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第5章 取り戻せない過去、掴みたい未来

第15話 少女はその背中に何を語るのか

◇◆◇◆


「──ううっ、えっぐえっぐ……」


 夕日が沈みかけた公園で、一人の少女が、砂場で泣いている。


「こんな所で、どうしたんだい?」

「えっぐ……あのね、お父さんとお母さんが、はなればなれになるの」


 俺は瞬時にさっした。

 これが離婚というものだと。


 彼女は、まだ幼い。

 小学校低学年くらいだろうか。


「泣かないでよ……僕がついているから」


 しまった。

 初対面の女の子に何を語っているのか。


 俺は開いた口を塞ごうとしたが、時はすでに遅かった。


「あなた、やさしいね。なまえは何て言うの?」

「ああ、僕は洋一よういちだよ」


 あっ、またやってしまった。

 何で、するりと口を滑らしているのだろう。


 それに何かおかしい。

 今回も人生をやり直したはずだが、何で、こんな幼子おさなごと会話しているんだ?


「わたしのなまえはかれん」


 かれんと名乗った少女が、砂の城を作っていた手を休める。


 待てよ、もしかしてこの少女は、あの可憐かれんか?


 ここが、以前に彼女が語っていた、俺と初めて出会った時の過去の世界だろうか。


「あのね、かれんのいえなくなるの。だから、おばあちゃんのところへ引っこすって」


 気がつくと、可憐は顔を赤くし、鼻水を垂らしたまま、ワンワンと泣いていた。


「いやだよ、ここから、はなれたばしょに行くなんて……」

「だったらさ……大きくなったら、ここに戻って来なよ」


 何だ、口が勝手に開いて、言葉を喋る。

 まるで、自分の体じゃないみたいだ。


 もしや、ここには俺の思考しか残されていなく、目の前では、過去の記憶を映し出しているのか?


「そしたらさ、仲良くなって、結婚しよう」


 だあぁ。

 おい、初対面の少女に対して、何を言ってるんだ? 


 俺はロリコン確定か?


「けっこんってなに?」

「僕がお父さんで、君がお母さんになって、仲良く暮らすことさ。そしたら。もう寂しくないだろ」


 いや、子供のわりにはな、この子供。


 正真正銘しょうしんしょうめい、俺なんだから、余計に恥ずかしい。


「うん、ありがとう。じゃあ行くね」


 可憐が、俺の場から去っていく。

 そんな俺の口から、言葉が漏れていた。


「可憐、行かないで!」

「えっ、どうしたの」


 彼女が、びっくりして足を止める。

 今の声は第三者の俺の声か?


「君は近いうちに死んでしまう。だから、ここにいて欲しい」

「ここにいて、どうするの?」

「俺が面倒を見る」

「むりだよ、こどもがなにいってるの」

「無理も承知しょうちだ」


 さっきから俺は喋れるのを利点りてんに、何を言っているんだ?


 ここは俺の過去の世界だぞ。

 過去は、いくら足掻あがいても、変えられないんだぞ。


「俺は君を失いたくない」


 気がつくと、俺は泣いていた。

 そんな俺のところに来て、俺の頭をよしよしと撫でる可憐。


「だいじょうぶだよ。かならずかえってくるから」


 俺の意識は、そこでプツリと途切れた……。


****


「はっ!?」


 スマホの目覚ましアプリが鳴り、自室のベッドで目を覚ます。


 どうやら俺は、深い眠りにおちていたようだ。


 今は朝の7時前。

 部屋の隅にかけているハンガーには、高校の制服がかかっていた。


 俺は帰宅部なのに、どうして、このような早い時間に、目覚ましをセットしたのだろうか。


 ……冴えない頭でボーとするのも何だから、インスタントのコーヒーをたしなむことにした。


 カーテンを開け、窓を開けると、外はいい天気で、今日は素敵な日になりそうだ。


『パーン、パッパパーン!』


 そこへ鳴り響く花火の音。

 ああ、思い出した。

 どうやら今日は、待ちに待った体育祭のようだ。


 だから今日は早く起きたのか。


 それから改めて、スマホを見ると、母さんからのLINAの着信が入っていることに気づく。


 時間は今から、一時間前の6時。

 このやり取りは、前回も経験した設定だ。


 内容も、しっかりと覚えている。


 母さんが急遽きゅうきょ、休んだバイトの穴埋めのため早出になるから、作った弁当だけでも、家に取りに行かないかの内容だった。


 このイベントに進んだために、可憐は犠牲になったのだ。


 ならば、最初から行かなければ良い。


 状況を打破するには、電話が手っ取り早い。

 俺は母さんの携帯へと電話をかけた。


 しかし、なぜか何回かけても繋がらない。


「母さん、何してるんだよ……」


 俺は苛立いらだちをぶつけながら、ふと思い出す。


 そういえば、母さんは、おやつのドーナツを作っているから、手が汚れていて、手が離せないと言ってたな。


 なら、電話に出れないのも納得がいく。


「それなら無視するまでだ」


 ちょっと卑怯ひきょうな手かも知れないが、可憐に害が及ぶくらいなら、初めから行かない方がいい。


 母さんには悪い気がするが、昼飯くらい、近所のコンビニで買えるだろう。


 俺は制服に着替え、折り畳み財布を握りしめ、リビングで寝ている親父を後にして、外へと飛び出した。


****


 ──小鳥のさえずり、霧のような冷たい空気、元気よく登校する生徒。


 そういえば、朝飯も食べてないから、腹が減ったな。


 俺は学校前にある、コンビニに駆け込んだ。


 さて、何のおにぎりにしようかと悩んで、梅のおにぎりに手をかけようとした時に、手のひらに細い手が重なる。


「あっ、すみません。俺は別のおにぎりにするからどうぞ」


 俺が颯爽さっそうと手を下げると、相手側の目線と合わさる。


「あっ……ごめんなさい」

「か、可憐?」


 その相手は可憐だった。

 こんな偶然が、あるのだろうか。


「えっ?」


 しまった、口が滑った。


 まだこの世界は始まったばかりで、向こうは俺とは面識めんしきがないはずだ。


「いや、9月から入った転入生だよね。風の噂で名前を知っててさ」

「そうなんですね」

「そうそう、君はスーパースターさ」

「ふふふっ。面白い人ですね」


 クスクスと可憐が笑いながら、梅のおにぎりを二つ取り、俺の手のひらに一つのせる。


「はい、これはあなたの分です。あと、笑わせてくれたお礼です」


 さらに、そのおにぎり一個分の小銭をくれた。


「ありがとう」

「いえいえ、それでは私は、お昼ご飯を選びますから」


 可憐は弁当のあるコーナーへと姿を消した。


 そうか、可憐も今日は弁当を持ってきてないのか。


 でも、あれ? 俺は彼女の家族構成を全然知らない。


 彼女とは恋仲になり、結婚までに至っても、その件に関して、彼女の口からは何も語らなかったからだ。


 二重人格に、徹底的な秘密主義か。

 可憐には、そちらの方面でも謎が多かった……。


****


「あら、あなたは?」


 可憐が行った弁当コーナーから、聞き慣れたら女性の口調が耳に飛び込む。


「あっ、すみません」

「その格好は、ここにある高校の制服ね。あなた一人?」

「はい、そうです」

「そう、私も一人なのよ。今日は息子の体育祭に来てね。あっ、名前は洋一って言うのよ」


「──あっ、洋一。こんな所にいたのね」


 そこでは可憐と紫の布で縛った重箱を手にした俺の母さんが、仲良く談笑をしていた。


「あれ、母さん、仕事は?」

「息子の晴れ舞台だからね、有休を取らせてもらったのよ」


 なら、前回もそうしてくれよ。

 俺は精神的ショックが大きすぎて、がくりと肩から力が抜けた。


「どうしたの、やけに落ち込んで? お腹痛いの?」

「いや、何でもない……」


 一体、何なんだ、この世界は。

 俺の人生をオモチャにして、楽しいのか?


 まあ、いい。

 これで可憐が、車の事故に合う必要はなくなった。


 まさか、このコンビニに、トラックが突っ込んで来ることはないだろう。


 何だ、その発想は。

 海外の映画じゃあるまいし……。


「何、美人二人相手ににやけてるのよ、洋一のスケベ!」

「ぐぶっ!?」


 俺は顔面に、母さんからの強烈な鉄拳を食らい、鼻血を吹きながら、その場につんのめる。


「きゃ、お母さん。洋一さんが!」

「心配いらないわよ、手加減はしてるから。私流の愛のムチよ♪」


 嘘つけ、母さん。

 攻撃する時、顔がマジだったぞ。


 俺はそのまま床に倒れこんで、気を失った……。

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