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第37話


 遡ること半日前。

 俺たちはアドルファスとヘイリーの子どもを生かすために、とある計画を立てた。


「いいですか。まず俺とリディアさんはヘイリーさんと一緒に村へ帰り、魔物と戦って魔物を森から追い払った、と村人たちに報告をします。そして村人全員を集めた上で詳細を話します。村人全員を集めるのは、伝聞によって話が変わっていくことを防ぐためです」


「子どもも一緒に村へ行きますよね?」


「はい。長期間ヘイリーさんも赤ちゃんも殺されなかった理由は、魔物であるアドルファスさんが妊婦のヘイリーさんをさらって赤ちゃんが食べ頃になるまで育てていたことにしましょう」


 アドルファスは、俺は人間を食べたことなど無い、と抗議の目を向けてきたが、多少の脚色は大目に見てほしい。


「子どもを産んだ後も、アドルファスが……魔物が私を生かしていた理由はどうしますか?」


「赤ちゃんにミルクを与えるためと、自分の子どもが魔物に食べられる様子を見てショックを受けるヘイリーさんを見たかった、というのはどうでしょう?」


「酷い話だな」

「酷い話ですね」

「酷い話じゃ」


 俺の案を聞いた全員が、同時に険しい顔をした。


「そして赤ちゃんの父親は、俺ということにします。赤ちゃんは、一年前に旅の途中で偶然村の近くの山に立ち寄った際にヘイリーさんと出会ってできた子ども。でも俺はヘイリーさんを捨てて再び旅に出た。今回俺が村を訪れたのは、赤ちゃんが生まれたかを確認するためだった、ということにします」


「酷い話だな」

「酷い話ですね」

「酷い話じゃ」


 またしても全員が、先程と同じ反応を示した。


「よくもまあ次から次へと酷い話を思いつくものじゃ。ショーンよ。お主、魔王に向いておるのではないか?」


「お褒め頂き光栄です」


「……今のは、褒めてないと思いますけど」


 魔王リディアから直々に魔王に向いていると言われるのは、ある意味では褒められていると思う。皮肉交じりではあるが。

 閑話休題。俺は計画の続きを話した。


「あの子が俺の子どもなら、人間と魔物のハーフにはなりません。人間同士の子どもなら、殺されもしなければ、差別もされません。何事も無くあの子をトウハテ村で育てることが出来ます」


「殺されないように、差別されないように、血を偽るのか……」


 そんなことをしなくても差別されない世の中なら良かったのだが、現実問題として世界はそうはなっていない。人は自分と違うものを嫌い、敵との混血を許さず、混血の子どもを憎むべき対象として排除しようとする。


「こんな世の中が間違っていることは分かります。ですが、綺麗ごとを通せるほど、俺たちは強くありません」


 今の俺たちに出来る唯一のことは、村人全員を騙して、あの子どもを守ることだけだ。


「ここで大事なのは、アドルファスさんとヘイリーさんが愛し合った夫婦であることを、村の誰にも知られないことです。二人の仲が疑われた時点で、子どもの命が危うくなります」


 そして、アドルファスに選択を迫る。悲しく残酷な選択を。


「アドルファスさんはこの村から離れて、二度と村には近付かないでください。村に近付いたら、村人たちにヘイリーさんと恋仲だと疑われかねませんので。計画通りにすれば、子どもは守ることが出来ます。ですが代わりにアドルファスさんは二人と会えなくなります……それでもやりますか?」


「あの子が生きる方法は、それしかないんだな?」


「ええ。これ以外はすべて駄目でした」


「ならば、俺はそれでいい」


 アドルファスはこちらが驚くほどすんなりと、この計画に乗ることを決めた。


「この計画だと、あなたは一人になってしまいます」


 思わず再確認をしてしまった。

 愛する二人と会えなくなる計画に、こうも彼が迷いなく乗るとは思わなかったのだ。


「言っただろう。あの子が生きていられるなら、俺はどうなったっていい、と」


 そしてアドルファスはヘイリーに向き直り、ヘイリーの目を真正面から見つめた。


「この先君たちを守ることが出来ないこと、子どもの成長を見ることが出来ないことは、非常に悔しいが……いつだって全てを手に入れることは出来ないものだ」


「あなたがそう決めたのなら、妻である私も従うまでです」


 アドルファス同様、ヘイリーも迷いなく、計画に乗ることを決めた。



   *   *   *




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