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第2話 『生体遺物と遺物ハンター』

 *


「…………なんだって?」


——そうして今に至る。

 現実逃避の回想、終了。目の前にはこちらを見上げる黄金の瞳。人工物だけが備える類の芸術性を顔かたちに備えながらも、彼女は確かに生きていた。

 生体遺物ギフト。この少女——パンデクテスはそう言った。

 生きているギフト? そんなものあるはずがない。聞いたこともない。酒場の与太話だってもう少し信憑性というものを持っている。

 だが……仮に事実だとすれば?


「む……待ってくだサイ」

「え? あ、おいっ、なんだよ……!」


 パンデクテスと名乗った少女は出し抜けに細い腕を伸ばし、俺の手をつかんできた。

 不意のことに驚きつつも、なんのつもりかとにらむ。

 ……ああ、この時点で混乱している。まるで平静ではない。

 もしも彼女に殺意があり、凶器を隠し持っていたのだとすれば、俺は容易く刺し殺されていただろう。普段の俺なら手をつかまれる前に飛び退き、腰に帯びたナイフを引き抜いて構えるくらいのことは反射的にしていたはずだ。

 だが幸いパンデクテスにその気はなく。


「どうやら、能力スキルを引き出すほどの適性はないようデス。うーん……これではマスターとは言えまセン」


 がっくりと肩を落としながら、そんなことを言った。


「適性? ……遺物ギフトのか」

「はい、ワタシへの適性です。どうでしょう、ワタシの勘違いであればよいのですが。こうしてワタシの手に触れて、呪文きどうコードなどは浮かびますか?」

「……いいや、なにも」


 どことなく聞きなじみのない言い方をされた気がするが、こいつの言いたいことはわかる。適性のある遺物ギフトというのは、触れた瞬間にその名称、能力、呪文の三つが自然と頭に浮かんでくるものだ。

 先ほど手に入れたフォグメイカーのように。


「であればやはり違うようですね。残念デス。顔を見た瞬間、かなり適性アリアリな感じのおとぼけフェイスだと思ったのですが……」

「ナメてんのかお前。だいたい、本当に遺物ギフトだなんて言うつもりか? 生きてる遺物ギフトなんてあるわけないだろ」

「むむ、疑うのですか、このワタシを。失敬な……ワタシは遺物大全パンデクテス。すべての遺物ギフトの情報が集積する、言わば個人単位の書庫。莫大なデータを有する稀有な存在なのデスよ!」

「すべての遺物ギフトだあ? なにを言うかと思えば。じゃあ教えてくれよ、色んな遺物ギフトのこと。俺は遺物ギフトハンターだからな、できるだけ多くの遺物ギフトについて知っておいて損はない」

「……いえ、情報自体はワタシの中にあるのデスが。索引インデックスがないので……自分自身でそれを引き出すことは叶わず……」

「ポンコツじゃねえか」


 情報は持っているが引き出せない。なんの意味があるんだよ、それ。

 パンデクテスは無表情のまま、しかし声色に怒りをにじませて言った。


「訂正してくだサイ。ワタシはポンコツなどではありません」

「まあ、気に障ったなら謝る。悪かった」

「む、意外にも素直。わかればよいのデス、わかれば。稀有にして偉大なワタシは同時に寛容でもありますので」


 薄い胸を自慢げに張る。俺は率直に、与しやすいやつだなと思った。

 しかし生体遺物ギフトなどにわかには信じがたい話ではあったが、こいつがふつうじゃないのは一目瞭然だ。

 話す内容こそなんだか残念な感じではあるが、パンデクテスの見た目は細緻を極めた人形のようだ。声色に比べて表情の変化に乏しいのもその印象を強めている。

 しかも、気付いてしまった。

——こいつ、ちょっと浮いてやがる。


「……それ、どうやってんの?」

「——? なんの話デスか?」

「あー……やっぱいいや。真似できるもんでもないだろうし」


 黒いドレスのような衣装をまとうパンデクテスだが、その生白い素足は迷宮の地面に付いていない。宙に浮いているのだ。一、二センチほどのわずかな浮遊ではあるが。

 完全に人間業ではなかった。こいつは金に困っても迷宮に潜るなんてバカな真似はせず、サーカスの一団にでも入って食っていけるだろう。羨ましい。


「ふう、適性はないようデスが、ワタシを見つけてくれたのも事実。とりあえず、いったん、この際仕方がないため、アナタを暫定マスターとして認めようと思います」

「おい。めちゃくちゃ嫌そうなニュアンスが籠ってたぞ」

「気のせいデスよ、暫定マスター。短い付き合いでしょうがこれからよろしくお願いします暫定マスター」

「その呼び方でいくつもりかお前。せめて呼ぶときは外せよ」

「暫定」

「誰がマスターのほう外せつったんだよ」


 やはりこいつとの会話はどこかズレている。遺物ギフトなのだから、人間のコミュニケーションは不得手ということだろうか。

 最初こそ疑ってかかった俺だが、内心ではもうほとんど、こいつが生体遺物ギフトなる存在であると信じていた。

 人間離れした美貌。浮世離れした雰囲気。あと若干の浮遊。

 どれだけ奇妙に思えても、最後に残ったものが真実だ。認めがたい事実ではあるが、目で見たすべてが生きた遺物ギフトの実在を示している。


「……名前でいい。イデアだ。ヘンテコな呼ばれ方をするより、その方がよっぽど自然だろ」

「イデア? なるほど、イデアですね。わかりまシタ。ワタシはパンデクテスです」

「知ってるよ。今聞いたところだ」

「すみまセン、人間のちゃちな脳ミソじゃまだ覚えられていないんじゃないかと思って」

「自分の知る情報さえろくに引き出せないようなやつが、よく他人ひとの記憶力を疑えたモンだな……」


 ため息をつきながらも、脳内で算盤を弾く。遺物ギフトにはそれを商うプロメテウス商会の定めた等級、要はランクが存在する。

 生体遺物ギフト。その価値はいかほどか?

 こいつは実在さえ怪しまれるような極めつけのイレギュラーだ。ならば等級は決まっている。

 希少級レアでも、それどころか至高級エピックでさえない。商会が遺物ギフトの買取価格を安くするために実在しないランクを作っているのではないか、とまで揶揄される——伝説級レジェンダリー

 空想のような遺物ギフトには、幻想のような等級こそがふさわしい。


「……至高級エピック遺物ギフトでも売れば一生金には困らないってレベルだ。伝説級レジェンダリーなんて……計り知れないくらいの価値なんじゃないのか」


 身が震える。もし商会に売ることができれば、きっととてつもない値段がつく。

 それこそ、俺と妹が一生豪遊しても使いきれないほど。子孫の繁栄まで約束されるレベルの資産。

——なんとしてでも、こいつを金に換えないと。

 兄妹ふたり、生きていくには金が要るのだ。だがこのご時世、頼れるツテもコネも知識もない、俺のような人間が妹を養えるほどの職に就けるはずもない。だからこそ、こうして遺物ギフトハンターとして日夜迷宮に潜っている。

 けどそれも、肝心の遺物ギフトが見つからなければ俺たちは干上がるほかない。収入は常に不安定で、調子が悪ければ数カ月なにも見つからないなんてこともザラにある。

 さらになによりも危険を伴う。魔物に喰われるか、迷宮の罠で致命傷を負うか、さっきの賊のようなやつらに命ごと遺物ギフトを奪われるか……そんな心配を妹にかけ続ける日々。

 だがそれもこれで終わりだ。


「パンデクテス。確認するが、俺といっしょに来るってことでいいんだよな?」

「はい。ワタシは遺物ギフト、すなわち道具。ならば所有者の助けになることこそがワタシの存在意義であり、使命です」

「よしきた。ならとっとと迷宮を出て街に行くぞ。こんなカビ臭い場所にいつまでもいることはない」


 幸いパンデクテスは従順だ。いや、さっきの言動はまあまあ失礼ではあったが、とりあえず俺に反抗する様子はない。

 街に戻って商会に引き渡す。それで俺たちの関係は終わり。

 そして俺は伝説級レジェンダリー遺物ギフトと引き換えに、商会から莫大な金をもらうのだ。

 金さえあればこんな仕事もやらなくていい。妹とずっといっしょにいて、面倒を見てやれる。

 ああ、ならデーグラムを出て別のコロニーに移るべきか。あの街は迷宮の近くで活気があるが、ごみごみとしているし、近頃は特に治安も悪い。

 もっと穏やかで草木のある、落ち着いた場所に住もう。リディアもきっとその方が気に入るはずだ。


「ですが、イデア」

「……ん? なんだ、どうかしたか」


 手に入るであろう金の使い道を考え、半ば空想に浸っていた俺に、パンデクテスが外を見ながら声をかける。

 俺は、このあとの商会への引き渡しをなるべく円滑に進めるため、関係の悪化を招かぬよう優しい声音を出すよう努めながら訊く。


「男性が三人、接近中デス。様子からして、既にこちらに向けて相当の敵意を抱いています」

「はあ!?」


 努力むなしく、俺は大声を出してパンデクテスの視線の先を追う。

 すると俺が来た廊下の方から、さっきの盗賊三人組がずんずんと向かってきているではないか。


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