一瞬にして、全員の視線が集まった。俺に。
「旅の、お方……が……?」
さすがに予想外だったのだろう。ヘイリーの父親は怒るよりも先に、驚愕であんぐりと口を開けてしまった。
「実は俺、一年近く前に偶然この村の近くを通りかかって、山へ山菜採りに来ていたヘイリーさんと意気投合しまして。今回は、俺とヘイリーさんの赤ちゃんが生まれているかを確認するために、再びこの村を訪れたんです」
「パパー、パパの赤ちゃんは元気でちゅよー」
ヘイリーさんが赤ん坊の手を動かして、俺に向かって手を振らせた。
俺の吐いた嘘を手助けするつもりの行為だったのだろうが、いや手助けとしては最高の結果を生み出したのだが、この行動はヘイリーの父親の怒りに油を注いだ。
「おのれ、偶然通りかかって……子どもを作っただと!?」
「ええ。成り行きで」
「成り行きで!? 大事な一人娘に、よくも!」
ヘイリーの父親が俺の胸ぐらを掴み、容赦ない一撃を繰り出した。
村の救世主を殴る暴挙だが、あまりにも迷いのない動きだったために、その場の誰もヘイリーの父親を止められなかった。思いっきり殴られた俺は、集会場の床に転がった。あちらこちらから悲鳴が飛ぶ。
「こら、やめなさい! 村の救世主様になんてことを!」
「そうよ。この方は、これから私たちの家族になるのよ!?」
すぐに体格の良い村人によって、ヘイリーの父親は羽交い絞めにされた。そして動けなくなったヘイリーの父親に、村長と、ヘイリーの母親らしき人物が説得を始めた。しかしヘイリーの父親の怒りは収まらない。
「大事なヘイリーに成り行きで手を出した挙句、今の今まで放っておいただなんて! 俺はお前のような薄情者を、婿として迎える気はない!」
羽交い絞めにされながらも、ヘイリーの父親は俺に敵意を向けてきた。村の救世主だろうが何だろうが、娘の相手として適しているかはまた別の話なのだろう。俺だって、成り行きで手を出した挙句に娘を放置する男は、村の救世主だとしても娘の結婚相手としては願い下げだ。
しかも俺には、さらなる薄情なセリフが控えている。
「婿入りの件ですが。俺はこのまま旅を続けるので、ヘイリーさんには一人で子どもを育ててもらおうと思ってまして……」
「この痴れ者が!!」
怒りが頂点に達してものすごい力が出たのか、それともヘイリーの父親を羽交い絞めにしていた村人がこれは殴ってもいい案件だと判断して拘束を緩めたのか。羽交い絞めから逃れたヘイリーの父親は、俺の上に馬乗りになり、何度も拳を叩きこんだ。
「痛っ! ヘイリーさんのお父さん、痛いです。お父さん!」
「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「力、強っ!? お父さんなら素手で狩りが出来るんじゃないですか?」
「お義父さんと呼ぶな!!」
騒ぎがやっと落ち着いたのは、とっぷりと陽が落ちてからだった。
逃げるようにトウハテ村を出発する俺たちの見送りに、ヘイリーが村の入り口まで来てくれた。その数メートル後ろでは、腕組みをしたヘイリーの父親が俺をにらんでいる。ヘイリーの父親を止めるためか、彼の近くには体格の良い村人も立っている。
「すみません。父さんがやりすぎてしまって」
「いいんですよ。俺が親でも、ああすると思いますから」
俺は腫れ上がった自身の頬をさすりながら答えた。
「それにあれくらいの薄情者を演じておけば、今後村に顔を出さなくても怪しまれませんからね」
「ヘイリー父にボコボコにもされたからのう。ショーンが二度と村に現れなくても不思議ではないじゃろう」
「村人たちも、今後ヘイリーさんに俺の話はしないと思いますよ。今日一日で、俺のことは触れてはいけない話題みたいになりましたから」
だから俺の件に関して、ヘイリーはもう嘘を吐かなくてもいい。嘘は、重ねるよりも封印しておいた方が、真実が明らかになりにくい。このまま嘘が埃を被って忘れ去られることを、切に願う。
「今回のショーンは、ずっと損な役回りじゃったのう」
とはいえ、あくまで俺はこの話におけるゲストに過ぎない。
真に辛いのは、話の核を成す彼らだろう。
「本当にありがとうございました」
この話の核である一人、ヘイリーは俺と魔王リディアに向かって深々と頭を下げた。
彼女の顔が喜びと悲しみで歪んでいたことには気付かない振りをして、俺たちは村を去った。
* * *