「……で、この男はどうするんじゃ」
魔王リディアが、座ったまま放心している勇者の脚を軽く蹴った。
蹴られたというのに勇者はまるで反応しない。
「ダンジョンが閉じたので、さすがに近くの村までワープしてくれるでしょう」
「……どうじゃろうな。妾は怪しいと思うぞ」
そう言われると心配になってきた。
勇者パーティーが全滅しそうになったことを知る、戦士、僧侶、魔法使いを見殺しにして口封じなんか……しないよな?
まさかとは思うものの、どうにも不安は拭えなかった。俺にはもう、勇者に対する信頼が欠片も残っていないようだ。
「リディアさん。旅の続きは、勇者パーティーを近くの村まで送ってからでもいいですか?」
「構わぬ。どうせ村で討伐報酬を換金する必要があるじゃろう。そのついでじゃ」
「ありがとうございます!」
俺は勇者パーティーの荷物から、ワープアイテムを取り出した。そして俺と魔王リディア、倒れている戦士と僧侶と魔法使い、それに勇者を有効範囲内に入れて、アイテムを使用した。
飛んだ村は、俺が勇者パーティーのメンバーとして最後に立ち寄った村だった。この村の診療所は、村の端にあったはずだ。
「連れて行けますかね……特に戦士」
僧侶と魔法使いはまだしも、体格の良い戦士のことはとても運べるとは思えなかった。
これまでの旅でも戦士が瀕死になった場合は、僧侶が回復するか、魔法使いが浮かせて診療所まで運んでいた。一気に三人が瀕死の状態になったのは、実は勇者パーティーにとっては初めての出来事なのだ。
「動ける人間が三人いるから、誰かを呼んでくるよりも自分たちで直接運んだ方が早いですよね」
実際のところ動ける人間は二人で、一人は魔王なのだが。
しかし今の魔王リディアの見た目は、人間のそれと変わらない。耳が尖っているが髪で隠れているし、口を開けなければ牙も目立たないだろう。診療所に入っても問題は無いはずだ。
「リディアさん、魔法で戦士を運ぶことは出来ますか?」
「妾を誰だと思っておる」
魔王リディアはいとも簡単に戦士の身体を宙に浮かせた。
「そっちの二人も妾が運ぶか?」
「あー、それはさすがに、目立ち過ぎると思います。複数人を浮かせて運ぶことの出来る魔法使いは、世界に数人しかいないので」
俺は丁寧に魔王リディアの提案を断ると、僧侶の身体を背負った。
そして勇者の肩を叩き、魔法使いを背負うように合図をした。
「……なるほどのう。ショーンの考えはよーく分かったのじゃ」
「何の話ですか?」
俺が勇者に無理やり魔法使いを背負わせていると、後ろからジトっとした声が聞こえてきた。
「女のことは、ショーンが背負いたかったということか。ラッキースケベ的な考えじゃな」
「怪我人に対してそんなことは考えないですからね!?」
「さすがはラッキーメイカーということか」
「俺のはラッキースケベを起こすユニークスキルじゃないですよ!?」
俺のことを訝し気な目で見つめる魔王リディアと、いまだに放心状態のまま足を動かす勇者、それにラッキーメイカーの俺、という奇妙な三人組で、戦士と僧侶と魔法使いを診療所まで運んだ。
* * *