「──さて、気になる中身はと……」
最後のステージの借り物競技に、ぶっちぎりで一番乗りした俺は、グラウンドに大量にばらまかれた手紙から、一枚だけを引っこ抜き、中の内容を読む。
はたして、その内容とは……。
『アニメソングが好きな美少女』
また、前回に似た
だから探す方は大変なんだって……。
ただのアニメが好きな女子なら、
今までの美少女のイメージを覆し、何も知らなかった周りの連中から、コイツはそのルックスで男選びには困らないだろうに、二次元が好きなヲタクの仲間と、校内で後ろ指を指されて過ごしていくかも知れない。
そう考えると、非常に心が
だが、なりふり構ってはいられない。
俺は闇雲に美少女を探すが……何人もの女に囲まれていたり、一人かなと見かねていたら、男連れだったり、テントの中でマニアックなアニメの話をしている場所には、美少女らしき娘はいないし……。
はて、前回はどうやって、この危機を乗り越えたのだろうか?
「あの、すみません……」
「何だよ、今は忙しいんだよ!」
「きゃっ、ごめんなさい……」
俺の大声でピクリと肩を震わす少女。
「ああ……。ああー!」
その少女と目が合い、俺は感激の声をあげる。
「なっ、何なのよ……びっくりするじゃん。どうしたの、
「いるじゃないか、ここに放送委員の美少女が!」
「はあ、何を言ってるの?」
「
俺は眼鏡を外した日向さんに、熱血ロボットアニメの歌を歌うことにした。
「萌えあがろ、萌えあがろ、萌えあがろ、メイドロボ~♪」
この
ようは、彼女の心に響けばいいんだ。
「どうだ。アキバ戦士メイドロボの歌なんだが、この歌詞を覚えたか?」
「何なの、洋一君。それを歌えばいいのかな?」
「ああ、ゴールラインにいる、あの眼鏡の先生に
何も知らない日向さんが素直に言葉に従い、俺の手を握る。
あとは直線上にあるゴールを目指すのみだ。
だけど、時は遅かったらしく、俺たちはビリのままゴールした。
「萌えあがろ~♪」
眼鏡がなくて、目が悪いせいか、それに気づかない日向さんが覚えたアニメソングを、その先生の前で熱唱しても、何の役にも立たない。
「何、あれ。ひょっとして、あんな真面目な放送委員がヲタクなの。ウケル~」
周りから
「マジでムカつくな……ぶん殴るぞ」
「暴力は駄目だよ。洋一君」
それに彼女も気づいたようで、俺が殴りかかろうとする拳を、やんわりと引き止める。
「何だよ、あんな反応をされて、日向さんは何とも思わないのかよ!」
「……だからって、力任せで解決するのは良くないよ」
「日向さんは分かってないな……。
──まあ、いいか」
「そうだよ。何事も平和的に物事を解決しないと……じゃあ、ボクは戻るね」
彼女は俺にやんわりとした微笑を浮かべ、放送席のあるテントへと戻っていく。
「日向さん。ありがとな」
「うん、どういたしまして」
「──それでは次の演目を始めます!」
──俺は彼女のアナウンスを背後に感じながら、二年のテントへとリターンする。
もし、相手が日向さんじゃなかったら、今頃、大変な騒ぎになっていたかも知れない。
俺は彼女の存在に、改めて感謝した。
「んっ?」
その時だった。
背後から、殺気らしき視線を感じたのは……。
その視線は
俺の瞳を冷酷な瞳の色で見つめ返している。
「どうかしたのか、そんな怖い顔して?」
「洋一さん、可憐は待っていたのですよ。
あなたから誘われるのを」
「何のことだ?」
「だから、あなたから借り物競技で誘われるのをです……」
ああ、そうか。
可憐は俺を待っていたんだ。
俺は、その言葉に胸が締めつけられた。
「洋一さんは女心というものを理解していますか?」
「無茶言うなよ、俺はエスパーじゃないぜ」
「……そういう所が駄目なのですよ。はあ……。洋一さんのお母さんに見せたかったのに」
「何をさ?」
「可憐と洋一さんは昔からの知り合いで、その仲を洋一さんのお母さんにも納得してもらいたかったのに、どうしてそうやって、物事を
「……アニメソングが好きな女子としてでも良かったですので、可憐を連れ出して欲しかったです」
そうか、それで可憐は俺の母さんと二人っきりで登校したのか。
母さんに打ち明けた、彼女の好きと言う感情。
どうして今まで俺は、彼女の気持ちが分からなかったのだろう。
ただ向こうは好意があると、その意図を訊かずに勝手に思い込み、いつも一方通行で自己中な考え。
個人的な繋がりで、相手に良かれと思って行動していたのが悩ましい。
「俺は鈍感だな……」
「いえ、別に鈍くてもいいのです」
可憐が頬をほんのりと火照らせながら、俺の胸に急に抱きついてくる。
「……こうやってゆっくりと、可憐だけを好きにさせていきますから」
「駄目だよ。可憐、みんなが見てるって」
「それもそうですね……」
可憐が俺から離れ、ガッカリした仕草を見せたが、すぐに、別の提案を思いついたらしく、両手をポムッと愛らしく合わせる。
「だったら、洋一さん。お昼ご飯、ご一緒してもいいでしょうか」
「俺はいいけど、母さんが許すかな?」
「大丈夫です。可憐たちがラブラブなことは、すでに伝えてありますから」
──それから可憐と離れた後も、演目は着々と進み、昼休憩の合図を日向もとい、夏紀さんが告げる。
「──さあ、私たちも休憩に行こうぜ」
ふと、隣にいた
「ああ、どうせお前は、俺の母さん狙いだろ」
「まあな、
「もう、潔く諦めろ」
「分かってるさ、それに本命なら別にいるからな……」
俺の言葉に一瞬だけ、弥太郎が影が差した顔つきをしたような気がした……。
****
「母さん、昼ご飯を食べに来たぞ」
俺たちは母さんの知り合いから、何とか母さんが決めた弁当の場所取り場を教えてもらい、ようやくここへとやって来れた。
そこは土が盛り上がった高台のような場所で、短く刈った草の原っぱが広がっていて、なおかつ、ここからだと生徒たちのいた運動場が
おまけに俺たちだけの貸しきり状態のようで、周囲には人はいない。
「いい場所じゃないか」
俺と可憐は運動靴を脱ぎ、母さんが敷いたであろう、青の大きなビニールシートに座り、辺りを見渡した。
ちなみに弥太郎は、何か飲み物を買いにいった。
しかし、どこを見ても、母さんがいないのが謎だった。
その代わりとしてシートの上には、五段重ねの重箱だけが平然と置いてある。
「洋一さん、何かありますね」
その重箱の蓋に、メモ用紙みたいな紙が貼りつけてあるのに気づく。
「何だろうな?」
俺は、紙に書かれた黒い文字を目で追った。
『洋一、ごめんね。バイトの子が風邪で急に休んだから、緊急で出勤になりました。可憐ちゃんと仲良く食べてね』
「母さん、今日は有休だったのにか?」
俺は可憐に母さんの状況を説明した後、なぜ有休なのにと、首を傾げながら重箱の弁当箱をゆっくりと開ける。
中から広がる、七色の食材の詰め合わせ。
そりゃ、こんな凝ったおせちのような手の込んだおかずなら、わざわざ俺に手渡しするのも納得がいける。
「さあ、いただこうか。可憐」
「でも、弥太郎さんがまだですよ?」
「心配するな。自販機に飲み物を買いに行っただけだろ。すぐに戻ってくるさ」
「──そう、すぐに戻ってこれる。このようにさ」
「……やっ、弥太郎?」
可憐に勘づかれない小声な彼の言葉と共に、俺の背中からズブリと鈍い痛みが伝わり、何か、温かいものが流れ出てくる。
「なっ、何のつもりだ……」
俺の背中に深々と刺さった鋭利な刃物。
恐らく家庭科室にある、果物ナイフだろう。
「
「……転入する前から、私が先に目につけた女だったんだからな」
「ぐっ、お前が可憐を殺した犯人だったのか……」
「いや、可憐はこれからだ。先にお前から殺って、絶望的な状況で彼女の命を奪うのさ」
弥太郎がそのナイフを掴み、俺の体から抜いて、
「やっ、弥太郎、お前。自分が何をしているのか、分かっているのか……」
「そんなことはどうでもいいさ。
もう彼女と一つになれないなら、こうするしか手はない」
そう言って俺の異変に勘づいた可憐が、こちらに振り向こうとした時、弥太郎の素早い攻撃で、腹から鮮血を飛び散らかして、俺の前へと倒れる。
「かっ、かれん……ごめんな……」
赤い体操着の上から、さらに赤く染まった可憐を抱きしめながら、俺の胸から、熱い感情がこみ上げてくる。
だが、そんな感情は痛みと共に消えてなくなった。
俺は、またしても可憐を救えなかったのだ。
「──可憐、私はこれからも、ずっとずっと君だけを愛してるよ」
閉ざされる意識の中で、狂った性癖の弥太郎が、俺から可憐を奪い、その彼女を優しく抱き