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第10話 物語はハッピーエンドで終わらせたいから

◇◆◇◆


「──でさ。アイツさあ、態度がデカイだけで見かけだおしでさ。脱いだらさ、中身は全然たいしたヤツじゃないんだよ」

「……ちょっと実里みのり、話の途中にごめん。ちょっといいかな?」


 友達と他愛たあいないお喋りをしていた、実里と呼ばれた金髪のショートの女子生徒が、こちらに振り返る。


「何だ、可憐かれんじゃん。そんな真面目な顔してどうしたの?」

「ごめん、実里。ちょっと調べて欲しい男子生徒がいるんだけど?」


 おずおずとためらいがちな可憐に、意外そうな顔つきになる実里。


「ははーん、同世代に恋なんかしないと誓っていた娘がね。こりゃ、すみにおけんわ」

「ちょっ、からかわないで可憐の話を最後まで聞いてよ」

「あはは、分かった。それでどんな男かな? お姉さんに聞かせてみ?」

「もう、同年代で知り合ったばかりなのに、何、先輩面してるのよ……まあいいや。あの、実はね……」


 恥ずかしがりながらも可憐は、実里の友達に隠すかのように耳打ちをする。

 その予想外な相手に実里は驚きを隠せないようだ。


「……何、ソイツ。昔知り合ってたとは言え、ただの変人やん」

「そんなこと言わないでよ。彼、確かに目つきは鋭いけど、昔から優しい部分もあって、温かいというか……」

「ふーん。大平洋一おおひらよういちか。今まで好きだった男を亡き者にしてきた娘が、ここまでベタぼれになるとはね……」

「何よ、誰に恋をしようと可憐の勝手じゃん……それに亡き者って何の冗談よ?」


 俺は二人が話している空から、彼女らの話に耳を傾けていた。


 いや、また蝶になった俺には彼女の会話など、どうでもよかった。


 そんなことより、なぜ俺は可憐から命を奪われたのかが、優先順位だったからだ。


「分かった。わたしから近づいて、ちょっと彼の最近の素行を調べてみる。何かあったらLINAで教えるね」

「うん、ありがとう」


 俺はLINAという言葉にピクリと反応し、再び、実里の上を気にして飛んでいた羽が、思わず止まりそうになる。


 実里と呼ばれた女子はよく見たら、彼女が転入してから、すぐに打ち解けた、可憐の取りまきの一人でもあるだったからだ。


 あの時、俺がろくに下調べもせず、可憐を探すために目の前で呼び掛けた相手が、その女子だったとは……これは調査不足だった。


 俺は最初から、二人の罠にはめられていたのかも知れない……。


◇◆◇◆


 ──辺りは昼下がりから夜になり、俺の視点は学校から、可憐の自宅の方へと移される。


 ちょうど彼女は自室にいて、お風呂上がりだった。


 それから、俺に不意をついたかのように、豊満な胸元を震わせ、黄色の花柄のバスタオルで体を隠していたのをはだく。


 俺は、その思いがけない行為に、条件反射で体を彼女から反対側に反らし、可憐の裸を見ないように努める。


 その間に彼女はファンシーなピンクのパジャマに着替え、腰まである濡れた茶髪をドライヤーで乾かしている最中さいちゅうに、ベッドの布団に置いていたスマホから、LINAによる通話が入った。


 普通の通話ではなく、通信システムによる無料なLINAでの通話。


 これは、どうやら長い話になりそうな気がする。


 俺は近くに置かれていた、木のタンスの影に止まり、しばし彼女の話を聞いてみることにした……。


「……もしもし、実里。ああ、例の件どうだった?」


 可憐がベッドサイドに腰かけて、スマホをスピーカーモードにして、乾いた長い茶髪を紅模様の竹クシでときながら、神妙しんみょうな面持ちで実里に話を切り出した。


『……可憐、言いづらいんだけど、アイツは止めといた方がいいよ』

「えっ、どうかした?」

『アイツ、ああ見えて、実は裏では大の女好きみたいだよ。よりにもよって、放送委員の看板娘とイチャイチャしてるらしいよ……名前は、あの日向夏紀ひゅうがなつきだよ』


「えっ、日向さんと、そんな繋がりが?」

『どうしたの?』

「……いや、今日、雨が降っていたから、日向さんに傘を渡したすぐ後に、洋一さんと出会って、一緒に帰ったから」

『あちゃー。それはヤバいよ。二人同時に手を出そうとしてるかもよ』

「そうなんだね。同年代から接してくる男なんて、昔の洋一さん以外、今までいなかったから、何かうまい話だなとは思っていたけど……」


『どうする。大平洋一は消すの?』

「いや、もうちょっとだけ、様子を見ようよ。明日は可憐が、嘘の体調不良の早退をするから、その際に実里が洋一さんに近づいてみて」


『オッケー。あたしから何かあったら、またLINAで伝えるね。それじゃあ、おやすみ』

「うん、おやすみ」


 通話を終えた可憐がクシを置き、ベッドから立ち上がり、顔を俯かせ、何やらブツブツと口ずさみながら、学習机の引き出しを開ける。


 ……乱雑にしまっている本などを、ポイポイとピンクのカーペットに投げ捨て、一本の鈍い光を放つ見覚えのある黄色い棒をぎゅっと掴んでいた。


 それは俺を殺害した、あのカッターナイフに間違いない。


「──大平洋一、昔はどうでも、場合によっては消えてもらうわ」


 彼女は異常なほどの異形なまなざしで、そのカッターナイフの柄を握りしめていた……。


 ──あれ? 

 彼女の豹変した姿はそうと、気になる部分が一つだけ引っかかる。


 俺はこの二度目の世界では、体育祭より前の9月の日にちで、日向さんとまだ打ち解けていなく、あまり仲良く話をしたこともない。


 日向さんと仲良くなったのは、最初の人生の時による、10月にある体育祭の時だったからだ。


 もしかしてこの世界は、俺の知らない間で上書きされているのだろうか?

 頭がパニックになり、謎が謎を呼んでいくさまだった……。


****


「──どうやら、今回も駄目じゃったみたいじゃな」


 そこへ、マンホールのような異空間のゲートが開き、しわがれた細長い片腕が伸びて、俺の羽が捕まえられる。


「はっ、離せよ。デレサ。今いいところだったんだぜ。まだ最後まで見てないだろ!」


 深淵しんえんのホールを抜けて、バタバタともがく蝶の俺とは裏腹に、老婆──マザー・デレサの素早い手さばきにより、俺はまたしても、緑色の四角い虫かごに強引に入れられる。


「最後まで見らんでも結果は同じじゃ。それよりどうじゃ、女心の極意とやらが、少しは分かったかの?」

「デレサ、お前、最初から、この結末になることを知ってたな!」

「いややな、血気盛んな蝶で怖いのう。あたいは知らぬよ。あたいが知るのは、あんたが死んで、この世界に蝶になって舞い戻り、さっきみたいに、あんたが蝶の視点になり、過去の記憶を探っている時だけじゃ」


「……じゃあ、俺のリアルを過ごしていた時間帯は何も知らないと?」

「じゃから、さっきそう言ったじゃろ?」


「くそっ、あのむすめは、一体何を考えてやがる……」


 俺は冷静になり、疲れきった羽を癒すために、虫かごの片隅に止まる。


随分ずいぶんと悔しそうじゃの。じゃが、このゼリーを吸えば、またリアルの人生を歩めるぞい」


 デレサが虫かごのさくを開けて、銀の8号の丸カップに入った真っ赤なゼリーを再度、俺の手前に差し出す。


「ああ、何度でもやってやるさ!」


 俺は飢えた器官を満たすために、そのゼリーを吸い込んでゆく。


「ふふっ、そうまでして、無心に食べてくれると作りがいがあるわい」


 デレサがニヤリと口角を尖らす中、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅤと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。


「まあ、まだチャンスはあるからの。焦るな、少年よ」

「ああ、デレサ。見てろよ。俺は絶対に彼女……可憐と幸せになってみせる」

「ふふっ。見ろも何も、あんたが過ごすリアルの事情は分からんのじゃが?」

「そうだったな。だが、物語はハッピーエンドで終わらせたいだろ」

「まあ、そうじゃなければ、こんな場所で蝶になって、さ迷わんからの」


「さて、のんびりとお茶会を開いてる場合じゃないな。じゃあな。デレサ」

「ふふっ。今度来たときはクッキーでも焼いとくかの」


 俺はデレサのごとを半端無視し、別れの挨拶を告げる。

 光輝くリングの何重かの輪に包まれたまま、静かに、この空間から立ち去った……。

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