◇◆◇◆
「──ううっ、えっぐえっぐ……」
夕日が沈みかけた公園で、一人の少女が、砂場で泣いている。
「こんな所で、どうしたんだい?」
「えっぐ……あのね、お父さんとお母さんが、はなればなれになるの」
俺は瞬時に
これが離婚というものだと。
彼女は、まだ幼い。
小学校低学年くらいだろうか。
「泣かないでよ……僕がついているから」
しまった。
初対面の女の子に何を語っているのか。
俺は開いた口を塞ごうとしたが、時はすでに遅かった。
「あなた、やさしいね。なまえは何て言うの?」
「ああ、僕は
あっ、またやってしまった。
何で、するりと口を滑らしているのだろう。
それに何かおかしい。
今回も人生をやり直したはずだが、何で、こんな
「わたしのなまえはかれん」
かれんと名乗った少女が、砂の城を作っていた手を休める。
待てよ、もしかしてこの少女は、あの
ここが、以前に彼女が語っていた、俺と初めて出会った時の過去の世界だろうか。
「あのね、かれんのいえなくなるの。だから、おばあちゃんのところへ引っこすって」
気がつくと、可憐は顔を赤くし、鼻水を垂らしたまま、ワンワンと泣いていた。
「いやだよ、ここから、はなれたばしょに行くなんて……」
「だったらさ……大きくなったら、ここに戻って来なよ」
何だ、口が勝手に開いて、言葉を喋る。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
もしや、ここには俺の思考しか残されていなく、目の前では、過去の記憶を映し出しているのか?
「そしたらさ、仲良くなって、結婚しよう」
だあぁ。
おい、初対面の少女に対して、何を言ってるんだ?
俺はロリコン確定か?
「けっこんってなに?」
「僕がお父さんで、君がお母さんになって、仲良く暮らすことさ。そしたら。もう寂しくないだろ」
いや、子供のわりには
「うん、ありがとう。じゃあ行くね」
可憐が、俺の場から去っていく。
そんな俺の口から、言葉が漏れていた。
「可憐、行かないで!」
「えっ、どうしたの」
彼女が、びっくりして足を止める。
今の声は第三者の俺の声か?
「君は近いうちに死んでしまう。だから、ここにいて欲しい」
「ここにいて、どうするの?」
「俺が面倒を見る」
「むりだよ、こどもがなにいってるの」
「無理も
さっきから俺は喋れるのを
ここは俺の過去の世界だぞ。
過去は、いくら
「俺は君を失いたくない」
気がつくと、俺は泣いていた。
そんな俺のところに来て、俺の頭をよしよしと撫でる可憐。
「だいじょうぶだよ。かならずかえってくるから」
俺の意識は、そこでプツリと途切れた……。
****
「はっ!?」
スマホの目覚ましアプリが鳴り、自室のベッドで目を覚ます。
どうやら俺は、深い眠りにおちていたようだ。
今は朝の7時前。
部屋の隅にかけているハンガーには、高校の制服がかかっていた。
俺は帰宅部なのに、どうして、このような早い時間に、目覚ましをセットしたのだろうか。
……冴えない頭でボーとするのも何だから、インスタントのコーヒーを
カーテンを開け、窓を開けると、外はいい天気で、今日は素敵な日になりそうだ。
『パーン、パッパパーン!』
そこへ鳴り響く花火の音。
ああ、思い出した。
どうやら今日は、待ちに待った体育祭のようだ。
だから今日は早く起きたのか。
それから改めて、スマホを見ると、母さんからのLINAの着信が入っていることに気づく。
時間は今から、一時間前の6時。
このやり取りは、前回も経験した設定だ。
内容も、しっかりと覚えている。
母さんが
このイベントに進んだために、可憐は犠牲になったのだ。
ならば、最初から行かなければ良い。
状況を打破するには、電話が手っ取り早い。
俺は母さんの携帯へと電話をかけた。
しかし、なぜか何回かけても繋がらない。
「母さん、何してるんだよ……」
俺は
そういえば、母さんは、おやつのドーナツを作っているから、手が汚れていて、手が離せないと言ってたな。
なら、電話に出れないのも納得がいく。
「それなら無視するまでだ」
ちょっと
母さんには悪い気がするが、昼飯くらい、近所のコンビニで買えるだろう。
俺は制服に着替え、折り畳み財布を握りしめ、リビングで寝ている親父を後にして、外へと飛び出した。
****
──小鳥のさえずり、霧のような冷たい空気、元気よく登校する生徒。
そういえば、朝飯も食べてないから、腹が減ったな。
俺は学校前にある、コンビニに駆け込んだ。
さて、何のおにぎりにしようかと悩んで、梅のおにぎりに手をかけようとした時に、手のひらに細い手が重なる。
「あっ、すみません。俺は別のおにぎりにするからどうぞ」
俺が
「あっ……ごめんなさい」
「か、可憐?」
その相手は可憐だった。
こんな偶然が、あるのだろうか。
「えっ?」
しまった、口が滑った。
まだこの世界は始まったばかりで、向こうは俺とは
「いや、9月から入った転入生だよね。風の噂で名前を知っててさ」
「そうなんですね」
「そうそう、君はスーパースターさ」
「ふふふっ。面白い人ですね」
クスクスと可憐が笑いながら、梅のおにぎりを二つ取り、俺の手のひらに一つのせる。
「はい、これはあなたの分です。あと、笑わせてくれたお礼です」
さらに、そのおにぎり一個分の小銭をくれた。
「ありがとう」
「いえいえ、それでは私は、お昼ご飯を選びますから」
可憐は弁当のあるコーナーへと姿を消した。
そうか、可憐も今日は弁当を持ってきてないのか。
でも、あれ? 俺は彼女の家族構成を全然知らない。
彼女とは恋仲になり、結婚までに至っても、その件に関して、彼女の口からは何も語らなかったからだ。
二重人格に、徹底的な秘密主義か。
可憐には、そちらの方面でも謎が多かった……。
****
「あら、あなたは?」
可憐が行った弁当コーナーから、聞き慣れたら女性の口調が耳に飛び込む。
「あっ、すみません」
「その格好は、ここにある高校の制服ね。あなた一人?」
「はい、そうです」
「そう、私も一人なのよ。今日は息子の体育祭に来てね。あっ、名前は洋一って言うのよ」
「──あっ、洋一。こんな所にいたのね」
そこでは可憐と紫の布で縛った重箱を手にした俺の母さんが、仲良く談笑をしていた。
「あれ、母さん、仕事は?」
「息子の晴れ舞台だからね、有休を取らせてもらったのよ」
なら、前回もそうしてくれよ。
俺は精神的ショックが大きすぎて、がくりと肩から力が抜けた。
「どうしたの、やけに落ち込んで? お腹痛いの?」
「いや、何でもない……」
一体、何なんだ、この世界は。
俺の人生をオモチャにして、楽しいのか?
まあ、いい。
これで可憐が、車の事故に合う必要はなくなった。
まさか、このコンビニに、トラックが突っ込んで来ることはないだろう。
何だ、その発想は。
海外の映画じゃあるまいし……。
「何、美人二人相手ににやけてるのよ、洋一のスケベ!」
「ぐぶっ!?」
俺は顔面に、母さんからの強烈な鉄拳を食らい、鼻血を吹きながら、その場につんのめる。
「きゃ、お母さん。洋一さんが!」
「心配いらないわよ、手加減はしてるから。私流の愛のムチよ♪」
嘘つけ、母さん。
攻撃する時、顔がマジだったぞ。
俺はそのまま床に倒れこんで、気を失った……。