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第38話


 トウハテ村を出てしばらく歩いた俺たちは、今日の野宿場所を決め、食事をとっていた。もらったばかりの干し芋を焚火で温めただけの簡素なものだが、空腹の胃が喜んでいる。


「素材がよいから炙るだけで美味いのう」


 ヘイリーの父親は怒りの収まらない様子だったが、約束通りヘイリーを魔物から救出した俺たちは、村長にお礼として山のように野菜を渡された。しかし野菜が旅に不向きなことと、何よりも村人を騙している罪悪感から、俺たちはお礼の品を断った。そして押し問答の末、携帯に便利な干し芋だけをもらったのだ。


「あれで……良かったんですかね?」


「もっと野菜をもらっておけばよかった、と今さら後悔しておるのか?」


「野菜の話じゃありませんよ」


 アドルファスは今どこで何をしているのだろう。ヘイリーと別れ、赤ん坊と別れ、たった一人で寒さに震えているのだろうか。

 果たしてこれが、本当に良い結末だったのだろうか。

 因果の世界で、俺はたくさんの糸の先の未来を視た。その中で赤ん坊が生き残る方法はあれしかなかった。しかし、赤ん坊のことを考えないなら、アドルファスとヘイリーの二人が生き残る未来はいくつもあった。二人で駆け落ちをして一緒に暮らす未来だってあった。こんな、二人が離れ離れになる結末ではなく……。


「良かったか良くなかったかは、妾たちが判断することではなかろう」


「その通りですが……」


 それでも考えてしまう。これで良かったのか、と。


「アドルファスもヘイリーも子どもの生存を願っておった。願い通り子どもは生存した。それでよいではないか」

「そうなんですけど……どうにもやりきれないと言いますか……」


 だってこの結末は、とてもハッピーエンドとは呼べない。


「二人とも悪いことなんかしてないのに。愛する二人がこんな結末だなんて」


「こんな結末でも、あれで良かったと妾は思う。子どもが無事に育って幸せになれば、それが二人にとってのハッピーエンドじゃよ……きっとな」


 俺は大きく伸びをして、その場に寝そべった。夜空を見上げると、空を大きく割るように小さな星たちの川が流れている。


「……将来的に、あの子が人間と魔物を繋ぐ架け橋になればいいですね。これ以上悲しい想いをする子どもがいなくなるように」


「両親を引き裂かれた子どもが架け橋になろうとすると、ショーンは本気で思っておるのか?」


「……夢を見るくらい、いいじゃないですか」


「ああ、そうじゃな。夢は誰もが自由に見ていいものじゃ」


「それならせめて夢を見ましょう。愛する二人が結ばれて、子どもと一緒に過ごす夢を」


 俺の言葉を肯定するように、焚火がぱちりと音を立てた。




「そういえば、ヘイリーさん一家から手紙をもらったんですよ」


 手紙の存在を思い出した俺は、身体を起こしてリュックサックを漁った。


「よくあの短い時間で書いたのう」


「そうですね。だから文は短いと思いますが……」


 俺は一枚目の手紙を開いた。ヘイリーさんからのもののようだ。第三者に見られることを警戒したのかアドルファスの名前は書かれていなかったが、ぎっしりとお礼の言葉が並んでいる。


「こんなにお礼の言葉が書いてありますよ」


「それなら。これで良かったのであろう」


「……はい。そうですね」


 俺は二枚目の手紙を開いた。すると感情のこもった文字が大きく書かれていた。


『礼も娘もやらん! 二度と村へ来るな! この痴れ者が!』


 これには思わず吹き出してしまった。俺はずいぶんと嫌われたものだ。


「絶対にヘイリーさんのお父さんですね、この手紙の主は」


 ということは、残る手紙はヘイリーの母親からのものだ。

 最後に残った手紙を開く。手紙に並ぶ文字を読んだ途端、俺はその場に崩れ落ちてしまった。


「どうしたんじゃ?」


 返事をする代わりに、魔王リディアに手紙を渡した。

 手紙にはこう書かれていた。


『ありがとう、偽りのパパ。この秘密は私が責任を持ってお墓まで持って行くわね!』


 手紙を読んだ魔王リディアは、いたく感心している様子だった。


「あの短時間でショーンが子どもの父親ではないと察したのか。親の愛とは恐ろしいものじゃ」


 ヘイリーの母親は、すべてが分かった上で、俺の語る話に異を唱えなかったのだ。

 それが彼女なりの、娘への、孫への、『愛』だったのだろう。

 トウハテ村での一件は、愛に始まり愛に終わる話だった。




「なあ、ショーンよ。家族三人の記念にと、写真を撮ってアドルファスに渡しておったが、お主が写真を撮っていたあのカメラは、呪いのインスタントカメラであろう?」


「はい。写真の中だけでも、妻子の成長が見られれば、と思いまして」


 ヘイリーにも子どもにも会えないアドルファスの慰めになればいいと思って撮影した。呪いのインスタントカメラで撮った写真は、被写体の成長にともない姿を変える。あの写真があれば、写真の中だけではあるが、アドルファスも子どもの成長を見守ることが出来る。


「妾が気にしておるのはそこではない」


 はて。それ以外に気にすることがあっただろうか。


「あのカメラは、使用者の所持品をランダムで消失させる効果があったではないか。何が無くなったのじゃ?」


「そうでしたね。えっと……」


 リュックサックの中を漁る。大切なものは数えるほどしか入っていないから、それさえ確認できれば問題ない。それさえ確認できれば……できれば……。


「あーーーーっ!!」


 俺はリュックサックをひっくり返して中身をすべて出した。


「無い、無い、やっぱり無い!」


「なんじゃ、うるさいのう」


「大変です! 無いんですよ!」


「だから何がじゃ」


「俺の財布です!」


 悲壮感を醸しながら財布の消失を嘆く俺を見て、魔王リディアは豪快に笑った。


「それは運が無いのう。ワッハッハ」




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