◇◆◇◆
「──でさ。アイツさあ、態度がデカイだけで見かけだおしでさ。脱いだらさ、中身は全然たいしたヤツじゃないんだよ」
「……ちょっと
友達と
「何だ、
「ごめん、実里。ちょっと調べて欲しい男子生徒がいるんだけど?」
おずおずとためらいがちな可憐に、意外そうな顔つきになる実里。
「ははーん、同世代に恋なんかしないと誓っていた娘がね。こりゃ、すみにおけんわ」
「ちょっ、からかわないで可憐の話を最後まで聞いてよ」
「あはは、分かった。それでどんな男かな? お姉さんに聞かせてみ?」
「もう、同年代で知り合ったばかりなのに、何、先輩面してるのよ……まあいいや。あの、実はね……」
恥ずかしがりながらも可憐は、実里の友達に隠すかのように耳打ちをする。
その予想外な相手に実里は驚きを隠せないようだ。
「……何、ソイツ。昔知り合ってたとは言え、ただの変人やん」
「そんなこと言わないでよ。彼、確かに目つきは鋭いけど、昔から優しい部分もあって、温かいというか……」
「ふーん。
「何よ、誰に恋をしようと可憐の勝手じゃん……それに亡き者って何の冗談よ?」
俺は二人が話している空から、彼女らの話に耳を傾けていた。
いや、また蝶になった俺には彼女の会話など、どうでもよかった。
そんなことより、なぜ俺は可憐から命を奪われたのかが、優先順位だったからだ。
「分かった。わたしから近づいて、ちょっと彼の最近の素行を調べてみる。何かあったらLINAで教えるね」
「うん、ありがとう」
俺はLINAという言葉にピクリと反応し、再び、実里の上を気にして飛んでいた羽が、思わず止まりそうになる。
実里と呼ばれた女子はよく見たら、彼女が転入してから、すぐに打ち解けた、可憐の取りまきの一人でもある
あの時、俺がろくに下調べもせず、可憐を探すために目の前で呼び掛けた相手が、その女子だったとは……これは調査不足だった。
俺は最初から、二人の罠にはめられていたのかも知れない……。
◇◆◇◆
──辺りは昼下がりから夜になり、俺の視点は学校から、可憐の自宅の方へと移される。
ちょうど彼女は自室にいて、お風呂上がりだった。
それから、俺に不意をついたかのように、豊満な胸元を震わせ、黄色の花柄のバスタオルで体を隠していたのをはだく。
俺は、その思いがけない行為に、条件反射で体を彼女から反対側に反らし、可憐の裸を見ないように努める。
その間に彼女はファンシーなピンクのパジャマに着替え、腰まである濡れた茶髪をドライヤーで乾かしている
普通の通話ではなく、通信システムによる無料なLINAでの通話。
これは、どうやら長い話になりそうな気がする。
俺は近くに置かれていた、木のタンスの影に止まり、しばし彼女の話を聞いてみることにした……。
「……もしもし、実里。ああ、例の件どうだった?」
可憐がベッドサイドに腰かけて、スマホをスピーカーモードにして、乾いた長い茶髪を紅模様の竹クシでときながら、
『……可憐、言いづらいんだけど、アイツは止めといた方がいいよ』
「えっ、どうかした?」
『アイツ、ああ見えて、実は裏では大の女好きみたいだよ。よりにもよって、放送委員の看板娘とイチャイチャしてるらしいよ……名前は、あの
「えっ、日向さんと、そんな繋がりが?」
『どうしたの?』
「……いや、今日、雨が降っていたから、日向さんに傘を渡したすぐ後に、洋一さんと出会って、一緒に帰ったから」
『あちゃー。それはヤバいよ。二人同時に手を出そうとしてるかもよ』
「そうなんだね。同年代から接してくる男なんて、昔の洋一さん以外、今までいなかったから、何かうまい話だなとは思っていたけど……」
『どうする。大平洋一は消すの?』
「いや、もうちょっとだけ、様子を見ようよ。明日は可憐が、嘘の体調不良の早退をするから、その際に実里が洋一さんに近づいてみて」
『オッケー。あたしから何かあったら、またLINAで伝えるね。それじゃあ、おやすみ』
「うん、おやすみ」
通話を終えた可憐がクシを置き、ベッドから立ち上がり、顔を俯かせ、何やらブツブツと口ずさみながら、学習机の引き出しを開ける。
……乱雑にしまっている本などを、ポイポイとピンクのカーペットに投げ捨て、一本の鈍い光を放つ見覚えのある黄色い棒をぎゅっと掴んでいた。
それは俺を殺害した、あのカッターナイフに間違いない。
「──大平洋一、昔はどうでも、場合によっては消えてもらうわ」
彼女は異常なほどの異形なまなざしで、そのカッターナイフの柄を握りしめていた……。
──あれ?
彼女の豹変した姿はそうと、気になる部分が一つだけ引っかかる。
俺はこの二度目の世界では、体育祭より前の9月の日にちで、日向さんとまだ打ち解けていなく、あまり仲良く話をしたこともない。
日向さんと仲良くなったのは、最初の人生の時による、10月にある体育祭の時だったからだ。
もしかしてこの世界は、俺の知らない間で上書きされているのだろうか?
頭がパニックになり、謎が謎を呼んでいくさまだった……。
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「──どうやら、今回も駄目じゃったみたいじゃな」
そこへ、マンホールのような異空間のゲートが開き、しわがれた細長い片腕が伸びて、俺の羽が捕まえられる。
「はっ、離せよ。デレサ。今いいところだったんだぜ。まだ最後まで見てないだろ!」
「最後まで見らんでも結果は同じじゃ。それよりどうじゃ、女心の極意とやらが、少しは分かったかの?」
「デレサ、お前、最初から、この結末になることを知ってたな!」
「いややな、血気盛んな蝶で怖いのう。あたいは知らぬよ。あたいが知るのは、あんたが死んで、この世界に蝶になって舞い戻り、さっきみたいに、あんたが蝶の視点になり、過去の記憶を探っている時だけじゃ」
「……じゃあ、俺のリアルを過ごしていた時間帯は何も知らないと?」
「じゃから、さっきそう言ったじゃろ?」
「くそっ、あの
俺は冷静になり、疲れきった羽を癒すために、虫かごの片隅に止まる。
「
デレサが虫かごの
「ああ、何度でもやってやるさ!」
俺は飢えた器官を満たすために、そのゼリーを吸い込んでゆく。
「ふふっ、そうまでして、無心に食べてくれると作りがいがあるわい」
デレサがニヤリと口角を尖らす中、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅤと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。
「まあ、まだチャンスはあるからの。焦るな、少年よ」
「ああ、デレサ。見てろよ。俺は絶対に彼女……可憐と幸せになってみせる」
「ふふっ。見ろも何も、あんたが過ごすリアルの事情は分からんのじゃが?」
「そうだったな。だが、物語はハッピーエンドで終わらせたいだろ」
「まあ、そうじゃなければ、こんな場所で蝶になって、さ迷わんからの」
「さて、のんびりとお茶会を開いてる場合じゃないな。じゃあな。デレサ」
「ふふっ。今度来たときはクッキーでも焼いとくかの」
俺はデレサの
光輝くリングの何重かの輪に包まれたまま、静かに、この空間から立ち去った……。