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第14話 なぜ彼女を巡って事件は起こるのか

◇◆◇◆


「……いいか、あいつは不甲斐ふがいなき女だ」


 ──暗闇で夜目やめかない路地裏。

 何やらキテレツな声で、側にいるもう一人の男に話しかけている。


「だから、彼女を問題なく消せ」


 片割れの人物がヘリウムガスを含んだかのような甲高い声で、とんでもないことを言っていた。


 そんな中、俺はまた蝶になって、その二人以外の気配が感じられない、静かな街角の空間を舞っていた。


 その周囲は非常に暗く、街灯などの照明がないため、二人の間に何が行われているかは、会話からでしか分からない。


「へへっ、うまくいったら、報酬はいくら出す?」

「これだけ用意しよう」

「マジかよ、数十億単位の金くれるのかよ? 一生遊んで暮らせるじゃないか」

「そう、激務なトラック運転なんてやらずにすむよ。さらに万が一に向けて、これに保険料を上乗せしとこう」

「要するに未遂でも、多額な金が貰えるって話か」 

「ああ、悪い話ではないだろう」


 二人組が何やら取り引きをしているようだが、よく聞いてみると、物騒な会話に聞こえなくもない。


 ふと、トラック運転手との言葉に心がざわめく。


 そうか、前回のトラックの騒ぎは、偶然ではなく、仕組まれた計画だったようだ。


「じゃあ、これで交渉成立だな」


 そろそろ視界が広がってきた。


 片方の男が、もう一人の片手を握り、強引にハイタッチをしている。


「いや、待て。あの男のことだから、そう簡単にことはいかないだろう」

「へっ、どうするんだ?」

「大量の角材を積んで行け」

「角材か?」

「ああ。それをあの男の前に並べて、身動きを取れなくすれば、確実に女は殺せる。もし、何か裁判沙汰とかになっても、角材の事故としてカムフラージュできるし、完璧な作戦だろう」

「分かった。急ピッチで手配するから、金の件は頼んだぞ」

「了解だ。これは立派な仕事だからな。やり方はキミに任せるよ」


 そう言い放つと、一人はその場から去っていった。


 俺は、その去っていく人影を追おうとした時、全身が痙攣けいれんして、麻酔をかけられたかのように動けなくなる。


「──困るなあ。盗み聞きなんてしちゃあ?」


 去ろうとした男が足を止めて、俺の前に振り向く。

 動けない俺の羽を両手で掴み、そのまま片方の羽をむしり取られた。


 ふと、体からあふれ出る命。

 あまりの痛みに、心の声さえも出せない。


「いくら昆虫だとは言え、所有者が利用して、密かに体から、盗聴されている恐れがあるからね」


「念には念を入れないと……!」


 そう静かに、俺の耳元でささやいた人物が、俺の体をつまみ上げ、そのままグリグリと潰そうとする。


 身体中に。何重ものくさりに絡まれたかのような感触になり、その鎖の縛りに、押し潰されそうな激痛が体に走る。


 このままでは俺は、蝶としての意識を失うかも知れない……。


「──いや、そうはさせんわい」


 ──まさに絶望を味わっていた瞬間、異空間の水溜まりのようなゲートが開き、そこから光輝くしわがれた腕が俺の元へ伸びる。


 そのまま蝶の俺は、その出てきた腕によって、体を丸ごとさらわれた……。


****


「──本当に危なかったのお……」


 デレサがヒヤヒヤとしたような台詞で、俺の体を、緑の四角い虫かごに閉じ込める。


「無茶をしおって。あんた、下手をしたら、あの場で死んでたぞい」


 俺が死んでた?

 蝶になっても、魂が残っていると言うことか?


「そうじゃ。今のあんたは、蝶という弱々しい状態じゃからの。今回は、あたいの目の届いた範囲内だから良かったものを……」


 どうやら俺は間一髪のところで、デレサにうまいこと助けられたらしい。


「これに懲りたら、これからは、あのような無鉄砲な行為は避けるのじゃぞ」


 すまない、デレサ。


 俺が片方だけの羽を揺らして、デレサに礼をすると、彼女は虫かごのさくを開けて、三度目となるアルミカップに入ったゼリーを置く。


 俺が迷うことなく、そのゼリーを吸い込むと、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅣと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。


「……デレサ、気になることがあるんだが、この腕に刻まれた英数字は何だ?」

「それはあんたがあと何回、この人生を死んでからやり直せるかじゃよ。その腕の数字からして、あと四回しか人生の生き返りはできんぞい」

「そうか。ゲーム感覚で、ゾンビみたいに無限に生き返れるわけじゃないんだな」

「そうじゃ、そのようなことができたら、あたいは、この世界からお払い箱で、不治の病が治せる病院とかで、ガンガンに儲けて暮らしとるかもしれんし、その病院機関が消え失せる恐れもあるわい。


「──それに本来なら、命とは一つしかないもの。じゃから、命あるものは一生懸命に生きようとする。

じゃが、勘違いされても困るが、何度も命をやり直せるゲームと、現実の一度きりの人生を重ねるのではないぞ。その二つを両天秤にかけても、根本的に違うわい」

「……そうだったな。軽はずみな発言をしてすまなかった」


「……まあ、いちいち謝罪しなくてもよいさ。誰にでも、このような状況下に落ちたら、そうなるのも分かるわい」


「──それはそうと、今回もなすすべもなく殺られたみたいじゃの。リアルで何があったんじゃ?」


 人間に戻った俺は多少、戸惑いを隠したまま、デレサの顔をじっと見つめた。


 紫のフードを被った顔から、白髪がちらつき、喋り方以外にも、年寄り臭さを感じさせる。


 恋愛として、興味の対象にはならないが、今、この俺の状況を理解できるのは、この人だけだ。


「……じゃあ、訊いてくれ、デレサ」


 俺はデレサに、すべてを打ち明ける覚悟を決めて、重い口を開く。


「……実は何者かが、可憐かれんの命を狙っている」

「ふむ、いきなり随分ずいぶんと、たまげた話じゃの……」


 デレサが肩を落とし、俺に近づき、親身になる態度から、話の筋道を本意で知ろうとするのが分かる。


「俺も初めは偶然かと思っていたが、過去の二回の人生で必ずと言っていいほど、可憐は殺されているんだ」


 その言葉にフードを深く被り、口元を真一文にするデレサ。


「そうか。しかし引っかかる部分もあるのう……あんたが、可憐に殺された時もあったじゃろ?」

「ああ。それもそうだが、蝶になった時に見た先ほどの二人から、前回のトラックの件は事故に見せかけて、可憐の命を奪おうとしていたんだ……。

だけどそれは未遂に終わり、最終的には入院先の院内で可憐の命を奪ったんだ」

「ふむ、そんなカラクリがあったんじゃな。さっきの二人組の会話の謎がようやく読めてきたわい」

「彼らは俺たちに、可憐を消す情報が漏れるのを恐れてるみたいだ。その結果、前回はやられたんだが……」


「……問題はどうやって、その主犯者を確認するかじゃの」

「ああ。今回は正体が掴めたと思いきや、暗闇で姿が分からなくて、さらにヘリウムガスで声を変えていたから、性別の区別もつかなかった……」

「じゃが、その可憐が知っている人物の犯行に間違いなかろう。そうじゃなかったら、あんたに顔を隠して、行動に移すはずがないからの」


 確かに、そうだ。


 第三者による犯行なら、顔を知られても構わないはず。

 知られて困るのは、その犯行を捕まえようとする人物と、警察の類いだけだ。


 それに知人が犯人なら、捕まえるのは容易たやすい。

 顔を変えて変装しても、知り合いの情報を得て、犯人の顔を簡単に判別できるからだ。


 まさに理不尽さを越えた、確実となる証明。

 便利な世の中になったものだ。


「じゃあ、今度からは、その犯人の同行もさぐらんといけんのう。

──じゃが、くれぐれも危ない橋は渡るんじゃないよ」

「ああ。十分に気をつけるよ」


 俺は意識を沈めながら、デレサとのしばしの別れを告げた。


 いや、こうやってデレサと、この世界で会うのも、今回限りにして欲しいものだ……。

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