「……で、この後はどうするのじゃ?」
魔王リディアのこの質問に、俺は即答した。
「どうするも何も、空振りだったんですから帰りましょう」
しかし俺の言葉は、魔王リディアのお気に召すものではなかったらしい。
「ここまで来たんじゃ。勇者パーティーの様子を見に行くのはどうかのう」
「見なくていいですよ、そんなもの。俺の姿を見たら、絶対に悪口を言ってきますし」
むしろ悪口で済めばいい方だ。戦闘になる可能性だってある。
「妾がおるではないか。悪口を言われたら『勇者パーティーを追放されたおかげで世界一のプリティガールと旅が出来た』と勝ち組宣言をすればよい」
勝ち組宣言……にはならない気がする。いくら魔王リディアが美少女とはいえ、子どもと二人で旅をしていると言っても、あの勇者が羨ましがるとは思えない。
「ほーん? 勇者は年上が好みなのか」
「好みまでは知りませんが、少なくともリディアさんくらいの見た目の子どもは眼中に無いと思いますよ。もっと大人のお姉さんたちと遊んでましたから」
勇者は行く町行く町でチヤホヤされ、町一番の美人に接待を受けていた。そして多くの場合、そのまま夜の町に消えていた……。
何が言いたいかと言うと、俺が子どもの姿である魔王リディアと旅をしていると言っても勇者はちっとも悔しがらない、ということだ。
「……ふむ。もっと年齢が上ならよいのだな? ちょっと待っておれ」
俺の心を読んだ魔王リディアが、自分に向かって手をかざし、何かの呪文を唱え始めた。
瞬間移動をしたり炎を燃え上がらせたりする際に呪文の詠唱をしなかったことを考えると、これからよほど難しい魔法を使うのだろう。
魔王リディアが呪文の詠唱を終えると、彼女の身体はキラキラと輝き始めた。そして。
「どうじゃ!」
「あーーあーーーっ!! 何で服を着てないんですか!? 早く服を着てください!」
俺は魔王リディアの身体を見ないようにそっぽを向きながら懇願した。
魔王リディアが、全裸の大人のお姉さんの姿になったからだ。
「こういうのはラッキースケベと言うんじゃ。合法的に美女の裸が見られるというのに、見ないでどうするんじゃ」
「そんなことを言われましても、心の準備がですね!?」
「ラッキースケベがショーンの心の準備など待つわけがなかろう」
魔王リディアが自身の裸を見せようと俺の前に回り込んでくるため、今や俺は目を瞑ったまま下を向いて頭を抱えている。ラッキースケベどころか痴女に出会った気分だ。
「ここまで拒絶するとは……さてはショーン、お主……童貞じゃな?」
「うるさいですよ! 童貞だからなんだって言うんですか!」
俺はもはや泣き声になっていた。どうしてダンジョン内で痴女に裸を見せつけられなければならないのか。意味が分からなすぎる。
「……すまん。ついやり過ぎたようじゃ。妾は童貞の清らかなる心を理解できておらんかった」
魔王リディアはそう言うと、俺の前から移動した。
「もうよいぞ。服を着たから安心するがよい」
恐る恐る目を開けると、目の前にはダンジョンに相応しくないセクシーなドレスに身を包んだ美女が立っていた。
「美しすぎて言葉も出ないであろう?」
「見た目は、そうですね……痴女のようなことをしてくる性格を考慮すると評価はものすごく下落しますが」
「そんなに嫌だったのか。妾、ちょっと反省したのじゃ」
「ちょっとじゃなくてしっかり反省してくださいね!? 相手が俺じゃなかったら逮捕されてますからね!?」
魔王リディアはしゅんとした様子で肩を落とした。
痴女のような行動はどうかと思うが、今の魔王リディアは、長く伸びた金色の髪に、吸い込まれそうな赤い目。目鼻立ちもハッキリしていて、ものすごく美しい。
「ものすごく美しいだなんて、妾照れちゃうのう」
しゅんとした様子はどこへやら、魔王リディアは身体をくねくねとさせながら、俺の誉め言葉を反芻した。
「ショーンもイケてると思うぞ。ありふれた名前を裏切らない見た目じゃ」
ありふれた名前を裏切らないのであれば、それは普通の外見ということではないだろうか。
「まあいいですけど。それで、大人の姿になってどうするんですか。何か意味があるんですか、それ」
「この姿で勇者に会いに行くんじゃよ」
満面の笑みで言う魔王リディアを見て、俺が拒否したところで行くんだろうな、と理解した。