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──さて、それでは俺の人生を左右させた作戦の開始だ。
再び、
──まずは、この世界をやり直すからにして、彼女との恋愛はゼロからのスタートだ。
俺は前世の記憶があっても、可憐には、そのようなものは一切ない。
だから最初に恋に始まる前に、可憐に俺の存在を認知させないといけない。
それには彼女の心を強く惹きよせ、俺に好意を抱いてもらうことが肝心だ。
もう、あのような悲劇を起こさないために……。
ふと、気になる点も増えた。
可憐は、なぜ命を狙われたのだろうか。
とりとめて
どこに恨まれるような要素があるだろうか。
いや、あくまでも表向きに、いい
俺は前回の人生で彼女と交際から婚約までに発展したものの、あまりにも彼女のことを知らなすぎた。
結婚して一緒に生活したら、段々と見えてくるのを理由に、可憐に対して、無関心過ぎたのだ。
だから、今度は可憐のことをよく知り、もっと可憐の素顔を知るべきである……。
明日から彼女のことを、よく観察して調査しよう……。
──
彼らは好奇心で仕事をしているにしろ、その探偵という職に誇りをもって稼いで生きている。
そう、普通は人間は、一度命を失ったら、それで終わりの人生だ。
だからこそ小さな火花でも、その一瞬の人生に賭けるかのように、美しく華やかに咲くのかも知れない。
一度死んで、投げやりになりかけてしまった俺とは大違いだ……。
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──待ちに待った、次の日の放課後が来た。
しかし、肝心の可憐がいつになっても来ない。
その現状に待ちきれなくなった俺は、偶然下校中だった、彼女の取りまきでもあった女子生徒の一人に声をかける。
「えっ、可憐ちゃんなら、今日は早退したよ。何か体調が悪いとか言ってたな」
「ありがとう。恩にきるよ」
「何、彼女に何か用なの?」
「まあな」
「そうなの。でも気をつけてよ。彼女のプライベートを知る人間は、ほとんどいないって噂だから」
「可憐はそんな娘じゃないさ」
「それならいいけどね。じゃあね」
「ああ、またな」
俺に向かって。バイバイと去っていく彼女に笑みを浮かべながら、空を見上げると、ポツリポツリと冷たい雨の水滴が顔に当たる。
また、今日の天気予報も外れたな。
鞄から折り畳み傘を掴み、降り始めてきた滴を振り払う。
俺は、その雨で湿りゆく地面を踏みしめるように、校門へと向かった。
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小腹が空いた俺は、帰りがけに行きつけのパン屋に寄り、
人間というものは飽きやすい性分らしく、たまには別のルートで歩まないと、脳内に刺激がなくなり、ボケやすくなると聞いたことがある。
別に俺はその
ただ、いつもとは気分が違っただけだ。
帰宅したら、頭を悩ますような、片割れの親父の面倒も見なければいけない。
だからか、まっすぐに帰りたくない気持ちもあったのだろう。
「あーあ。 全身びしょ濡れだね」
行く先が灰色のブロックのレンガで行き止まりで、その角の路地を曲がろうとした瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。
「にゃんちゃんは、この雨の中、捨てられちゃったの?」
間違いない、この声は可憐だ。
そっと影から様子を伺うと、どうやらこの先はごみ捨て置き場になっているようだ。
そんな中で、水玉の傘を持った制服姿の可憐は、白く薄汚れた一匹の子猫に優しく語りかけながら、胸にその子猫を抱いていた。
「人間って残忍だよね。こうやって要らなくなったら、こんな風に捨てちゃうんだから」
「みぃ……」
「
──だからと言って、そこら辺にいる高校生なんかとは付き合えないよね。交わりたいことしか考えてなくて、まだ子供の考えの固まりだし」
「みぃみぃ……」
「そう、だから捨てられるくらいなら、可憐がこの手でぐちゃぐちゃにしてきた」
「みぃ?」
「だから、君も楽にしてあげるね……」
可憐が服のポケットから、細長い棒のような物を取り出す。
「おい、可憐、何してるんだよ?」
「えっ、
「いや、とぼけるなよ、可憐。その右手に持ってる物は何だよ?」
「あっ……」
可憐が鈍い光を放つカッターナイフを子猫の首から離すと、その光り物の凶器に怖じ気づいて逃げる子猫……。
その子猫に愛着が冷めたのか、見向きもせずに慣れた手つきでカッターナイフをポケットにしまい、彼女はいつもの笑顔でそっと立ち上がる。
「あーあ、見られちゃいましたね。どこから見ていましたか?」
「どこって、一部始終だが? それより今、何をしようとしていたんだよ?」
「洋一さんには関係ないことですよ」
「いや、関係ないわけないだろ。俺は君が……」
俺の眼前から彼女の姿が消える。
いや、消えたのではない。
可憐は体を低くして、俺に抱きついてきただけだ。
腹部に伝わる、熱い痛みとともに……。
「……君が何ですか?」
「可憐、お前、一体……」
彼女は俺の腹に深々と刺さっていたカッターナイフを一気に引き抜き、俺はあまりの痛みに、その場に崩れ落ちた。
ドクドクと吹き出る感触に呼吸が荒くなり、意識が途切れそうになる。
俺は何とか気を張りながら、可憐に質問をぶつけてみた。
「……何で……こんなことするんだよ……」
「さあ、自分の胸に聞いてみたらどうですか。この女たらしさん」
「可憐……それは誤解だ……。彼女とは何もない……ただ……君の行方を知りたくて……声をかけただけで……」
可憐はあの時、まだ学校内にいたのか……?
……いや、そうじゃない。
包み隠そうともしない、取りまきの女子の一人だ。
その気になったら、LINAなどで伝えることも出来るだろう。
しまった……。
彼女に、こんな感情の
今回は俺の大失態だった……。
「可憐……こんなことして、ただで済むと思っているのか……?
「心配入らないですよ。可憐のお祖母ちゃんは警察の組織と裏で繋がっていますから、楽に隠ぺいできるのですよ」
「……なっ、そんなことが……可能なのか……」
「はい。警察のお偉いさんに、お祖母ちゃんが大金を注ぎ込んで、洋一さんを行方不明扱いにしてしまえば、それまでですから」
「……あらあら、残念です。もう亡くなってしまいましたか?」
ケラケラと笑う彼女が、最後に何かを語ろうとしていたか、俺には知るよしもない。
俺は身体中の感覚を失い、深いまどろみに落ちていった……。