◇◆◇◆
「……いいか、あいつは
──暗闇で
何やらキテレツな声で、側にいるもう一人の男に話しかけている。
「だから、彼女を問題なく消せ」
片割れの人物がヘリウムガスを含んだかのような甲高い声で、とんでもないことを言っていた。
そんな中、俺はまた蝶になって、その二人以外の気配が感じられない、静かな街角の空間を舞っていた。
その周囲は非常に暗く、街灯などの照明がないため、二人の間に何が行われているかは、会話からでしか分からない。
「へへっ、うまくいったら、報酬はいくら出す?」
「これだけ用意しよう」
「マジかよ、数十億単位の金くれるのかよ? 一生遊んで暮らせるじゃないか」
「そう、激務なトラック運転なんてやらずにすむよ。さらに万が一に向けて、これに保険料を上乗せしとこう」
「要するに未遂でも、多額な金が貰えるって話か」
「ああ、悪い話ではないだろう」
二人組が何やら取り引きをしているようだが、よく聞いてみると、物騒な会話に聞こえなくもない。
ふと、トラック運転手との言葉に心がざわめく。
そうか、前回のトラックの騒ぎは、偶然ではなく、仕組まれた計画だったようだ。
「じゃあ、これで交渉成立だな」
そろそろ視界が広がってきた。
片方の男が、もう一人の片手を握り、強引にハイタッチをしている。
「いや、待て。あの男のことだから、そう簡単にことはいかないだろう」
「へっ、どうするんだ?」
「大量の角材を積んで行け」
「角材か?」
「ああ。それをあの男の前に並べて、身動きを取れなくすれば、確実に女は殺せる。もし、何か裁判沙汰とかになっても、角材の事故としてカムフラージュできるし、完璧な作戦だろう」
「分かった。急ピッチで手配するから、金の件は頼んだぞ」
「了解だ。これは立派な仕事だからな。やり方はキミに任せるよ」
そう言い放つと、一人はその場から去っていった。
俺は、その去っていく人影を追おうとした時、全身が
「──困るなあ。盗み聞きなんてしちゃあ?」
去ろうとした男が足を止めて、俺の前に振り向く。
動けない俺の羽を両手で掴み、そのまま片方の羽をむしり取られた。
ふと、体からあふれ出る命。
あまりの痛みに、心の声さえも出せない。
「いくら昆虫だとは言え、所有者が利用して、密かに
「念には念を入れないと……!」
そう静かに、俺の耳元で
身体中に。何重もの
このままでは俺は、蝶としての意識を失うかも知れない……。
「──いや、そうはさせんわい」
──まさに絶望を味わっていた瞬間、異空間の水溜まりのようなゲートが開き、そこから光輝くしわがれた腕が俺の元へ伸びる。
そのまま蝶の俺は、その出てきた腕によって、体を丸ごと
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「──本当に危なかったのお……」
デレサがヒヤヒヤとしたような台詞で、俺の体を、緑の四角い虫かごに閉じ込める。
「無茶をしおって。あんた、下手をしたら、あの場で死んでたぞい」
俺が死んでた?
蝶になっても、魂が残っていると言うことか?
「そうじゃ。今のあんたは、蝶という弱々しい状態じゃからの。今回は、あたいの目の届いた範囲内だから良かったものを……」
どうやら俺は間一髪のところで、デレサにうまいこと助けられたらしい。
「これに懲りたら、これからは、あのような無鉄砲な行為は避けるのじゃぞ」
すまない、デレサ。
俺が片方だけの羽を揺らして、デレサに礼をすると、彼女は虫かごの
俺が迷うことなく、そのゼリーを吸い込むと、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅣと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。
「……デレサ、気になることがあるんだが、この腕に刻まれた英数字は何だ?」
「それはあんたがあと何回、この人生を死んでからやり直せるかじゃよ。その腕の数字からして、あと四回しか人生の生き返りはできんぞい」
「そうか。ゲーム感覚で、ゾンビみたいに無限に生き返れるわけじゃないんだな」
「そうじゃ、そのようなことができたら、あたいは、この世界からお払い箱で、不治の病が治せる病院とかで、ガンガンに儲けて暮らしとるかもしれんし、その病院機関が消え失せる恐れもあるわい。
「──それに本来なら、命とは一つしかないもの。じゃから、命あるものは一生懸命に生きようとする。
じゃが、勘違いされても困るが、何度も命をやり直せるゲームと、現実の一度きりの人生を重ねるのではないぞ。その二つを両天秤にかけても、根本的に違うわい」
「……そうだったな。軽はずみな発言をしてすまなかった」
「……まあ、いちいち謝罪しなくてもよいさ。誰にでも、このような状況下に落ちたら、そうなるのも分かるわい」
「──それはそうと、今回もなすすべもなく殺られたみたいじゃの。リアルで何があったんじゃ?」
人間に戻った俺は多少、戸惑いを隠したまま、デレサの顔をじっと見つめた。
紫のフードを被った顔から、白髪がちらつき、喋り方以外にも、年寄り臭さを感じさせる。
恋愛として、興味の対象にはならないが、今、この俺の状況を理解できるのは、この人だけだ。
「……じゃあ、訊いてくれ、デレサ」
俺はデレサに、すべてを打ち明ける覚悟を決めて、重い口を開く。
「……実は何者かが、
「ふむ、いきなり
デレサが肩を落とし、俺に近づき、親身になる態度から、話の筋道を本意で知ろうとするのが分かる。
「俺も初めは偶然かと思っていたが、過去の二回の人生で必ずと言っていいほど、可憐は殺されているんだ」
その言葉にフードを深く被り、口元を真一文にするデレサ。
「そうか。しかし引っかかる部分もあるのう……あんたが、可憐に殺された時もあったじゃろ?」
「ああ。それもそうだが、蝶になった時に見た先ほどの二人から、前回のトラックの件は事故に見せかけて、可憐の命を奪おうとしていたんだ……。
だけどそれは未遂に終わり、最終的には入院先の院内で可憐の命を奪ったんだ」
「ふむ、そんなカラクリがあったんじゃな。さっきの二人組の会話の謎がようやく読めてきたわい」
「彼らは俺たちに、可憐を消す情報が漏れるのを恐れてるみたいだ。その結果、前回はやられたんだが……」
「……問題はどうやって、その主犯者を確認するかじゃの」
「ああ。今回は正体が掴めたと思いきや、暗闇で姿が分からなくて、さらにヘリウムガスで声を変えていたから、性別の区別もつかなかった……」
「じゃが、その可憐が知っている人物の犯行に間違いなかろう。そうじゃなかったら、あんたに顔を隠して、行動に移すはずがないからの」
確かに、そうだ。
第三者による犯行なら、顔を知られても構わないはず。
知られて困るのは、その犯行を捕まえようとする人物と、警察の類いだけだ。
それに知人が犯人なら、捕まえるのは
顔を変えて変装しても、知り合いの情報を得て、犯人の顔を簡単に判別できるからだ。
まさに理不尽さを越えた、確実となる証明。
便利な世の中になったものだ。
「じゃあ、今度からは、その犯人の同行も
──じゃが、くれぐれも危ない橋は渡るんじゃないよ」
「ああ。十分に気をつけるよ」
俺は意識を沈めながら、デレサとの
いや、こうやってデレサと、この世界で会うのも、今回限りにして欲しいものだ……。