擁護してくることも考えられます。ですが、エルフィンベルク家は国の経済を支える重要な大貴族……簡単に潰されるわけにはいきません」


「ええ。それに、この国王陛下はそこまで強権的な方ではない。むしろ、王家の身内が争いを起こすことを嫌う傾向にあります。こちらが慎重に動けば、陛下も無理に踏み込むことはないかもしれない」


 ルドルフ公爵とマリア夫人は、夕刻の書斎でそんな密談を交わす。二人は長年連れ添った夫婦でありながら、政治的にはそれぞれ独自に動けるほどの実力者だ。シルフィーネが成長するにあたっても、二人は惜しみなく知識と経験を伝えてきた。

 だからこそ、この婚約破棄問題で娘が苦しむ姿を見るのは心が痛むが、同時に娘が自分の力で乗り越えようとする姿に誇りを感じてもいた。


「とにかく、あの子を一人で抱え込ませないようにしましょう。私たちも全力で守る準備をしている、と伝えてあげなくては」


「分かっている。シルフィーネは強い娘だが、まだ十六の少女。親として支えられるところはしっかり支えてやろう」


 二人はそう固く決意を交わすと、夜が更けるまで書斎に留まり、可能な限りの対策を練り続けたのだった。


 ***


 翌日――。王宮の“公式文書”がエルフィンベルク公爵家に届けられた。開封してみると、その内容はライオネルとグラント侯爵家の要求をベースにしたもので、近々、王家を交えて「婚約破棄の是非」を審議する場が開かれるという通達だった。期日は一週間後。場は王宮の大広間ではなく、王族や高官のみが集まる小規模な審問の場で行われるらしい。


 シルフィーネはその知らせを受け取ると、表情こそ崩さなかったが、内心はかなりの緊張を感じていた。ライオネルやアメリア、あるいは彼らの背後にいるロドリゲス公爵がどんな策を講じてくるのか分からない。下手をすれば、ここで“シルフィーネが嘘をついて婚約を破棄した”とされ、逆に多額の賠償金を請求される可能性すらある。


(でも、私たちには正義がある。あの場でライオネル様が何と言ったか、ちゃんと覚えている貴族もいるはず。必ず証人になってもらえるよう、根回しをしなくちゃ。……ローゼリック家の怪しい金の流れについても、何か証拠を掴めればいいのだけれど)


 シルフィーネは意を決して、王宮に近い貴族たちに手紙を書くことにした。もしかすると、グラント侯爵家に近い者が多いかもしれないが、中には公正な判断を下してくれる者もいるだろう。少なくとも、“あの場で実際にライオネルが婚約破棄を宣言した”という事実を証言してもらうことができれば、シルフィーネに不利な流れを少しは食い止められるかもしれない。


 同時に、ラグナルたち法務顧問のチームはローゼリック家の財務状況を徹底的に洗っていた。貸し付けに関する公的な記録、商人たちとのやり取り、アメリアが最近購入した高額な宝石の領収書など、わずかな手掛かりでもいいから集めようとしている。

 もし、そこに不正な取引や収賄の痕跡があれば、逆転のカードとなる可能性がある。


「……シルフィーネお嬢様。もしかすると、あまり時間がありませんが、可能な限りの証拠を集めてみせます。安心してお待ちください」


 ラグナルは毅然とした面持ちでそう告げる。シルフィーネも「ありがとうございます」と微笑んだ。家族や顧問たちのこうした協力は、彼女にとって何よりも心強い支えだった。


 ***


 数日が経ち、いよいよ王家主催の“審議”が近づいてきた。シルフィーネは連日、周囲との打ち合わせや情報収集に奔走しつつも、時折「本当にこんなに上手くいくのだろうか」と不安になることがあった。

 だが、そんな彼女の心の支えとなったのは、両親の励ましだけではなく、一部の貴族令嬢たちから寄せられる手紙や口頭での応援だった。

 彼女たちは、シルフィーネと同世代か、少し年上の友人たちであり、「あの場でライオネル様の言動はおかしかった」「シルフィーネが子供っぽいなどというのは真っ赤な嘘だ」と証言する用意があると申し出てくれたのだ。


「ありがとう……本当に、皆がいてくれてよかった。私、ずっと自分が一人ぼっちじゃないかって思っていたけど、そうじゃなかったのね」


 シルフィーネは、届けられた手紙を読み返しながら、目頭が熱くなるのを感じていた。表向きは冷静に振る舞っているが、やはり彼女も十六歳の少女。傷つきやすい心を必死に隠して頑張っている。そんな時に友人たちの温かい言葉をもらえば、それだけで心が救われる思いだった。


 たとえば、親交のある侯爵令嬢リヴィアは手紙の中でこう綴ってくれている。


――「わたくしは、あの日のライオネル様の振る舞いを決して忘れません。彼が『子供だ』と嘲るように言ったのを、耳を疑いました。シルフィーネ様は、彼に比べてよほど大人だとわたくしは思います。その事実をしかと証言させてください」――


 そんな言葉の数々は、シルフィーネの不安を和らげ、審議の日に向けての意欲を高めてくれる。どれだけライオネル側が王家を取り込もうとも、真実を知る人々の声を無視することは難しいはずだ。

 同時に、ラグナル顧問からは興味深い報告が届き始めていた。ローゼリック家の借金の一部は、かなり高い金利で闇商人から借り入れたものであり、普通であればとても返済できる額ではないという。その返済をどのように行っているのか不明だったが、最近になって急に返済が進んでいるとのこと。

 この状況が「ライオネルからの資金援助によるもの」なのか、それとも「もっと裏のある不正な金の流れ」が絡んでいるのかは、まだ確証が得られていない。

 しかし、もし違法な行為や公金横領などの事実が判明すれば、ローゼリック家とグラント侯爵家が共謀していたことになり、一気に彼らを追い詰める材料になるだろう。


 ***


 そして迎えた審議当日――。

 王宮の奥深くに設けられた小さな大広間。その中央には、王家の紋章をあしらった円形の机が据えられており、その周囲に王族や高官、そして裁定を行う評定官たちが控えている。その光景は、まるで公開裁判のようでもあるが、実際には「非公開の秘密審議」という扱いだ。ごく限られた人物しか傍聴を許されない。

 エルフィンベルク公爵家からは、ルドルフ公爵、マリア夫人、そしてシルフィーネ本人とラグナル法務顧問が出席している。グラント侯爵家からは、ライオネルが中心として現れ、祖父にあたるグラント侯爵本人、そして取り巻きの数名が同席している。さらにアメリアの姿もある。彼女はライオネルの腕を取るように隣に立ち、挑発的な笑みをシルフィーネに向けていた。

 王家の代表としては、国王の血縁であるロドリゲス公爵が出席し、その他数名の貴族も立ち会う形となっている。国王本人は公務多忙を理由に欠席し、弟であるロドリゲス公爵に一任したようだ。

 この審議で問題となるのは、主に二点だ。

 第一に「本件の婚約破棄の責任はどちら側にあるのか」。

 第二に「責任がある側は、どのような賠償や処分を負うべきか」。

 シルフィーネやエルフィンベルク家が求めるのは「ライオネルの一方的な破棄」であり、賠償責任はグラント侯爵家にあるという判断。逆に、ライオネル側が主張するのは「シルフィーネが婚約を拒んだ」という歪曲した事実認定と、それに伴う“エルフィンベルク家の賠償”だ。


 審議が始まり、まずはライオネルが持参した書面や証拠を提示する。一部は書簡の抜粋で、シルフィーネがいかに「子供らしさ」にコンプレックスを抱えていたかを示すような内容が引き合いに出される。あるいは、ライオネル宛てに「結婚に不安がある」と綴った手紙が読み上げられ、これを根拠に「シルフィーネが婚約を拒絶した」と解釈しているのだという。

 しかし、実際に読み上げられた文面は、シルフィーネが「自身の未熟さを反省し、ライオネルとの結婚に向け努力したい」という内容。普通に読めば「拒否」ではなく「頑張る意思」を表明しているとしか思えないのだが、ライオネル側は都合よく切り取って解釈を歪めている。


「シルフィーネ令嬢は、自身が子供っぽいことを理由に婚約を諦めたいという旨をにおわせる手紙をライオネル様に送っています。この事実からも、婚約破棄の責任は彼女にあると言わざるを得ません」


 ライオネルの代理人を名乗る弁士がそう言い放つと、隣のアメリアがあからさまに勝ち誇ったような顔をした。ロドリゲス公爵も神妙な表情で書簡に目を落とし、「ふむ……」とうなずく仕草を見せる。


(なんて……なんて滅茶苦茶な……!)


 シルフィーネは唇を噛みしめる。あの手紙は確かにライオネルに送ったものだが、本来の文意はまるで逆だ。そもそも、これはごくプライベートな手紙であり、公の場で全文が読み上げられるとは思っていなかった。

 ふと視線を上げれば、ライオネルがニヤニヤと嘲笑しているのが見える。明らかに「引っ掛かったな」という表情だ。

 しかし、シルフィーネは動揺を抑え、背筋を伸ばした。両親やラグナル顧問、さらには助力を申し出てくれた貴族令嬢たちの思いがあるのだから、ここで折れるわけにはいかない。


「失礼ですが、その手紙の抜粋では真意が伝わらないかもしれません。全文をここで読ませていただけませんか?」


 ラグナル顧問が冷静に提案する。すると、ライオネル側は「全文は非常に私的な内容なので……」と渋る素振りを見せる。

 ここですかさずシルフィーネが口を開く。


「私からもお願い致します。あの手紙を私が書いたのは事実です。けれど、私が書いた文面を部分的に切り取られてしまうのは本意ではありません。どうか、一字一句余さずお読みください」


 ライオネルはバツが悪そうに一瞬目を伏せるが、すぐに開き直ったように肩をすくめると、全文を読み上げることに同意した。

 それを聞き、ロドリゲス公爵が証拠として提示された手紙の現物を確認しながら読み上げる。実際には長い文章だが、その要旨はこうだ。


――「私はまだ幼く、貴方の求める理想の女性像からは程遠いかもしれません。ですが、どうか私に時間をください。もっと勉強をし、貴方のお役に立てる女性になりたいと思っています。もし、私が未熟でご迷惑をおかけするようであれば、何なりとお申し付けください。貴方の望みを知りたいのです」――


 要するに、これを素直に読めば「自分に至らないところがあることは自覚しているが、結婚へ向け努力したい」という内容だ。どこにも「結婚は嫌だ」などとは書かれていない。逆に「貴方の望みを教えてほしい」とライオネルに尋ねているのだから、積極的に歩み寄ろうとしていた証拠と言えるだろう。

 読み終えたロドリゲス公爵は、怪訝そうにライオネル側を見やった。


「……これは、確かに“貴方との結婚を拒否”という意思表示ではないように聞こえますが、いかがかね」


「い、いえ、これは……その……」


 ライオネルの代理人は口ごもる。ライオネル本人も「まあ、真意は受け取り方次第だろう」と強弁を試みるが、傍から見れば明らかに形勢が悪くなった。

 こうして、一つ目の“証拠”はシルフィーネに有利な方向へ転がる。それでも、彼らはまだ色々と画策しているはずだ。アメリアが不満そうな顔でシルフィーネを睨む姿が印象的だった。


 次に争点となるのは「王宮の大広間で、誰がどのように婚約破棄を宣言したか」。ここでも、ライオネル側は「シルフィーネが拒絶の意を示したから、やむなく表面化した」と主張する。しかし、それを聞いた途端、ラグナル顧問が用意していた証人――数名の貴族が証言を行うと申し出た。


「私もあの場におりましたが、ライオネル様の方から“子供っぽい女は嫌だ”とおっしゃったのは事実です。それを聞いて、シルフィーネ令嬢はむしろ穏やかに対応しており、婚約破棄を望んでいるようには見えませんでした」


「私も同感です。シルフィーネ令嬢は、初めて聞かされたような顔をしており、酷く驚いた様子でした。それでも感情を乱さずに受け止めておられました」


 こうした証言がいくつも重なり、ライオネル側の言い分は徐々に苦しくなる。ロドリゲス公爵も難しい顔をしながら、「これは少々、私が聞いていた話と食い違いがあるようだ」と呟いた。

 ライオネルとアメリアは目で合図を送り合い、何とか巻き返そうとしている様子だが、証言者たちがこの場に揃っている以上、下手な言い逃れは難しい。

 最後に、シルフィーネ本人が穏やかに口を開き、こう締めくくった。


「私は、ライオネル様を尊敬していました。ですから、手紙にも書いたように、私が未熟で至らないところがあれば努力したいとお伝えしていました。それにもかかわらず、ライオネル様は“子供は嫌だ”とおっしゃり、一方的に婚約破棄を宣言されました。……正直なところ、悲しかったです。しかし、私に結婚を拒む気持ちなど、一度もありませんでした」


 その言葉には偽りがない。少なくとも、過去のシルフィーネはライオネルに対し、結婚を楽しみにしていた部分すらある。彼の裏切り行為に心を痛めながらも、こうして公の場で真実を語る姿は、周囲に「公爵令嬢としての誇り」と「健気な少女らしさ」を印象付けた。


 こうして、審議はひとまずエルフィンベルク家に有利に運びつつあった。ロドリゲス公爵をはじめ、評定官たちも「ライオネル側の主張には不備が多すぎる」という認識を持ち始めている。

 もっとも、これですぐに決着がつくわけではない。ライオネルの背後には、まだ何かしらの切り札がある可能性があるし、ローゼリック家の不透明な資金の流れなど、解明されていない謎も残っている。

 しかし、とにもかくにも、この場はシルフィーネにとっての大きな一勝と言えよう。

 彼女が王宮の廊下を歩きながら、そのことに胸を撫で下ろそうとした時――アメリアが追いかけてきて、嫌な笑みを浮かべたまま耳打ちしてきた。


「やるじゃない、シルフィーネ。あんな子供のくせに、意外と歯向かってくるのね。でも、これで終わりだと思わないでちょうだい。私とライオネル様が本気になれば、あなたなんかすぐに奈落の底に落としてあげるんだから。覚悟しておきなさい」


 それは、小声ながらもはっきりとした脅迫だった。シルフィーネは思わず身を強張らせる。周囲には人影があるものの、アメリアはまるでそんなことを意に介さず、毒を吐くように言葉を続ける。


「大丈夫よ、すぐに分からせてあげる。あなたを潰すくらい、私たちには造作もないことなんだから」


 言い終えるや否や、アメリアは翻ってライオネルのもとへ戻っていく。シルフィーネは一瞬、恐怖と怒りが入り混じった感情に揺れそうになるが、ぐっと堪え、深呼吸をした。

 (負けられない……。こんな言葉に屈するわけにはいかない。私は私の道を守り、エルフィンベルク家の名誉を守るために戦うのだから)


 ――こうして、第一部第2章は、まだ道半ばのまま幕を引く。ライオネル側の陰謀は依然として根強く、アメリアもシルフィーネへの激しい敵意を露わにしている。

 だが、シルフィーネは確かな一歩を踏み出したところだ。王家の審議の場で、自分の意志と事実を示し、周囲の支持を少しずつ得ている。今後も波乱は続くだろう。けれど、彼女が見せる毅然たる姿は、多くの人々に“幼く見える”という外見だけでは計れない、揺るぎない強さを印象付け始めていた。



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