ダンジョンを出た俺たちは、またしても魔王リディアのワープで目的地まで飛んだ。
降り立った場所には、木で出来た小さな家がちょこんと佇んでいる。
「誰だ!?」
俺が何と言って家を訪ねようかと悩んでいると、俺たちの気配に気付いたのだろう魔物が家から飛び出してきた。魔物は武器を所持してはいない……否、武器はいらないのだろう。見たところ狼を思わせる魔物だ。であれば、自身の爪や牙が武器になる。
「慌てるでない。妾は敵ではなく、ただの旅の者じゃ。そしてこいつは弟子じゃ」
俺って魔王リディアの弟子だったの? 相棒的な立ち位置だと思っていたのに。
……いいや。俺は魔王リディアと相棒になれるような実力者ではなかった。
「初めまして。弟子のショーンと申します」
紹介されたので、魔物に向かって頭を下げて挨拶をする。さすがに圧倒的強者の魔王リディアのいる前で、頭を下げた途端に首を斬り落としたりはしないだろう。
「……人間か」
「はい。俺は人間です」
「弟子は人間じゃが、妾は魔物じゃよ」
魔王リディアは髪をかき上げ、尖った耳を魔物に見せた。対等に話をするためだろうか、魔王とは名乗らないらしい。
「魔物と人間が……一緒に旅をしているのか?」
魔物は信じられないと言いたげな様子だ。俺だっていまだに自分の置かれた状況が信じられない。しかし、事実として人間の俺は魔王リディアと一緒に旅をしている。
「そうじゃ。だからお前たちの事情は察しておる」
「……それなら、俺たちのことは放っておいてくれ」
魔王リディアの言葉を聞いた魔物は、溜め息を吐きながら静かに言った。
俺が彼の立場だったとしても、旅人には放っておいてほしいだろう。しかし今は、彼らを放っておける状況ではない。
「このままだと村人たちが集団でヘイリーさんを取り返しにやって来ます」
「なんだと!?」
魔物の顔が一気に険しくなった。油断すると今にも食い千切られそうだ。
「まあまあ。まずは家の中に入れてくれると助かるのじゃ」
さすがと言うべきか、魔王リディアは目の前の魔物の殺気など、どこ吹く風だ。のんびりした口調で喋っている。
「茶でも飲みながら話そうではないか」
「あなたたちと話し込んでいる姿を村人に見られると厄介なので、家に入れていただけると助かります」
あまりにも魔王リディアから危機感を感じ取れないため、代わりに俺が切羽詰まった調子で言った。実際に魔物と話し込んでいる姿を村人に見られて良いことなど何もない。
「…………」
「そこの魔物。もし妾がお前たちを殺すつもりなら、とっくに皆殺しにしておる。殺していない時点で妾を信用してもよいのではないか」
「…………入れ」
敵ではないと判断してくれたのか、それともこのまま外で俺たちと話していることが不利益に繋がると判断したのか、魔物は俺たちを家の中に入れてくれた。
魔物の家に入ると、そこには人間の女性と赤ん坊がいた。この女性がヘイリーだろう。父親によく似た太い眉毛をしている。
俺たちを見たヘイリーが赤ん坊を抱きつつ壁際に逃げようとしたので、慌てて両手を挙げて敵意が無いことを示す。
「俺たちはあなたに危害を加えるつもりはありません。こちらの魔物の方にも、もちろん赤ちゃんにも」
「妾たちはトウハテ村の者たちに、村娘を取り返してほしいと頼まれてここへ来た」
俺が魔物とヘイリーの緊張を解こうと頑張っている横で、魔王リディアが直球のセリフを投げた。解けかけた緊張が再び戻る。
「リディアさん!? ものには順序がありますよ!?」
「ショーンの思う順序通りにやっていたら日が暮れる。お主はそういう、付き合ったらまずは交換日記タイプであろう?」
「付き合ったらまずは交換日記に決まってるじゃないですか! ……って、今はどうでもいいんですよ、そんなこと!」
魔王リディアと話していると、すぐに話が脱線してしまう。こんなやりとりを繰り返していたら、それこそ日が暮れる。
「確かに村からはそういう依頼を受けて来ましたが、だからと言って強引なことをする気はありません」
「そうじゃ。妾は、お前たちの事情を聞いてから判断をするつもりじゃ」
「……見たところ、無理やり連れ去られたわけではないですよね」
俺は赤ん坊を抱くヘイリーに、なるべく優しい口調で尋ねた。
「もちろんです」
ヘイリーは寝てしまった赤ん坊を布団の上にそっと寝かせると、俺たちに向き直った。
「アドルファス、私が話します」
「だが……」
「平気です。誰かと話したい気分なんです」
ヘイリーの呼んだ「アドルファス」というのが、この魔物の名前なのだろう。
「けれど、一体どこから話せばいいのでしょう。どうやって話しても、長い話になってしまいます」
「構いません。お二人の話を聞かせてください」
息を大きく吸ったヘイリーは、今に繋がる長い昔話を始めた。