「──おーい、もしもし。こちら、緊急列車ヤタローゼロゼロナイン。
何者かの手により、気絶していた体を乱暴にガクガクと揺さぶられる俺。
「……あがが、何しやがる。目が回る」
「おお、
揺さぶった男の声は、
彼に強引に起こされ、気がつくと、俺はコンビニの奥にある駐車場の端に寝ていた。
「いや、後はよろしくって、
母さんと
さぞかし、周りからしたら、恥ずかしい
「そうだな、香代さんが、他の客の迷惑になるからと、
「何だよ?」
「……だから、頭の真ん中だけが、モヒカンみたいなチリチリパーマになってるぞ」
「マジかよ?」
そこへ、俺の髪の頭頂部を手で触ろうとイタズラをする弥太郎に、真っ先に反応を示す。
「いや、冗談だ。ぐひひ?」
「この期に及んで、つまらない冗談を言うのは、どの口だ?」
「あぶぶ、そごはくび。しんじまふ!?」
弥太郎の至近距離に素早く近寄り、後ろから首を腕で締められた彼が、ギブギブと俺の腕を叩く中、その腕を緩めながら、俺は
これから俺が進む世界は、またもや高校生活で、お馴染みの体育祭と来たものだ。
体育祭のルートは、これで何度目になるだろう。
恐らく俺の過ごしてきた多数の人生の中で、一番体験するイベントだ。
その気になる点として、何かこの体育祭にて、重要なフラグでもあるのだろうか。
「どうした、洋一。顔が怖いぞ、ふぐっ!?」
とりあえず、隣で
すると、そのまま顔がゴム風船のように
「残念だったな。怖い顔は生まれつきだ」
「ばたんきゅう……」
「さて、ヤツと絡んでいる暇はないな。もうあまり時間がない」
俺はその人間だった
しかし、何で母さんは、俺と一緒に行かなかったのだろうか。
確かに可憐は品も華もあるが、そんなに女の子の方がいいのかよ……。
****
「洋一君、やっと来たね」
校舎に立ち並ぶ、白いテントの数々。
そのグラウンドにある放送席のテントから、制服の上から赤の体操着のジャージを羽織った
別に生活指導の先生でもないのに、何で、そんなにドタバタしているのだろう。
「何、
「ああ、
「ちがーう! 昨日の昼休みに約束したじゃん。もう忘れちゃったの?」
「はて、何のことやら?」
「うっそ、ヤバいね。昨日、洋一君、あれだけ昨日高らかに吠えて、宣言していたのに。こりゃ、
俺が日向さんと放送委員ごっこをするだと……。
何のことだろう?
「何、そのううん臭いみたいな顔は? ごっこじゃなくて本気だよ?」
「いや、それがさ、どうやら朝起きたら、昨日の記憶が
「何、ボクのスリーサイズ? 胸ならCカップだよ♪ なんなら触ってみる? マシュマロみたいに柔らかいよ♪」
日向さんが、たわわな胸を胸元に寄せて、お色気のポーズをする。
「いや。頼むから、人が真剣に話しているのに、この期に及んで、誘惑な冗談はよせ。それから自分の体をもっと大切にしろ」
「あはは。君は真面目君だなあ。からかいがいがあるよ。
──さて、どこから説明したらいいのかな?」
「最初から、最後まで全部」
「……えっ、ガチで今から、病院行ってくる?」
「いや、それは問題ないから、話をしてくれ」
「うん、いいけど……」
彼女が重たい口を開き始める……。
──話の流れ的にはこうだ。
昨日、俺は人気のない学校の屋上で、気になる女性がいるという話になり、それをクラスで仲が良かった女性に打ち明けた。
その話した相手が、日向さんだった。
彼女は、その言葉を鵜呑みにして、
『だったら明日は体育祭だから、自分のアピールをするために、ボクの放送委員の仕事を手伝ってよ』の話になり、
それに難なく同意した俺が、今ここにいるという設定らしい……。
だけど、何でまた、彼女に相談したのだろう。
話し相手なら、他の相手でも良かったはずだ。
ただ単に、話しやすかっただけなのか?
それとも日向さんと可憐は、何かしらの繋がりがあるのか?
そのことを確証したいために、俺は一つの質問を投げかける。
「その話からすると、
「仲良しも何も、ボクと一緒に二人で、陽氏さんを振り向かそうと決めたことじゃん」
「……俺が、お前とか?」
「そう、だから陽氏さんに少しでも気づいてもらうために、今日は代わりに、ボクと放送委員をやるんだよ」
「……おい、元の放送委員の女はどうした?」
「コンビニの肉まん三日分のオゴリで手を売ったよ。今日の体育祭は
「えっ?
「……あのね、洋一君、彼女が転入してきた矢先にさ、しばらくウジウジと悩みぬいて、昨日の午後にようやくボクに相談してきて、『彼女に一目惚れをしたからけど、中々、仲が進展しないから、どうにかならないか!』って、話になったよね?」
「そうなのか?」
「はあ。そっちから相談してきたのに、その知らぬ
日向さんは、はぁ……と深刻そうにため息をつきながら、心配そうに俺を見かねている。
「だから、よく覚えてなくてさ……」
何、俺は嘘はついていない。
今回の転生先は、体育祭の当日であって、本当に何も知らないのだから……。
「そう言うわけで、その子の親御さんからも、今日、電話がかかってきて、子供が風邪で休みという話になってるんだからね。ボクの計画を壊さないでよ……」
「すまん、色々あってな……」
「まあ、それはさておき。早く準備を手伝ってよ。マイクなどに繋げる通信ケーブルの束とか、結構重たいんだよ」
「何だよ、この学校も無線LANにすればいいのにさ?」
「あのねえ、学校がみんな、お金持ちとは限らないんだよ。
──さあ、屁理屈はいいから、放送室にある束とかを持って来てよ」
「俺は、この学校の一人の生徒として、事実を述べているだけだが?」
「はいはい、もう、その意見はいいから。
──あと、これ、持ち出しメモ書いといたから、今から、この通りに荷物を持ってきて」
「おう、分かったよ。放送室か」
俺は日向さんからの鉛筆で書かれた、手書きのメモを受け取り、ひとまずグラウンドを後にした。
****
えっと、マイクを繋ぐケーブルに、折りたたみの長テーブルに、ガムテープにと……俺はパシリ扱いかよ。
まあいい。
一人になって、少し考えたかったからな。
俺は校内の渡り廊下を歩きながら、日向さんと可憐との接点を考えていた。
前回までの人生では、二人の仲は、これほどまでに良好な関係ではなかったからだ。
いや、だったらどうして、今回は記憶が抜け落ちているのか。
デレサによる、何かしらのミスだろうか?
俺は思考しながらも、放送室に到着して、ガラガラと古ぼけた木の扉を開ける。
「……あっ、やっと来ましたね」
そこには古びたパイプ椅子に、ちょこんと座った体操服姿の可憐がいた。
「可憐、何でこんな場所にいるんだ?」
「何でも何も、日向さんから、洋一さんが、ここに来るから、一緒に作業を手伝ってと言われましたから」
「母さんは?」
「お弁当を食べる場所を探しに、先に外に行きましたよ」
母さんはともかく、日向さん、余計な真似をしやがって。
今回の彼女は、色々とお節介が過ぎる。
「まあ、猫の手も借りたいって言うもんな」
「猫ですか……?」
俺の気のせいだろうか。
その一言で彼女の
「どうかしたのか?」
「……いえ、何でもありません。さあ、時間がありませんから、ちゃっちゃっと終わらせましょう」
俺は折りたたみの長テーブルと、ケーブルを巻いた赤いリールを抱え、可憐はガムテープなどの細々とした道具を、鉄の錆びついた菓子ケースに入れて運ぶ。
それから荷物を外へと運びながらも俺たちは黙っていたが、その沈黙に俺の方が耐えられなくなり、何とか口を開く。
「今日の体育祭、リレー頑張れよ」
「はい。洋一さんも臨時の放送委員との掛け持ちは大変でしょうが、頑張って下さい」
「ありがとな。さあ、それを運んだら、グラウンドに集合だぜ」
「はい。ちなみに可憐のクラスも、洋一さんと同じ白組ですよ。お互い頑張りましょうね」
可憐が可愛らしい足取りで、テケテケと駆けていく。
俺はその後ろ姿を目で追いながら、彼女のことを思う。
「俺が何とかして、守らないとな……」
拳にグッと力を込め、深々と深呼吸する。
そんなに焦るな。
今は冷静になれ。
身近に、俺たちの運命を狂わす殺人犯が、潜んでいるかも知れないのだから……。