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第2話 幼馴染たち

 空島の手すりに片手を添えて雲に触れた薬剤の効果を確認していたら、後ろから声をかけられた。


「ふむふむ……こういう反応をするのか……それならアレを追加すれば……」


「また実験?」


「うわっ!?」


 人が近づいてきたことに気付かなかったので、ビックリして記録用紙を落としそうになる。空の藻屑になりそうだった実験記録をギリギリのところでキャッチして、振り返った。


「な、なに!? なんだ、カホか……」


 振り返ったところには、僕の幼馴染であるカホが立っていた。呆れ顔で、片手を腰に当ててため息をついている。


 カホとは以前住んでいた村で一緒に育った仲で、同い年の12歳の女の子だ。薄い紫色の髪を短いポニーテールでまとめていて、白い肌や細い腕からは一見か弱そうな女の子に見える。だけど、僕らが育った村では、か弱い女の子なんてものは存在しなかった。つまり、カホもそうではない、ということだ。


 カホの今日の服装は、僕たちの村特有の着物姿だった。袴を穿いていて、女の子らしい花柄の羽織を羽織っていた。師匠たち曰く侍スタイルなのだという。


 ちなみに、僕も同じような服装をしていて羽織のデザインだけが違う。この空島では少し珍しい服装である。


 カホは、僕の事を見て、やれやれ、という雰囲気を出しながら、同い年らしからぬお姉さんのような態度で話を続けた。


「昨日も夜遅くまで研究室にこもってたでしょ? 身体壊すわよ?」


「だ、大丈夫だよ。それに、少し無理するくらいじゃないと空は飛べないと思う」


「『空は飛べない』ねぇ……それはそうだけど、少し無理したくらいじゃ……ううん、なんでもない。それよりも、もうご飯できたわよ?」


「あ、そうなんだ。いつもありがと。もう少ししたら帰るつもりだったんだけど」


 どうやら、夕食時になっても帰ってこない僕を心配して、わざわざ迎えに来てくれたようだ。


 カホが隣にやってきて、手すりに手を添えて一緒に空を眺める。


「……それで? 実験は上手くいきそうなの?」


 僕の手元にある実験用紙を覗き込みながら質問してくる。


「うん。絶対成功させる。待ってて。必ず空を飛んでみせるから」


「そっか……うん、頑張って。帰ろ?」


 心なしか、やっぱり呆れ気味だったように感じる。でも、他の人みたいに『そんなの無理だ』と言われないだけマシだった。


 だけど、やっぱり少し寂しい思いもある。何年も一緒に過ごした幼馴染でさえ、こんな反応を返してくることを僕は何年も何年も研究しているのだ。


 だから、目に溜まった涙を隠すように下を向いて、記録用紙としばらく睨めっこしてから家に帰ることにした。


 カホと一緒に家に帰る途中、港の看板が目に入る。

 〈今月の鳥獣被害:0件! ご安全に!〉という内容だ。


「……」


 足を止めて、看板を見ていると、カホも同じ看板を見ていた。


「今月は、誰も犠牲にならなくて良かったね……」


「うん……」


 空島の外には、さまざまな魔物が生息しているが、特に人類の脅威となっているのは、〈鳥獣〉と呼ばれる鳥の魔物だ。


 奴らは、掌くらいの小さいものから、3メートルを超える巨大なものまで様々な種類がいる凶悪な魔物で、空を自由自在に飛び回り、人間を襲ってくる。奴らの動きはとてつもなく素早く、空に支配されたこの惑星では、最も恐ろしい存在として君臨していた。


 奴らの目的は鉄や鉱物を食べることで、人間が生息する場所にはそれが多いことから人間を襲い、鉄などを盗んでいくのだ。一説では、人間の血液でも多少の栄養が取れるらしく、ついでに捕食しているのだという。


 ついでで襲われるなんてたまったもんじゃない。だけど、鳥獣に襲われた船や島は、例外なく大損害を受けるのがこの世界の常識だった。


 だから、結界を張ることによって鳥獣が寄ってこないようにしている。結界には鳥獣を遠ざける効果と通過させない効果、2つの役割があるのだ。

 それが、この島を囲い込む透明な膜の正体であり、飛空艇にも小型の結界を搭載することで、移動中の安全を確保している。


 しかし、結界も絶対じゃない。結界を張っていても、毎月、何件かは鳥獣被害に遭ったと報告がされ、この看板に記されることになるのだ。


 結界は、〈結界協会〉というところに支払った費用によって効果や強度が変わるので、資金繰りが厳しい行商人は、リスクを承知で安い結界を張って商品を運搬している。だから、そういった飛空挺が鳥獣の犠牲になっているのが現状だ。


「……僕がこんな世界、変えてみせる。人間が空さえ飛べれば、鳥獣とだって対等以上に戦えるはずだ」


「そんなの本当にできるのかな……」


「できる。師匠たちの無念を僕が晴らすんだ」


「……そっか」


 なんども聞かされただろう僕の言葉に、カホはそれ以上何も言わなかった。


 どちらともなく歩き出し、僕たちの家に帰ることにした。


 自宅に着くと、ガツガツと米をかき込んでいる男がリビングの机に陣取っていた。帰ってきた僕たちと目が合うと、ニヒヒ、と笑顔を向けてくる。


「よ! 遅かったな! 先に食ってるぜ!」


「ちょっと、ゴコロ! 待っててって言ったよね! なんで先に食べてるのよ!」


「いいじゃねーか! ハルが遅いのが悪いんだ!」


「なにそれ! ゴコロってホント自分のことばっかだよね!」


「俺は自分に正直な男だからな! ガハハ!」


 豪快に笑うこの男は、ゴコロ。カホと同じく、小さい頃から一緒に育った幼馴染だ。同い年の12歳で、暗めの黄色い髪のツンツン頭、身長は僕より少し大きいから160センチくらいになったところだろうか。態度をあらわすような鋭い瞳をしているが、友達思いのいいやつである。服装はもちろん僕たちと同じで、袴に羽織姿だった。例によって羽織のデザインだけが僕たちとは異なっていた。


「まぁまぁ、カホ。僕は気にしてないから。僕たちも食べよ」


 怒っているカホをなだめて食卓につく。カホにご飯をよそって、着席を促した。料理を準備してくれたのはカホなので、配膳くらいは僕がやろうと思ってお皿を並べる。


「はぁ……ハルはゴコロに甘すぎよ……」


 カホがため息をついてから座って、二人で「いただきます」と言ってから食べ始める。焼き魚に味噌汁にお米、それに沢庵と明太子もあり、白米がよく進む。


「カホの料理はいつ食べても美味しいなぁ。すごく落ち着くし」


「ほんと? ありがと……」


 髪の毛を触りながら、カホが少し照れたような顔で笑みを返してくれた。僕も笑みを返して箸を進めていると、ゴコロが口を挟んでくる。箸で僕のことを指しながら豪快にだ。めちゃくちゃ行儀の悪いやつである。


「てかよー! ハルも『空を飛ぶ』とか戯言言うのやめて、俺との修行だけに集中しろよな!」


「た、戯言とか言うのやめてよ……」


 ゴゴロは、友達思いのいいやつである。それに昔からの仲なのである。だから、ちょっとひどいことを言われても気にしない。気にしない。


「戯言だろ! 空なんて飛べねーよ! それよりも剣だ! 剣士なら剣の腕だけで勝負すべきだろ!」


 うん。ちょっとしたことくらいじゃ……気にしない……


「な! そういうことで明日からは俺と修行だけしようぜ! あんな訳わからんクソ研究のことなんて忘れてよ! いいだろ! な! な!」


 く、クソ? ひ、ひどい……友達なのに……


 悪意はないと思うのだが、酷い言葉の猛攻を受けて、目頭が熱くなってきた。


「うう……」


「ちょっとゴコロ!」


「なんだよ? 俺がハルの腑抜けた気持ちを鍛え直してやろうってんだろ?」


「うぅぅ……なんでそんなこと言うんだよぉ……友達なら応援してくれよぉ……うあぁぁぁん! ゴコロのバカー!!」


「おお? また泣きはじめた。ハルの泣き虫はいつまで経っても治んねーなー」


「泣かせたあんたが言わないでよ! ほら、ハル、ハンカチ。ゴコロのバカの言うことなんて気にしなくていいから。ね?」


「……うん」


 カホから受け取ったハンカチで涙を拭き、カホにお礼を言ってからご飯をかき込む。


 僕だって、別に剣の道を諦めたわけじゃない。毎日、鍛錬だってしてるんだ。剣の道も極めつつ、師匠たちの出来なかったことを、僕が代わりにやる。それだけだ。



 翌日、今日は3人とも仕事が休みということで、ゴコロに朝から庭に引っ張り出されることになった。


「ほらよ!」


 木刀を放り投げられるのでキャッチする。


「……なに?」


「腕がなまってないか、確かめてやるよ! こい!」


 腰を低く、両足を大きく開いて構え、剣を持ってない方の手をクイクイとやって、かかってこい、の意を示してきた。


「僕、実験で忙しいんだけど……」


「そんなんで弱くなったらテンガイに笑われんぞ!」


「む……」


 適当にあしらおうと思っていたが、師匠の名前を出されて、さすがの僕もムッとする。木刀を左手に持って右手をやさしく添え、腰を落として構えた。


「お! いいねぇ! 気迫は衰えてないな!」


 ゴコロはニヤニヤしながら肩に乗せた木刀でトントン肩を叩いている。


「まずは準備運動だな!」


 そして、僕たちは手合わせを開始した。小さい頃から数えきれないほどやってきたことだ。

 僕とゴコロの実力は拮抗してるし、お互いの手の内は全て知っているので、決着なんてつかないだろう。今日は長い一日になりそうだ。


 お昼頃まで「カンカン」と剣を振っていると、一際大きな飛空挺がこちらに向かってくるのが見えた。徐々に近づいてきて、空島の結界を通り抜け、僕たちの家と庭が飛空挺の影に飲み込まれる。その飛空挺には見覚えのあるマークが刻まれていた。


「ちっ! 結界協会の船だぜ!」


「そうね……」


「うん……」


 まっさきにゴコロが反応し、敵対心を露わにした。

 僕とカホは、あの時の事を思い出し、眉を下げる。


 ゴコロとカホも、僕と同じように昔のことを思い出していることだろう。結界協会に疑いを持つようになったあの日の事を。


 僕らに睨まれた飛空挺は、空島の中心まで進んでいき、大きな塔の横で停止した。飛空艇から人が降りてきて、何か作業が始まっている。

 おそらく、結界の魔力を充填するためにやってきたのだろう。空島や飛空艇の結界は、定期的に結界協会がメンテナンスを行わないと効果が薄くなるのだと聞く。だから、たぶん、そのために来たんだ。


「なんであんなやつらに金払わねーといけねーんだ!」


「それは……結界がないと鳥獣が襲ってくるから……」


「なにが結界だ! 俺たちの村は、結界があっても襲われたじゃねーか! あんなやつら信用したばっかりに師匠は! くそッ!」


 ゴコロが乱暴に木刀を投げつけ、それが地面に突き刺さる。そして、ワーワーと大声で結界協会の悪口を言い出した。


 僕はそれを見て、あの時の事を深く思い出す。僕たちの村での幸せだった頃の思い出だ。

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