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第5話 喰岩島

 剣聖たちに助けられた剣聖の弟子たちは、僕を含めて、長い間呆然と時を過ごした。

 しばらくすると、空島に座礁した飛空艇から大人たちが上がってきて、僕らを抱えて走り出す。まだ小型の鳥獣がそこらを飛び回っていたからだ。でも、その数は半数以下に減っていて、師匠たちを相手していた7匹の巨大鳥獣の姿も消えていた。


 港の近くまで逃げてくると、助けに来てくれた商業船に保護され、残された大人たちと共に剣聖の里を離れることになる。


 僕たちは亡き師匠のことを思い、甲板で呆然と座り込んでいた。そこに、追い打ちをかけるような知らせが届くことになる。


「おい……あれって……」


「そんな……どうしてここにあれが……」


 大人たちの悲痛な声のあと、バリバリと岩石が砕ける音と地響きが聞こえてきた。どこかで聞いた覚えがある音だ。


「やめて……やめてよ! ボタモチ師匠のお家が……やめてー!」


 カホの泣き声を聞いて、ふらふらと立ち上がる。師匠がいなくなったこと以外に、なにがそんなに悲しいのだろうか。


 飛空艇の手すりに掴まって前を見た。前には僕たちの育った村が見えるはずだ。


「……そんな」


 僕の目の前で、僕たちが過ごしてきた故郷が、バラバラに破壊されていた。


 剣聖の里がある空島よりも、数倍は大きい空島が接岸し、ぶつかった場所から大きな口が開き、大地ごと飲み込んでいく。


 僕が見たときには、もう、カホの家もゴコロの家も無くなっていて、僕たちがよく遊んでいた小高い丘が飲み込まれるところだった。鋭い牙が丘の地面を抉り、シンボルだった大木をへし折って、口の中で咀嚼する。


 僕たちが駆け回った麦畑も、水遊びをした水車小屋も、つぎつぎと飲み込まれていった。


 そこでやっと思い出した。あれは、僕の両親が襲われたときにもいた〈喰岩島〉だ。喰岩島は、他の空島を捕食する空島で、巨大な口を使い、接岸した空島を自分の体内へと吸収して成長する島である。


 剣聖の里の剣士に助けられた時も、大地が割れていく音を聞いていた。それがまた目の前にある。


「や、やめて……やめろよ……」


 ぼそりと呟いたときには、僕と師匠の家が喰岩島に飲み込まれた。茅葺屋根の小さな平屋だけど、師匠との思い出がたくさん詰まった家だ。バキバキと家の残骸が宙を舞うのを見ながら、師匠が慣れない手つきで料理をしていたことや泣き叫んでいる僕を撫でてくれていたときのことを思い出した。


 胸の奥がぎゅっと苦しくなって、涙が溢れ出る。散々泣き散らして、もう何も考えたくなかったのに、世界はまだ僕を許してくれなかった。


 なにも出来ない僕は、黙って涙を流しながら、故郷が無くなる光景をただただ眺め続けることしかできなかった。



「なにが結界協会だ! クソみたいな結界しか作れねぇくせ! それになんだよあの飛空挺! すぐに壊れたじゃねーか!」


 貿易都市トレッタニアの自宅の庭でゴコロが悪態をつきまくっている。


 深い思い出の中にいた僕は、目を開いてゴコロが悪口を言っている結界協会の飛空艇を睨みつけた。


 あのとき、なぜ結界が破れて、その直後に鳥獣が現れたのか。なぜ師匠たちの船と僕たちの船が爆発したのか。なぜ、飛行スケジュールを守って空島を移動させていた航路上に喰岩島が現れたのか。全ての謎は何も明かされていない。


 結界のメンテナンスを行っていたのは結界協会だ。飛空艇を用意したのも結界協会だ。

 どう考えても、奴らがあの事件に関わっているとしか思えなかった。


 だから、ゴコロはこれだけ怒り、カホと僕もあの船を睨みつけることになっている。


 あれから結界協会の関係者と話すことはできていない。奴らは一般市民と接触することはなく、空島の市長としか顔を合わせないのだ。

 だから、トレッタニアに来てすぐに市長に事情を話し、結界協会の人と話をさせてくれと頼んだのだが、『君たちを会わせることで、この空島も危険にさらされるかもしれない。だから、すまない』と大きく頭を下げられてしまった。


 そう、この世界で結界協会に逆らうということは、死と同義なのである。


 結界協会の奴らと会えないと分かってから、僕とカホとゴコロ以外の剣聖の弟子たちは、この島を出て行った。剣聖の里の大人たちも彼らに同行したり、ここに残ったりと様々ではあったが、今、僕が深い関係を続けているのは、カホとゴコロだけだ。


 依然として、ゴコロが大声で怒りをあらわにしている。

 僕も怒りはあるけど、同じようにする気分にはならなかった。ゴコロは剣の修行を再開する気はないらしいので、研究室に行くことにする。小さな研究室の小さな実験机の前に立ち、今日も空を飛ぶための薬作りを再開する。


 僕は、結界協会に復讐することよりも、師匠に『飛べなくてごめん』なんて言わせてしまった責任を取らないといけないのだ。

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