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第11話 『迷宮の隠し部屋』

「詳しくは割愛するが、こいつは生きた遺物ギフトでね。あまり見かけないだろうが、そういうものだと思ってくれ」

「はあ、そんな遺物ギフトもあるんですねー……見た目はすごく綺麗な女の子なのに、すごいです」

「そうデス、ワタシはすごいのデス。もっと褒めてください」

「時間の無駄だから無視していいぞ。それよりさっきのパンデクテスの質問だが、ソフィはどうしてこんなところにいたんだ? 武器も持たず……ちょっと不用心じゃないのか」


 パンデクテスはまた口をあんぐり開けて俺を見上げていたが、意図的にスルーした。面倒なので。


「えと……ソフィたちの隠れ里がこの辺りにあるんです」

「迷宮の中に住んでるってことか? ……あまり快適な住居とは思えないが。それに迷宮は一定周期で造りが変わるだろ」


 確かに、コロニーを迫害される魔族たちが迷宮に居を構えるという噂を聞いたことはある。だがハンターの視点から言って、ここはとても人が住めるような場所ではない。

 そのため信じてはいなかったのだが、どうも事実は違うようだった。


「厳密には迷宮ではないんです。迷宮の中にあるんですけど、迷宮に含まれていない場所があって……」

「……空白地帯、みたいなコトか。そんな場所があったなんて、五年も入り浸ってたのに気付かなかったな」

「奥地にありますから。でも最近、里の近くで怪しい人たちをよく見かけて……それで、見回りに出てたんですけど」

「そこを魔物に襲われた、か」


 こくん、とソフィはうなずいた。


「うう、自分でも間抜けだってわかってます。ソフィはいつもこうなんです、お姉ちゃんやみんなと違っていつもドジばっかりで……」

「間抜けとまでは言わないが、確かに危険なことは控えた方がよさそうだ。ソフィは魔法が使えるから武器がなくても平気かもしれないが、魔物も魔法は使えるわけだしな」


 さっきのガルムは使ってこなかったが、やつらが角にエネルギーを溜めて、雷のようなものを撃ち出すところを何度か見たことがある。

 雷の魔法。あれをかわすのは困難だ。主に中距離で使ってくるので、ガルムと戦うときはなるべく一息に距離を詰めるというのが俺の見出した自分なりの攻略法なのだった。


「イデアさんは怖がったり、嫌ったりしないんですね。ソフィの魔法や、この翼のこと」

「俺ははぐれ者なんでね。苦労はあるだろうが、他人にできないことができるっていうのは長所だと俺は思う」

「長所……そんな風に言われたのは初めてです。ふふ、変わってますね、イデアさんは」


 控えめに、けれど確かにソフィは笑った。素朴で付き合いやすさを感じる笑顔。

 しかしここは迷宮の中だ。危機が去ったというのなら、ソフィも速やかに里へ帰るべきだろう。

 そう、思ったのだが。


遺物ギフトハンターさん、ってことは、迷宮で遺物ギフトを探してるんですよね? 実はわたし、隠し通路を知ってるんです。奥に入ったことはないんですけど」

「なんだって? 迷宮の隠し通路……確かなのか? まだ誰にも見つかっていない場所か?」

「はい、きっと。奥まった場所にあって、ソフィたちの里からは近いんですけど、デーグラム側の入り口からは離れてますから。えっと、ソフィたちはあんまり遺物ギフトに関心はないのでよく知らないんですが、そういう場所には遺物ギフトがあることが多いんですよね?」

「多いなんてもんじゃない。まだ未開拓の場所であれば、確実に存在する」


 五年のハンター生活で、運良くそうした隠し通路や隠し部屋を発見できたことが三度ほどある。

 一度目と二度目は、確かに遺物ギフトがあった。三度目は見つけられなかったのだが、痕跡からして俺より先に誰かが入ったみたいだったから、既に持ち去られていたのだろうと俺は考えている。


「じゃあ、よかったら案内しますっ。助けてもらったお礼に!」


 ついさっきまで、迷宮を出てパンデクテスを売りに行こうとしていたところだったが——

 はにかむソフィの申し出は、遺物ギフトハンターにとって断りがたい魅力を備えていた。


 *


「驚いたな。本当にまだ誰にも見つかってない。ソフィ、よくこんなの見つけたな」


 魔物と交戦した場所から、歩くこと十分ほど。一見なにもない突き当たりの床を外すと、さらなる地下へと続く階段が現れた。

 誰かが入った痕跡もない。まず間違いなく、この先には遺物ギフトがあるだろう。

 推定伝説級レジェンダリーの等級であるパンデクテスを売れば金に困ることなどなくなるのだから、わざわざ目先の遺物ギフトを追いかける必要はない。もしかしたら他人にはそう思われるかもしれない。

 だが、そういうことではないのだ。これは遺物ギフトハンターとしての性のようなもの。

 一か月も休まずに迷宮へ潜ったとして、まったく見つからないこともままある遺物ギフト。それが確実に手に入るのだ。

 今すぐ必要でないのだとしても、この機を逃すのは遺物ギフトハンターとして失格。俺を突き動かすのはそんな矜持だ。

 ……あるいは、ただの貧乏性とも言う。


「むむ、ちょっぴり埃っぽいデスね。中も狭そうデスし、ここへ入っていくのはあまり気が進みませんが」

「ならお前はここで待ってるか?」

「待ちませんっ。今度こそはワタシが役に立つところを証明してみせマス!」

「そうか。せいぜい期待しておくよ」

「はい、任せてくだサイ。必ずやイデアの期待に応えましょう……!」


 こいつは皮肉とか通じないのか。通じないんだろうな。

 しかしついてくるのは予定通りだ。さすがに、大切な売り物であるパンデクテスを目の届かない場所にやるのは不安が大きい。


「ソフィの方もついてくることはないんだぞ。こういう隠し通路は罠があったりする確率も高い。魔物はいないだろうが、危険がないわけじゃないんだ」

「えっと、もしかして迷惑でしょうか……? 里の外の方とお話しできる機会はあまりないので、よければごいっしょしたい、です」


 ソフィは遠慮しがちに、けれどまっすぐに見つめてくる。

 正直に言えば、ポンコツテスだけでも手に余るというのに、もうひとり庇護対象を抱えるというのは避けたかった。

 だが——


「仕方がないな。でも、自分の身は自分で守ってもらうからな」

「……! はいっ!」


 正面から頼まれてしまうと、どうにも断りづらい。

 こういう甘さのせいでついさっき命を落としかけたというのに。舌の根の乾かぬ内に同じことを繰り返す辺り、我ながら本当にバカげている。

 わかっていても、人の性質とはそうそう変えられはしないのだ。特に、それが深く根差すものであればあるほど。


「じゃあ、中に入るぞ。ふたりとも、俺が通ったところだけを歩くんだ」


 足元にどんな罠があるか知れたものではない。俺を先頭に、パンデクテス、ソフィの順番で階段を下っていく。ほどなくして平坦な通路に出たが、経験上こういう道は通る場所を最低限にした方がいい。

 俺は隊列が乱れていないことを確認し、慎重に歩を進める。

 陽の差さぬ地底の迷宮。だが不思議なことに、そこは完全な暗闇ではなく、わずかに先を見通す程度の明かりはあった。

 迷宮とは、遺物ギフトとは一体なんなのか? なんのために、どうして存在しているのか?

 そんな疑問は、いつしか覚えなくなった。

 生きるために俺はこの五年、必死に遺物ギフトを漁り続けた。目先の金を得られなければ飢えて野垂れ死ぬ。かといって危険な迷宮で下手を打っても野垂れ死ぬ。いちいち意味や意義など考えてはいられない。

 だが、そうした苦労も今日までだ。この奥にあるはずの遺物ギフト、それが俺の最後に手に入れる宝になるだろう。

 そして、俺とパンデクテスの関係も終わる。終わらせるのだ、この手で——


「へくちっ」


 後方からかわいらしいくしゃみの音。

 次いでカチッ、というなんらかの作動音。

 さらにゴゴゴ——という迷宮そのものが揺れているかのような地響き。

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